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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮

夜明けの空の下 2

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 リリィが連れてきた男たちは八人。屈強そうな男が多いが、一人だけ禿頭の小柄な男性が交じっていた。

「なんだ、この状況は!?」

 禿頭の男性は、なぜか衛兵たちに向かって叱責するように叫んだ。

 当然、衛兵たちは怪訝そうに闖入者を見つめたが、一人が驚きの声を上げると、それが伝染するかのように騒がしくなった。

 なんだ? と俺が不審がっているうちに、衛兵の隊長らしき男が禿頭の男に尋ねた。

「都市長、なぜこちらに!? 危険ですからご自宅でお待ちくださいとお願いしたはずです!」

 どうやら禿頭の男は都市長らしい。
 衛兵隊長は、都市長の周りにいる屈強な男たちを叱りつけた。

「おい、お前たち! なぜ都市長をこちらにお連れした!?」

 どうやら屈強な男たちは、都市長の警護に回された私服の衛兵たちらしい。見たところ衛兵の中でも腕利きのようだ。

「そ、それは……」

 だが、そんな屈強な衛兵も、上司に責められてしどろもどろになっている。上司と都市長の顔を見比べるようにした。

 そんな中、騒動の現場からそっと離れたリリィが、俺に向かってウインクしてきた。

(もしかして……)

 水産都市エレフィンの都市長は、リリィが所属していた王国史情報室の構成員か協力者なのだろう。そういえば田園都市ヨポーツクの都市長は、王国史情報室の室長だったなと思い出す。

(恐ろしいほど権力の中枢に入り込んでるな……)

 だが、それが今はありがたい。
 都市規模の暴動を鎮めるなど、いくら〈最上位職〉といえど手に余る。

「……わかりました。都市長がそうおっしゃるのであれば」
 
 衛兵隊長と都市長の間で、何らかの話し合いが決着したらしい。
 衛兵隊長は部下たちに指示を出した。

「お前ら! 武器を下ろせ!」

 衛兵隊長の命令で、衛兵たちは武器を収めた。

 赤々とした港の大火災に煌めいていた白刃の数が減ると、一気に場に冷静さが戻ってきた。
 もともと難民たちも別に戦いたくなどなかったのだろう。
 ラインハルトもこのチャンスを逃すまいと難民たちの説得を再開した。彼女の説得は、今度は功を奏したようだった。
 
「ラインハルト!」

 俺はラインハルトに声をかけた。
 振り向いた彼女は、思った以上に痛々しい姿をしていた。

 胸当てをつけていないため、胸の辺りの上着が切り裂かれている。もう血が止まっているから深い傷というわけではなさそうだが、治療が遅れれば、胸に傷が残ってしまうかもしれない。

 そんなことはラインハルト自身わかっているだろうに、手当てよりも、この場をどうにかすることを優先していた。
 そもそもあれほどの状況で一度も剣を抜かなかった。たぶん胸当てを装備していないのも、すぐに飛び出して来たからだろう。

「『天涯』は攻略した」

 俺の報告に、ラインハルトが喜色を浮かべる。

「例の苔の化け物も退治した。だだ財宝『天国』はラインハルトや難民たちが期待するようなものではなかった」

「やはりか……」

「気づいてたのか?」

「おそらく『天国』という噂は、難民たちを集めるための甘い嘘だったのだろう?」

 俺は頷いた。理解が早くて助かる。
 とりあえず『天涯』の詳細よりも、この大火災と混乱を鎮めるのが先だ。
 俺は気になっていたことを尋ねた。

「難民たちの武器は、いったいどこから?」

「すまない。わからないんだ。気づいた時にはもう衛兵たちとこんなふうに揉めていたんだ」

 あまりにも手際が良すぎる。誰かが手引きした可能性が高い。
 俺はラインハルトに頼んだ。

「……難民たちに聞いてほしい。どこからその武器を手に入れたのかを」

 衛兵たちが剣を持っているのはわかる。だが、難民たちまで武装をしているなど普通はありえないだろう。

(食うのにも困っているふうだったのに……。剣だけは持っていた者が大勢いたなんてこともないだろうし……)

 しばらくラインハルトは難民たちに聞いて回っていたが、こちらに戻ってくると首を横に振った。

「すまない。……他の難民にもらったということしかわからなかった」

 詳しく聞くと、何人かの難民が剣を十本ほど持っていたそうだ。その難民たちが武器を配ったらしい。剣を十本持っていたその難民にも「誰にもらったのか?」とラインハルトは尋ねてくれたそうなのだが――。

「――ただ、難民としか言えない、か」

 考えてみれば、同じようなボロをまとった姿。そして名前も必ずしも知っているとは限らない。
 俺もずっと難民たちのことをただ「難民」とだけ呼び、そう認識していたのだ。あとはせいぜい数百人という数だけ。
 レッテルを張り、数だけを気にする。なんとなく自分がいけないことをしていたような気になる。

「その剣を十本持っていた難民……彼らを紹介してくれないか?」

「ああ。この集団にいるのは三人だけだが……」

 ラインハルトに紹介された俺は、彼らの名を呼び、丁寧に語りかけた。
 年齢は俺とそうは変わらない男性たち三人。人間が二人に魔族が一人だ。

 彼らの名を呼び、誠実に話しかけると、最初は険のある目をしていた彼らも俺の質問に答えてくれた。

「……なるほど。剣をたくさんくれたのは、よく知らない難民だった、か」

 その程度の情報しか入らなかったが、もう十分だろう。
 おそらく本物の難民たちではなく、部外者。それも悪意のある部外者だ。

 ここまで良いタイミングで仕掛けてきたのだから、『天涯』の関係者か王国史情報室過激派か、その辺りまで絞られてくる。

「リリィ。……一緒に来てくれ。俺一人では手が足りない。とりあえず水産都市エレフィンの冒険者ギルドで、『天涯』についての報告と、苔の化け物の仲間がこの騒ぎに関連している可能性について話してくる。話すのが上手いリリィもいてくれた方がスムーズに協力を取り付けられるだろう」

「はい。……ですが、その前に」

 リリィが俺に近づいてきて、目の前で爪先立ちした。
 俺の顔にハンカチを持つ手を伸ばしてきた。
 俺の血でハンカチが赤く染まっていく。

 まるでキスできそうなほど距離が近い。
 まあ、リリィはそんなこと考えてなさそうなほど真剣な表情をしているが。

「あっ! フウマ!」

 いきなり幼い声が聞こえてきた。

「えっ?」

 幻聴かと思う。この場にいるはずのない幼い少女の声だったのだ。

 思わず声の方を向くと、そこには走竜が引く竜車の御者台に座るリノがいた。隣には見たことのない若い男が、走竜の手綱を操っている。竜車はかなりの速度だ。

 俺は別に悪いことをしていたわけではないのだが、思わずリリィから一歩離れた。
 リリィは一瞬不満そうな顔をしたが、俺と同じく声の主――リノの方を向いた。

「リノ……」

 俺は戸惑いの滲む声で呟いた。
 今の傷だらけの姿は彼女には見られたくなかった。心配をかけたくなかったのだ。
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