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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮

リリィ 3

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「……やはり、動いたか」

落胆とともに、あぐらをかいていた俺は、汁を飲み干し、椀を地面に置いた。

走行中の馬車の中、3人の目を盗んで何かをすることはできない。
もし何かするつもりなら、昼食休憩中だろうとは思っていた。

予想していたにもかかわらず、落胆したことに驚いた。
思ったより気を許していたらしい。
一応、踏み込まないように注意していたつもりだったのだが……。

なんとなく、ただ悪いだけの少女ではないという気もする。

「先輩? どうかしたんですか?」

突然、食事を手早く済ませた俺を見て、イーサーは驚いた顔をしている。

「ちょっとした用事だ」

「ああ。トイレですか」

「それだったらいいんだけどな……」

イーサーが俺の返事に不思議そうにして何か言いかけたが、俺は遠ざかりつつある気配を追うことにした。



ひと仕事終えた少女は、目の覚めるような金髪のポニーテールをかき上げた。

その表情には、野盗団に怯えていた様子も、魔法兵であるということに引け目を感じていた様子もない。

確かな自信としたたかさを感じさせる表情は、まるで女スパイのようだった。

(まるで、じゃないか……おそらくスパイだ)

俺は、少女――リリィが伝書鳩で送った暗号文に目を落とした。

暗号化されているが、〈解読〉はシノビスキルにある。

その報告文を読みながら、森の中をリリィに向かってまっすぐ歩く。

リリィはこちらに気づいたらしく、息を呑む音が聞こえた。

「……フウマさん。どうしてこちらに?」

「念が入ってるな。伝書鳩を木に括りつけて用意した奴は、俺の知覚できる範囲にさえいない。ということは、買い付け隊の進路を予測し、あらかじめこの辺りで昼食をとると予想していたことになる。……まあ、もっとも買い付けに行ったのも1度や2度じゃないだろうから、予測することもそう難しくもない、か……」

「何をおっしゃってるんです?」

俺は小さな紙切れから顔を上げ、その紙切れをかざしてみせる。

「これに見覚えは?」

微笑んでいたリリィの表情が強張った。

「飛翔する鳩からどうやって、って顔だな。……良いことを教えてやる。『〈影走り〉飛燕』……それが、この紙切れを手に入れたスキルの名だ」

聞いたこともないスキルの名称に、リリィは反応もできない様子だ。

「簡単に言えば、影から影に移動する〈影走り〉の派生系の技だ。といっても、あるシノビが特別な使い方を編み出し、そう名付けただけだがな」

俺は木切れを2つ拾って、空に向かって同時に投げた。

「こうして自分が投げた物体に、もう一方の物体の影を落とす。そして、その影に〈影走り〉を使用して転移する。いわばこの使い方を『〈影走り〉飛燕』と呼んでるんだ。他にも『〈影走り〉奈落』なんかもある。これは非常に高い位置に相手を連れて〈影走り〉で転移し、相手だけを置き去りにして、自分は元の場所に戻るっていう使い方だ。当然相手は上空から叩き落とされることになる。……こんなふうに〈影走り〉と一口にいっても、いろいろな使い方ができるってわけだ。……前にも言ったけど、創意工夫で能力の幅を広げるってのはいいことだと思うよ。『〈影走り〉奈落』の生みの親、ナラクを尊敬してるんだ」

俺とリリィの間に、木切れが2つ落ちた。

「さて、この暗号文にある『王国史情報室』ってのはなんだ? ……アイリーンと何か関係があるのか?」

自分の声に悲しみが満ちるのがわかった。

リリィの緊張感が少し薄れた様子だった。

「……あなた、何者?」

「元勇者パーティーのメンバーで盗賊だ。……そして、今はそれとは別の存在としてここに立っている」

俺は普段は抑えている存在感や威圧感、殺気を放った。

証拠も押さえているし、飛ぶ鳥からあっさりと紙切れを奪い取るという能力も示した。わざわざ技まで説明した。

これで思いとどまってほしいと願った。
無駄な抵抗はしてほしくない。

「……話せるなら、話してほしい。王国史情報室と君の目的について」
「私は――――」



「やっ! フウマさん! それにリリィも! いったいどこにいたんですか? 心配して……」

走って近づいてきたラスクは、俺の顔色を見て足を止めた。

「悪い。ちょっとだけ用事ができた。……ここで待っていてほしい」
「待つ、ですか。……ですが買い付けは宗教都市ロウの生命線で……」
「頼む」

いつもは朗らかな顔中に、皺をいっぱい寄せて考え込んだラスクは、しばらくして力強く頷いた。

「わかりました。……でも、1日しか待てません。遅れたり、買い付ける物資が不足したりすれば、餓死者までは出ませんが、物資が予定通り入らなかったという事実によって、暴動が起こる可能性があるんです。……それくらいピリピリしているんです。もし俺たちが物資を持ち逃げしたとか、宗教都市ロウを見放したとか、そんな流言が広がれば、大惨事がまた巻き起こるかもしれない……」

「わかった。できる限り早く戻るよ。ありがとう」

駆け出した俺は、ラスクやリリィの視線を感じなくなると、〈影走り〉を使用した。
『〈影走り〉飛燕』で、あっさりと太い川を越えた俺は、何事もなかったかのようにひたすら走り続けた。

「……最難関ダンジョン『天涯』に、謎に満ちた『天国』、そして偽勇者パーティー……もうお腹いっぱいだってのに…………」

思わず愚痴が漏れる。
とはいえ――。

「これはアイリーンの置き土産みたいなものでもあるし……俺が解決するのが筋か――」
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