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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮
リリィ 16
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リリィと黒ずくめの奴の戦いは、もう終わろうとしていた。
リリィの勝ちだな。
離れた位置にいる相手にも攻撃できる手段を持つリリィの方が圧倒的に有利だ。
突如、黒ずくめの奴の構えが変わった。
構えというより、あれは……まるで防御を捨てたような……。
俺がリリィに警戒するように叫ぼうとしたその時、
「うおぉぉおおおっ!」
黒ずくめの奴は気合いの入った雄叫びを上げて、リリィに一直線に突っ込んだ。
リリィは落ち着いた様子で、奴の目や首などの急所に容赦なく風の刃を走らせる。
だが奴は、急所をぎりぎりで避け、時には食らいながらも直進した。
「……っ!」
リリィの顔色が変わる。
奴が懐から『天国粉』……それも大量に出したのを見た瞬間、俺は戦いに割り込んだ。
「〈手刀〉……!」
あんなものを間近でまかれたらリリィにどんな後遺症が残るかわかったもんじゃない。最悪周囲にいる民衆にまで被害が出そうだった。
〈手刀〉の衝撃波による突風で、粉を上空に撒き散らし、海の方に飛散させる。
よし。これで大丈夫だな……。
リリィも俺も民衆も、『天国粉』に気を奪われた。
その隙に、奴は突進した勢いのままリリィの脇を駆け抜けて、逃げ出していた。
「フウマさん! どうやら黒ずくめの連中と『天涯』は何か関係があるようなんです! 捕まえてください!」
「了解した!」
奴はすぐ近くの角を曲がった。
奴を追った俺は、奴が曲がった通りを折れた。
「……なっ」
口から大量の『天国粉』と血を吐き、奴が倒れていた。
明らかに自害した様子だ。
すぐに追いついてきたリリィが目を見開き、それから深くため息を吐いた。
「どうやら相手の方が一枚上手だったみたいですね」
「というより……ここまでするとこっちは想定してなかったからな……」
まさか自害とは……。
思い切りのいい奴だ。
『天国粉』をばらまいたのも、無謀な突撃も、逃げるためではなく、自害するためのわずかな時間を稼ぐためだったのだろう。
急所への攻撃も気にしなかったのも当然だな。
リリィはしゃがみ込み、指先に『天国粉』をつけて呟いた。
「これは……なんなんでしょうか?」
「『天国粉』と呼ばれる物だ」
「『天国粉』?」
「ああ」
俺は老婆から聞いた話を語る。
「別の来陸から仕入れた薬と混ぜ合わせて作っているものらしい。この近くの路地で売っている老婆を見かけて聞き出したんだ」
「凄いですね、フウマさん! もうそんな情報まで仕入れてたんですね! 王国史情報室で一流のエージェントとして働けますよ!」
リリィは感心した様子だった。
「あ、すみません。こんな褒め言葉、失礼ですよね。……でも、よくそんな重要情報をこんな短時間で手に入れることができましたね!」
偶然手に入った情報だということは黙っておこう。
そもそも老婆は、俺の黒髪黒目や陰気な様子から、『天国粉』を欲しがる奴だと思っていたらしいからな。
「そんなことより、『天国粉』の成分の一つは――〈過去見幻草〉だ」
「……なっ!」
リリィが動きを止めた。
指先につけた『天国粉』を払い、地面に落ちた『天国粉』から距離を取るように立ち上がった。
「といっても、〈過去見幻草〉はごく少量みたいだ。むしろ危険な成分が相当混じっているみたいだ。大量に服用すれば、自決用に使えるくらいに……な」
「フウマさんには何か心当たりがありますか?」
「正直、王国史情報室くらいしか心当たりがない」
「でも、おそらく別口……ですよね?」
リリィは地面の『天国粉』を見つめながら呟いた。
「おそらくな。……リリィにもわからないのか?」
「王国史情報室は、各スパイ同士の横の繋がりなどありませんから。お互いの顔も知らないし、どんな任務についているのかもわからないです」
「つまり、ただ上からの命令を受けて動くだけ、というわけか」
「はい」
〈過去見幻草〉を王国史情報室に流したのはアイリーンで間違いない。
〈過去見幻草〉は使い方次第では、国の中枢さえ完全に支配できるだろう。
それに比べれば、『天国粉』に混ぜ物をして売って得る利益など小銭といえる。
あのアイリーンが目先の利益を得るために、こんな真似をするだろうか……?
