96 / 263
第Ⅳ章 天国へ至る迷宮
微笑み
しおりを挟む
振り向くと、夜目にも鮮やかな青い三つ編みを揺らして走ってくる女が見えた。
魔道士のローブの裾が乱れ、汗をかくのも気にした様子はない。
駆けつけてきたのは、青魔道士のセーレアだった。
正直、村長宅の隣に家を構えた女が、ここまでバタバタと走って来たとなると、リノに気づかれるんじゃないかと気が気じゃなかった。
セーレアは両手を膝につき、恨みがましいジト目で見上げてくる。
「相談って、何事にも大事なのよ」
「そうなんだ」
「冗談じゃなく!」
別にこちらも何か冗談を言ったわけではない。
近づいてきたのがセーレアだと気づいた時点で、何を言ってくるのか興味が湧いて待ってしまったことに、少しだけ後悔を覚えていた。
苦手な相手だ。
たぶんジッチャンの次くらいに苦手だと思う。ジッチャンはもういないので、セーレアが俺の中でぶっちぎりの1位だった。
とはいえ、邪険に扱うわけにもいかない。俺の助けた奴隷たちや竜の子供たちは、彼女の癒やしの魔法で助けられたのだ。もう竜の子供たちがいなくなったとはいえ、恩が消えるわけではない。
苦手意識の理由は、頭が上がらないためだろう。
このまま口論になると、俺は勝てそうにない。
リノと一緒にいたいが、リノを危険な場所に連れて行くわけにはいかないのだ。
俺が護衛に向いていないのは、勇者パーティーの頃に痛感した。
シノビスキルは護衛向きではない。
「相談の余地はないよ。リノは確かに一般人に比べれば強いけど」
「でも、リノちゃんはついて行くって言ってたわよ?」
確かに、冒険者ギルドで依頼を受けた後、再三リノに提案された。自分も連れて行って欲しい、と。
(そういや、村に帰ってからはもう言わなくなったな……?)
少し不思議な気がした。
「ねぇ! 聞いてるの!?」
怒った声と共に間近に迫る輝くような青い瞳に、俺は気圧された。
セーレアは、水系統の魔法の高い適性を持つため、髪と瞳の色が非常に鮮やかだ。
鮮やかさは魔法の適性の高さに比例するため、〈水の小神〉の加護を持つ彼女の場合、夜空の下にいるとそこだけ光っているように見えた。
俺が怒られている間に、オゥバァはちゃっかりセーレアの後ろの高木の枝に腰かけていた。
セーレアが現れたのはオゥバァが呼んで来たためだろう。
「聞いてるさ。……それにしても」
シノビノサト村の村人でさえ寝静まった深夜に、こうして俺を止めに来た2人を見つめる。
「2人揃ってリノがお気に入りなんだな。……リノを気遣ってくれてありがとう」
胸に温かいものが満ち、表情が緩むに任せて礼を言うと、なぜか2人はびっくり仰天した顔をした。
セーレアが無防備な顔を俺に見せることも珍しければ、感情を露わにしたオゥバァも結構珍しい。
そんな反応に、俺の方も驚いた。
「……どうした?」
尋ねると、「……笑った……! あの事件以来初めて……!」とセーレアが聞き取りにくいほど小さく呟いた。
「……え?」
「ううん。なんでもない! あんたの気持ちはわかったわ。よーくね!」
聞き返したが、青い三つ編みを振ったセーレアは駆け戻っていった。
「……なんだあれ?」
オゥバァに視線を向けると、彼女は「面白くなってきた」という返事にもならない返事を寄越して、近くの家の屋根に飛び移った。そして屋根から屋根へと移動して遠ざかっていく。
……どうやらセーレアを追うつもりらしい。
(……なんなんだ、いったい?)
