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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮

イヌガミのお誘い

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「どうしたんだ?」

「落ち着かないであります」

「は?」

 むしろ外敵の危険性が極めて低く、住み慣れたこの場所の方が落ち着くだろうに。
 俺が不思議そうな声を上げると、イヌガミはぶんぶんと尻尾を振った。

「魔族領を散歩中は刺激的なことが多かったのであります。けど、村に帰ってきたら、のんびりとし過ぎていて、刺激がなくて退屈で疲れなくて、寝付けないであります!」

 なんとも面倒な忍犬だった。

「要するに、体力が有り余ってるってことか」

 考えてみれば、ドワーフ探しの時や天然の結界突破の時などは、結構全力に近い動きをしていた。それに比べて今日は軽く飛んで、あとはひたすら話していただけだ。当然、イヌガミは話し合いの席で昼寝をしていたので、「夜、寝付けません!」というのも当然かもしれない。小さな子供みたいな奴だった。

「じゃあ、散歩でもするか」

「良いのでありますか!?」

「というか、俺が起きてるってよくわかったな」

 たぶんイヌガミはさっきまで家にいなかったと思う。俺の気配感知のスキルによれば。気配感知できる距離は俺とイヌガミでは大差ないので、こっちの範囲外ってことは、向こうも範囲外だったはず。

「来てみたら起きていたであります」

「うん。まあ、そうか」

 俺の質問の意図を察していないのか、相変わらずとぼけたようなことを言う。

 俺はイヌガミと一緒に家を出た。
 出る前に、リノの部屋の前を通りかかったが、彼女は寝ているようだった。

(よかった……起こさなくて)

 そう考えれば、イヌガミが来てくれたのは本当によかった。
 村の外に向かって歩き出す。おしゃべりすると騒がしいかもしれないから、村の外の方がいいだろう。

「若様も、刺激が足りなくて、体力が有り余って眠れなかったでありますか?」

「いや、違うよ……そんな子供みたいな」

「若様は子供でないでありますか?」

「……大人……だな」

 常に「自分は大人だ」と自覚しているわけではないが、この苦悩することこそが大人の証なのかもしれない。
 俺が苦々しい口調で答えると、イヌガミは元気溌剌といった感じで放言した。

「『大人は正しい。子供は間違っている』ということはないであります。ハイエルフのシャー……なんとかも言ってた『正しさ』であります」

「ん?」

 シャーなんとかとは、間違いなくシャフィールのことだろう。
 イヌガミは、興味のない相手の名前を覚えない。ちなみに、コイツが覚えている村人の人物名は「フウマ」と「リノ」のみである。セーレアなどは「青いの」とか呼ばれている。滅多に他人を呼ばないので、気づいている者は少ないだろうが。

 なんにしても意味不明なことを言い出されたので、俺は眉根を寄せた。

「なんのことだ?」

 意味不明なのはいつものことだが、今回はいつもに輪をかけて意味がわからなかった。それとも、半分居眠りしながら聞いていたであろうイヌガミの発言がおかしいのか。
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