考えるまでもない。
賢い彼女がするわけないな。
俺はリリィと一緒に『天国粉』を洗い流すことにした。
幸い港町の警備を担う兵士たちも、この粉の危険性を認識していたらしく、すぐに海水で洗い流し始めた。
俺とリリィは事情聴取されるかと思ったが、二、三質問をされただけですぐに解放された。
どうやらこういう事件が起きるのは今回が初めてではないらしい。
俺とリリィはとりあえず、集めた情報について話し合うために「海の家」に向かうことにした。
リリィの勝ちだな。
離れた位置にいる相手にも攻撃できる手段を持つリリィの方が圧倒的に有利だ。
突如、黒ずくめの奴の構えが変わった。
構えというより、あれは……まるで防御を捨てたような……。
俺がリリィに警戒するように叫ぼうとしたその時、
「うおぉぉおおおっ!」
黒ずくめの奴は気合いの入った雄叫びを上げて、リリィに一直線に突っ込んだ。
リリィは落ち着いた様子で、奴の目や首などの急所に容赦なく風の刃を走らせる。
だが奴は、急所をぎりぎりで避け、時には食らいながらも直進した。
「……っ!」
リリィの顔色が変わる。
奴が懐から『天国粉』……それも大量に出したのを見た瞬間、俺は戦いに割り込んだ。
「〈手刀〉……!」
あんなものを間近でまかれたらリリィにどんな後遺症が残るかわかったもんじゃない。最悪周囲にいる民衆にまで被害が出そうだった。
〈手刀〉の衝撃波による突風で、粉を上空に撒き散らし、海の方に飛散させる。
よし。これで大丈夫だな……。
リリィも俺も民衆も、『天国粉』に気を奪われた。
その隙に、奴は突進した勢いのままリリィの脇を駆け抜けて、逃げ出していた。
「フウマさん! どうやら黒ずくめの連中と『天涯』は何か関係があるようなんです! 捕まえてください!」
「了解した!」
奴はすぐ近くの角を曲がった。
奴を追った俺は、奴が曲がった通りを折れた。
「……なっ」
口から大量の『天国粉』と血を吐き、奴が倒れていた。
明らかに自害した様子だ。
すぐに追いついてきたリリィが目を見開き、それから深くため息を吐いた。
「どうやら相手の方が一枚上手だったみたいですね」
「というより……ここまでするとこっちは想定してなかったからな……」
まさか自害とは……。
思い切りのいい奴だ。
『天国粉』をばらまいたのも、無謀な突撃も、逃げるためではなく、自害するためのわずかな時間を稼ぐためだったのだろう。
急所への攻撃も気にしなかったのも当然だな。
リリィはしゃがみ込み、指先に『天国粉』をつけて呟いた。
「これは……なんなんでしょうか?」
「『天国粉』と呼ばれる物だ」
「『天国粉』?」
「ああ」
俺は老婆から聞いた話を語る。
「別の来陸から仕入れた薬と混ぜ合わせて作っているものらしい。この近くの路地で売っている老婆を見かけて聞き出したんだ」
「凄いですね、フウマさん! もうそんな情報まで仕入れてたんですね! 王国史情報室で一流のエージェントとして働けますよ!」
リリィは感心した様子だった。
「あ、すみません。こんな褒め言葉、失礼ですよね。……でも、よくそんな重要情報をこんな短時間で手に入れることができましたね!」
偶然手に入った情報だということは黙っておこう。
そもそも老婆は、俺の黒髪黒目や陰気な様子から、『天国粉』を欲しがる奴だと思っていたらしいからな。
「そんなことより、『天国粉』の成分の一つは――〈過去見幻草〉だ」
「……なっ!」
リリィが動きを止めた。
指先につけた『天国粉』を払い、地面に落ちた『天国粉』から距離を取るように立ち上がった。
「といっても、〈過去見幻草〉はごく少量みたいだ。むしろ危険な成分が相当混じっているみたいだ。大量に服用すれば、自決用に使えるくらいに……な」
「フウマさんには何か心当たりがありますか?」
「正直、王国史情報室くらいしか心当たりがない」
「でも、おそらく別口……ですよね?」
リリィは地面の『天国粉』を見つめながら呟いた。
「おそらくな。……リリィにもわからないのか?」
「王国史情報室は、各スパイ同士の横の繋がりなどありませんから。お互いの顔も知らないし、どんな任務についているのかもわからないです」
「つまり、ただ上からの命令を受けて動くだけ、というわけか」
「はい」
〈過去見幻草〉を王国史情報室に流したのはアイリーンで間違いない。
〈過去見幻草〉は使い方次第では、国の中枢さえ完全に支配できるだろう。
それに比べれば、『天国粉』に混ぜ物をして売って得る利益など小銭といえる。
あのアイリーンが目先の利益を得るために、こんな真似をするだろうか……?
考えるまでもない。
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俺はリリィと一緒に『天国粉』を洗い流すことにした。
幸い港町の警備を担う兵士たちも、この粉の危険性を認識していたらしく、すぐに海水で洗い流し始めた。
俺とリリィは事情聴取されるかと思ったが、二、三質問をされただけですぐに解放された。
どうやらこういう事件が起きるのは今回が初めてではないらしい。
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