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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮

微笑み

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振り向くと、夜目にも鮮やかな青い三つ編みを揺らして走ってくる女が見えた。
魔道士のローブの裾が乱れ、汗をかくのも気にした様子はない。
駆けつけてきたのは、青魔道士のセーレアだった。

正直、村長宅の隣に家を構えた女が、ここまでバタバタと走って来たとなると、リノに気づかれるんじゃないかと気が気じゃなかった。

セーレアは両手を膝につき、恨みがましいジト目で見上げてくる。

「相談って、何事にも大事なのよ」
「そうなんだ」
「冗談じゃなく!」

別にこちらも何か冗談を言ったわけではない。

近づいてきたのがセーレアだと気づいた時点で、何を言ってくるのか興味が湧いて待ってしまったことに、少しだけ後悔を覚えていた。

苦手な相手だ。
たぶんジッチャンの次くらいに苦手だと思う。ジッチャンはもういないので、セーレアが俺の中でぶっちぎりの1位だった。

とはいえ、邪険に扱うわけにもいかない。俺の助けた奴隷たちや竜の子供たちは、彼女の癒やしの魔法で助けられたのだ。もう竜の子供たちがいなくなったとはいえ、恩が消えるわけではない。
苦手意識の理由は、頭が上がらないためだろう。

このまま口論になると、俺は勝てそうにない。

リノと一緒にいたいが、リノを危険な場所に連れて行くわけにはいかないのだ。
俺が護衛に向いていないのは、勇者パーティーの頃に痛感した。
シノビスキルは護衛向きではない。

「相談の余地はないよ。リノは確かに一般人に比べれば強いけど」

「でも、リノちゃんはついて行くって言ってたわよ?」

確かに、冒険者ギルドで依頼を受けた後、再三リノに提案された。自分も連れて行って欲しい、と。

(そういや、村に帰ってからはもう言わなくなったな……?)

少し不思議な気がした。

「ねぇ! 聞いてるの!?」

怒った声と共に間近に迫る輝くような青い瞳に、俺は気圧された。

セーレアは、水系統の魔法の高い適性を持つため、髪と瞳の色が非常に鮮やかだ。
鮮やかさは魔法の適性の高さに比例するため、〈水の小神〉の加護を持つ彼女の場合、夜空の下にいるとそこだけ光っているように見えた。

俺が怒られている間に、オゥバァはちゃっかりセーレアの後ろの高木の枝に腰かけていた。
セーレアが現れたのはオゥバァが呼んで来たためだろう。

「聞いてるさ。……それにしても」

シノビノサト村の村人でさえ寝静まった深夜に、こうして俺を止めに来た2人を見つめる。

「2人揃ってリノがお気に入りなんだな。……リノを気遣ってくれてありがとう」

胸に温かいものが満ち、表情が緩むに任せて礼を言うと、なぜか2人はびっくり仰天した顔をした。

セーレアが無防備な顔を俺に見せることも珍しければ、感情を露わにしたオゥバァも結構珍しい。

そんな反応に、俺の方も驚いた。

「……どうした?」

尋ねると、「……笑った……! あの事件以来初めて……!」とセーレアが聞き取りにくいほど小さく呟いた。

「……え?」

「ううん。なんでもない! あんたの気持ちはわかったわ。よーくね!」

聞き返したが、青い三つ編みを振ったセーレアは駆け戻っていった。

「……なんだあれ?」

オゥバァに視線を向けると、彼女は「面白くなってきた」という返事にもならない返事を寄越して、近くの家の屋根に飛び移った。そして屋根から屋根へと移動して遠ざかっていく。
……どうやらセーレアを追うつもりらしい。

(……なんなんだ、いったい?)

「あ……」

 そういえば、「『天涯』に向かったことは黙っておいてくれ」と頼むのを忘れていた。

「まぁ、どのみち行き先はバレるに決まってるか……」

あの2人なら頼まなくても、リノを1人で最難関ダンジョンに行かせるわけないだろう。

安心した俺は、寂しい気持ちが少し和らいだ気がした。




◇◇◇あとがき◇◇◇

各登場人物の性格や世界観は変わっていないのに、Web版と書籍版ではゲームの別ルート並みに流れが変わっていて戸惑います。個人的には「孤独なシノビ」は好きですが。

これから投稿する予定の「書籍版のウリ その1」は3分割したものをまとめて読みやすくしただけで、中身は一緒です。
「書籍版のウリ その2」はたぶん土曜か日曜に投稿すると思います。
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