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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮
治癒神の政策とフウマの交易
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「簡単にいえば、『〈天雷の塔〉試作型』は、治癒神が作り出したものなのです。より正確に言うなら、治癒神とその崇拝者たちによって作られたというべきでしょう」
「まさか、ハイエルフも……?」
ハイエルフたちも治癒神の崇拝者なのだろうか?
信じられない気持ちで尋ねると、シャフィールは首を横に振った。俺は安堵した。
「我らは崇拝はしておりません。しかし、今の状況を見てわかるように力を貸しました」
「なぜ……?」
「当時、人間たちと他種族は今以上に争っていました。その争いを収めるには、治癒神のカリスマ性と指導力が必須だったのです。我らハイエルフは、平和と引き換えに、今の状況を作ることを治癒神と契約したのです」
「今の状況って……この魔族領の酷い状況ですか?」
「過酷ですが、皆、戦争で死んでしまうよりはマシでしょう? それに幸いこの状況なら人間たちも攻めて来ることはありません」
「まあ、確かに……」
ハイエルフ側の目的はわかった。魔族領に住む者たちにとってメリットのある話だったのだろう。
だが、治癒神側はどうして……?
「治癒神から話を持ちかけてきたんですよね? どういう目的があって……」
「簡単にいえば、魔族領に不満分子を押し込めて、弱体化させるのが狙いです」
「あ……そっか……」
どうやら俺が魔族領に入ってすぐに直感した通りのことを、治癒神はやはり狙っていたのか。
「食料というのは重要です。一見、武器や土地、民などが最も重要のように思えるかもしれませんが、『食料生産量』こそが人口などすべてに直結してくるのです」
「人口が減れば、武器があっても兵士がいなくなる。土地があっても治められなくなる。そういうことですよね?」
「そういうことです。……治癒神は、魔族領では食料があまり生産できないようにしたのです」
オゥバァが言っていた『五百年かけて魔族を滅ぼす』という治癒神のセリフはそこに繋がっていくのだろう。事実上、魔族領の者たちは滅びかけている。
「治癒神が亡くなった後なら、魔族領の天候を戻して、南のように豊作にしても良かったんじゃないですか?」
「この治癒神の政策は、当然、王国や〈治癒神の御手教会〉の上層部は知っています。もし、魔族領の天候が安定し、実りが多くなっていることに気づけば……謀反の気配ありとして、処罰しようとしてくるでしょう。最悪そのまま戦争になだれ込みます」
「…………」
俺は何も言えなくなった。
沈黙が満ちた中、イヌガミが「お腹が空きました!」と叫んで立ち上がった。
びっくりした表情のハイエルフたちと俺の視線にさらされながらも、イヌガミは気にした風もなく、俺の持ってきた背負い袋を前足でカリカリと引っ掻いた。
「お話も一段落したようですし、食事にしましょう! 腹が減ってはなんとやらです!」
背負い袋を見た瞬間、俺の脳裏に閃くものがあった。
(そうだ……! 俺はもともと交易の話のために魔族領に来たんだ!)
――そして、交易なら王国や〈教会〉に気づかれずに済む。
(天候を良くするほど大規模ではなくとも、今生きている魔族やリザードマン、ドワーフたちが暮らしやすくなるだろう)
俺はハイエルフたちに顔を向けた。
「提案があるのですが――!」
「まさか、ハイエルフも……?」
ハイエルフたちも治癒神の崇拝者なのだろうか?
信じられない気持ちで尋ねると、シャフィールは首を横に振った。俺は安堵した。
「我らは崇拝はしておりません。しかし、今の状況を見てわかるように力を貸しました」
「なぜ……?」
「当時、人間たちと他種族は今以上に争っていました。その争いを収めるには、治癒神のカリスマ性と指導力が必須だったのです。我らハイエルフは、平和と引き換えに、今の状況を作ることを治癒神と契約したのです」
「今の状況って……この魔族領の酷い状況ですか?」
「過酷ですが、皆、戦争で死んでしまうよりはマシでしょう? それに幸いこの状況なら人間たちも攻めて来ることはありません」
「まあ、確かに……」
ハイエルフ側の目的はわかった。魔族領に住む者たちにとってメリットのある話だったのだろう。
だが、治癒神側はどうして……?
「治癒神から話を持ちかけてきたんですよね? どういう目的があって……」
「簡単にいえば、魔族領に不満分子を押し込めて、弱体化させるのが狙いです」
「あ……そっか……」
どうやら俺が魔族領に入ってすぐに直感した通りのことを、治癒神はやはり狙っていたのか。
「食料というのは重要です。一見、武器や土地、民などが最も重要のように思えるかもしれませんが、『食料生産量』こそが人口などすべてに直結してくるのです」
「人口が減れば、武器があっても兵士がいなくなる。土地があっても治められなくなる。そういうことですよね?」
「そういうことです。……治癒神は、魔族領では食料があまり生産できないようにしたのです」
オゥバァが言っていた『五百年かけて魔族を滅ぼす』という治癒神のセリフはそこに繋がっていくのだろう。事実上、魔族領の者たちは滅びかけている。
「治癒神が亡くなった後なら、魔族領の天候を戻して、南のように豊作にしても良かったんじゃないですか?」
「この治癒神の政策は、当然、王国や〈治癒神の御手教会〉の上層部は知っています。もし、魔族領の天候が安定し、実りが多くなっていることに気づけば……謀反の気配ありとして、処罰しようとしてくるでしょう。最悪そのまま戦争になだれ込みます」
「…………」
俺は何も言えなくなった。
沈黙が満ちた中、イヌガミが「お腹が空きました!」と叫んで立ち上がった。
びっくりした表情のハイエルフたちと俺の視線にさらされながらも、イヌガミは気にした風もなく、俺の持ってきた背負い袋を前足でカリカリと引っ掻いた。
「お話も一段落したようですし、食事にしましょう! 腹が減ってはなんとやらです!」
背負い袋を見た瞬間、俺の脳裏に閃くものがあった。
(そうだ……! 俺はもともと交易の話のために魔族領に来たんだ!)
――そして、交易なら王国や〈教会〉に気づかれずに済む。
(天候を良くするほど大規模ではなくとも、今生きている魔族やリザードマン、ドワーフたちが暮らしやすくなるだろう)
俺はハイエルフたちに顔を向けた。
「提案があるのですが――!」
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