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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮

不思議な黒曜石の性質

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 筏に必要な木材の調達を始めることにした。
 十一人のリザードマンたちが率先して木を切り倒し始めた。彼らは槍だけでなく、斧も作っていたのだ。

「それって石斧ですか?」

「ええ、そうです」

 リザードマンのリーダーが手を止めて、石斧を見せてくれた。

「……上手いこと研ぎましたね」

 滑らかな表面を見て、俺は感嘆の息を漏らした。
 砥石で金属製の斧を磨いたように見事につるりとしていた。

「いえいえ……これはこういう石なんですよ」

「え? こういう石?」

 俺はまじまじと斧の刃として使われている石を見つめた。
 黒くて滑らかで平べったい。しかも先はいい感じに尖っている。

「斧みたいな石があるんですか?」

 リザードマンのリーダーは苦笑して、黒い石の塊を持ってきてくれた。
 どうやら斧の刃に加工する前の石らしい。

「これは沢で見つけたものです。我らは黒曜石と呼んでいます」

「黒曜石……」

「これは、普通の石がこのように……」

 と、リザードマンのリーダーが説明しながら白っぽい石を握って、同じく白っぽい石に叩きつけた。
 当然のようにどちらも割れる。バラバラだ。

「不規則に砕け散るのに対して……」

 今度はリザードマンのリーダーは白っぽい石を握って、黒曜石を叩いた。
 黒曜石はまるで最初から切れ目が入っていたかのように、綺麗に割れた。真っ二つというわけではないが、その割れた跡は、まるで刃物で切ったかのように滑らかだった。

「へぇ~……」

 俺は思わず溜め息を漏らした。

「この黒曜石という石は、どうやらこういう風に特定の方向に割れやすい性質があるようなんです」

「なるほど。だから斧に利用できるんですね」

「そういうことです」

 とはいえ、石の斧で木を切り倒すというのはなかなか大変そうだ。時間がかかっていた。金属製の斧ほど切れ味がよくないためだろう。
 みんな、味噌汁を振る舞った俺のことを気にかけてくれているのか、それでも頑張って切り倒そうとしてくれている。

 それなりにかかって、十分な木を切り倒せた。
 それらをリザードマンたちは二人一組で、浜辺へと運び出した。
 森で組み立てないのかなと俺は一瞬不思議に思ったが、筏を持ち運ぶのは大変だからだろうと気づいた。筏を持ち上げられる俺が特殊すぎるのだ。
 本当は俺やイヌガミがもっと手伝えば早いのだが、彼らは新たな食料である海藻や貝を教えてもらったことと味噌をもらったことのお礼に、俺の力になりたいと心から思ってくれているらしい。

(ここで一度に丸太を何本も運ぶのは無粋だよな……)

 そう思う程度には俺も成長していた。

 一応リーダーと一緒に丸太を一本運びながら、話を振る。

「ところで、リザードマンさんたちはこれからどこに行く予定なんですか?」

「特にあてはありませんが……」

 俺の唐突な問いかけにリザードマンのリーダーは不思議そうにした。

「でしたら、できるだけこの辺りにいていただけませんか?」

「フウマさんに海藻や貝が美味しく食べられるものだと教えていただきました。あてもなくさまようよりは、この辺りにしばらくいようとは思っていました」

「そうですか。……俺……今はまだ上手く言えないんですけど……」

 考えをまとめる。
 今が夜で良かった。
 松明を持つリザードマンは少し離れているので、リーダーからは俺の必死な顔は見えにくいだろう。
 夜、ゆっくりと一歩ずつ進んでいるとなぜか話しやすかった。

「……俺はリザードマンたちや魔族たちにとって『もっといいふうにしたい』って考えてるんです。もちろん魔族領に住むドワーフやハイエルフにとっても。まだドワーフやハイエルフには会っていないので、彼らについては具体的にはなんともいえませんが」

「もっといいふうに……ですか?」

 俺のふわふわで明確でない目標に、さすがにリザードマンのリーダーも少しだけ戸惑ったようだ。

「はい。……例えば、あの湿地帯。あそこで穀物を育てようと思ってるんです」

「穀物? ……ですが、小麦などを作るのに適しているようには……」

「米というのは聞いたことがありますか?」

「いいえ」

「米は水田で作るものなんです。湿地帯を見た時に閃きました。確かに普通の畑に、湿地帯を改良するのは難しいです。どれだけ労力と時間がかかるかわかりません。でも、米を作るための田んぼになら、うちの村から人員を出せばすぐに実行に移せると思うんです!」

 俺の熱意に押されるようにリザードマンのリーダーは目を丸くした。

「ありがとうございます。フウマさん。そこまで我らの行く末を考えてくれて」

「いえいえ。これは俺の村の食料問題の解決にも役立ちますから」

「米を我らリザードマンが作ってそちらに渡し、代わりに味噌や魚などを我らが受け取る……つまり、交易しようというわけですか?」 

「はい。……ただ、リザードマンと俺の村だけじゃありません。ゆくゆくは魔族領内で交易を盛んにしたいと思ってるんです。俺、ここに来て初めて知りました。魔族もリザードマンも大変なんだって。それで魔族たちもリザードマンたちも、俺の村の人たちも皆で協力できたらなって、そう思って」

「まだ詳細はわかりませんが、なんとかしたいというフウマさんの熱意だけは伝わりました。それに湿地帯を水田にして米を作ることと交易というアイデアはリザードマンの間では出なかったものです。まあ、もっとも米という湿地帯のような場所で育つ不思議な穀物について知らなかったですし、交易できるような物が何もありませんでしたからね」

 リザードマンのリーダーは頷いた。

「わかりました! 我らはできるかぎりこの辺りの地にとどまります。朗報をお待ちしていますよ、フウマさん」

「はい! ドワーフに会ったりしたら、また必ずここに来ます!」

「ええ! 期待してお待ちしています!」
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