「あ……」
そういえば、「『天涯』に向かったことは黙っておいてくれ」と頼むのを忘れていた。
「まぁ、どのみち行き先はバレるに決まってるか……」
あの2人なら頼まなくても、リノを1人で最難関ダンジョンに行かせるわけないだろう。
安心した俺は、寂しい気持ちが少し和らいだ気がした。
◇◇◇あとがき◇◇◇
各登場人物の性格や世界観は変わっていないのに、Web版と書籍版ではゲームの別ルート並みに流れが変わっていて戸惑います。個人的には「孤独なシノビ」は好きですが。
これから投稿する予定の「書籍版のウリ その1」は3分割したものをまとめて読みやすくしただけで、中身は一緒です。
「書籍版のウリ その2」はたぶん土曜か日曜に投稿すると思います。
魔道士のローブの裾が乱れ、汗をかくのも気にした様子はない。
駆けつけてきたのは、青魔道士のセーレアだった。
正直、村長宅の隣に家を構えた女が、ここまでバタバタと走って来たとなると、リノに気づかれるんじゃないかと気が気じゃなかった。
セーレアは両手を膝につき、恨みがましいジト目で見上げてくる。
「相談って、何事にも大事なのよ」
「そうなんだ」
「冗談じゃなく!」
別にこちらも何か冗談を言ったわけではない。
近づいてきたのがセーレアだと気づいた時点で、何を言ってくるのか興味が湧いて待ってしまったことに、少しだけ後悔を覚えていた。
苦手な相手だ。
たぶんジッチャンの次くらいに苦手だと思う。ジッチャンはもういないので、セーレアが俺の中でぶっちぎりの1位だった。
とはいえ、邪険に扱うわけにもいかない。俺の助けた奴隷たちや竜の子供たちは、彼女の癒やしの魔法で助けられたのだ。もう竜の子供たちがいなくなったとはいえ、恩が消えるわけではない。
苦手意識の理由は、頭が上がらないためだろう。
このまま口論になると、俺は勝てそうにない。
リノと一緒にいたいが、リノを危険な場所に連れて行くわけにはいかないのだ。
俺が護衛に向いていないのは、勇者パーティーの頃に痛感した。
シノビスキルは護衛向きではない。
「相談の余地はないよ。リノは確かに一般人に比べれば強いけど」
「でも、リノちゃんはついて行くって言ってたわよ?」
確かに、冒険者ギルドで依頼を受けた後、再三リノに提案された。自分も連れて行って欲しい、と。
(そういや、村に帰ってからはもう言わなくなったな……?)
少し不思議な気がした。
「ねぇ! 聞いてるの!?」
怒った声と共に間近に迫る輝くような青い瞳に、俺は気圧された。
セーレアは、水系統の魔法の高い適性を持つため、髪と瞳の色が非常に鮮やかだ。
鮮やかさは魔法の適性の高さに比例するため、〈水の小神〉の加護を持つ彼女の場合、夜空の下にいるとそこだけ光っているように見えた。
俺が怒られている間に、オゥバァはちゃっかりセーレアの後ろの高木の枝に腰かけていた。
セーレアが現れたのはオゥバァが呼んで来たためだろう。
「聞いてるさ。……それにしても」
シノビノサト村の村人でさえ寝静まった深夜に、こうして俺を止めに来た2人を見つめる。
「2人揃ってリノがお気に入りなんだな。……リノを気遣ってくれてありがとう」
胸に温かいものが満ち、表情が緩むに任せて礼を言うと、なぜか2人はびっくり仰天した顔をした。
セーレアが無防備な顔を俺に見せることも珍しければ、感情を露わにしたオゥバァも結構珍しい。
そんな反応に、俺の方も驚いた。
「……どうした?」
尋ねると、「……笑った……! あの事件以来初めて……!」とセーレアが聞き取りにくいほど小さく呟いた。
「……え?」
「ううん。なんでもない! あんたの気持ちはわかったわ。よーくね!」
聞き返したが、青い三つ編みを振ったセーレアは駆け戻っていった。
「……なんだあれ?」
オゥバァに視線を向けると、彼女は「面白くなってきた」という返事にもならない返事を寄越して、近くの家の屋根に飛び移った。そして屋根から屋根へと移動して遠ざかっていく。
……どうやらセーレアを追うつもりらしい。
(……なんなんだ、いったい?)
「あ……」
そういえば、「『天涯』に向かったことは黙っておいてくれ」と頼むのを忘れていた。
「まぁ、どのみち行き先はバレるに決まってるか……」
あの2人なら頼まなくても、リノを1人で最難関ダンジョンに行かせるわけないだろう。
安心した俺は、寂しい気持ちが少し和らいだ気がした。
◇◇◇あとがき◇◇◇
各登場人物の性格や世界観は変わっていないのに、Web版と書籍版ではゲームの別ルート並みに流れが変わっていて戸惑います。個人的には「孤独なシノビ」は好きですが。
これから投稿する予定の「書籍版のウリ その1」は3分割したものをまとめて読みやすくしただけで、中身は一緒です。
「書籍版のウリ その2」はたぶん土曜か日曜に投稿すると思います。
0
お気に入りに追加
4,196
あなたにおすすめの小説
復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜
サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」
孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。
淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。
だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。
1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。
スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。
それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。
それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。
増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。
一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。
冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。
これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。
どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。
〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。
〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。
これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
迷宮に捨てられた俺、魔導ガチャを駆使して世界最強の大賢者へと至る〜
サイダーボウイ
ファンタジー
アスター王国ハワード伯爵家の次男ルイス・ハワードは、10歳の【魔力固定の儀】において魔法適性ゼロを言い渡され、実家を追放されてしまう。
父親の命令により、生還率が恐ろしく低い迷宮へと廃棄されたルイスは、そこで魔獣に襲われて絶体絶命のピンチに陥る。
そんなルイスの危機を救ってくれたのが、400年の時を生きる魔女エメラルドであった。
彼女が操るのは、ルイスがこれまでに目にしたことのない未発見の魔法。
その煌めく魔法の数々を目撃したルイスは、深い感動を覚える。
「今の自分が悔しいなら、生まれ変わるしかないよ」
そう告げるエメラルドのもとで、ルイスは努力によって人生を劇的に変化させていくことになる。
これは、未発見魔法の列挙に挑んだ少年が、仲間たちとの出会いを通じて成長し、やがて世界の命運を動かす最強の大賢者へと至る物語である。
Sランクパーティから追放された俺、勇者の力に目覚めて最強になる。
石八
ファンタジー
主人公のレンは、冒険者ギルドの中で最高ランクであるSランクパーティのメンバーであった。しかしある日突然、パーティリーダーであるギリュウという男に「いきなりで悪いが、レンにはこのパーティから抜けてもらう」と告げられ、パーティを脱退させられてしまう。怒りを覚えたレンはそのギルドを脱退し、別のギルドでまた1から冒険者稼業を始める。そしてそこで最強の《勇者》というスキルが開花し、ギリュウ達を見返すため、己を鍛えるため、レンの冒険譚が始まるのであった。
女神に同情されて異世界へと飛ばされたアラフォーおっさん、特S級モンスター相手に無双した結果、実力がバレて世界に見つかってしまう
サイダーボウイ
ファンタジー
「ちょっと冬馬君。このプレゼン資料ぜんぜんダメ。一から作り直してくれない?」
万年ヒラ社員の冬馬弦人(39歳)は、今日も上司にこき使われていた。
地方の中堅大学を卒業後、都内の中小家電メーカーに就職。
これまで文句も言わず、コツコツと地道に勤め上げてきた。
彼女なしの独身に平凡な年収。
これといって自慢できるものはなにひとつないが、当の本人はあまり気にしていない。
2匹の猫と穏やかに暮らし、仕事終わりに缶ビールが1本飲めれば、それだけで幸せだったのだが・・・。
「おめでとう♪ たった今、あなたには異世界へ旅立つ権利が生まれたわ」
誕生日を迎えた夜。
突如、目の前に現れた女神によって、弦人の人生は大きく変わることになる。
「40歳まで童貞だったなんて・・・これまで惨めで辛かったでしょ? でももう大丈夫! これからは異世界で楽しく遊んで暮らせるんだから♪」
女神に同情される形で異世界へと旅立つことになった弦人。
しかし、降り立って彼はすぐに気づく。
女神のとんでもないしくじりによって、ハードモードから異世界生活をスタートさせなければならないという現実に。
これは、これまで日の目を見なかったアラフォーおっさんが、異世界で無双しながら成り上がり、その実力がバレて世界に見つかってしまうという人生逆転の物語である。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
レベル1の最強転生者 ~勇者パーティーを追放された錬金鍛冶師は、スキルで武器が作り放題なので、盾使いの竜姫と最強の無双神器を作ることにした~
サイダーボウイ
ファンタジー
「魔物もろくに倒せない生産職のゴミ屑が! 無様にこのダンジョンで野垂れ死ねや! ヒャッハハ!」
勇者にそう吐き捨てられたエルハルトはダンジョンの最下層で置き去りにされてしまう。
エルハルトは錬金鍛冶師だ。
この世界での生産職は一切レベルが上がらないため、エルハルトはパーティーのメンバーから長い間不遇な扱いを受けてきた。
だが、彼らは知らなかった。
エルハルトが前世では魔王を最速で倒した最強の転生者であるということを。
女神のたっての願いによりエルハルトはこの世界に転生してやって来たのだ。
その目的は一つ。
現地の勇者が魔王を倒せるように手助けをすること。
もちろん勇者はこのことに気付いていない。
エルハルトはこれまであえて実力を隠し、影で彼らに恩恵を与えていたのである。
そんなことも知らない勇者一行は、エルハルトを追放したことにより、これまで当たり前にできていたことができなくなってしまう。
やがてパーティーは分裂し、勇者は徐々に落ちぶれていくことに。
一方のエルハルトはというと、さくっとダンジョンを脱出した後で盾使いの竜姫と出会う。
「マスター。ようやくお逢いすることができました」
800年間自分を待ち続けていたという竜姫と主従契約を結んだエルハルトは、勇者がちゃんと魔王を倒せるようにと最強の神器作りを目指すことになる。
これは、自分を追放した勇者のために善意で行動を続けていくうちに、先々で出会うヒロインたちから好かれまくり、いつの間にか評価と名声を得てしまう最強転生者の物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。