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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮
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「出かけるの?」
深夜、俺がシノビノサト村から出ようとすると、鬱蒼とした森の上の方から声が降ってきた。
村の周囲には昼でも暗い樹海が広がっている。
まして夜ともなれば漆黒に塗り固められているように見えた。
「オゥバァか」
質問に答えず、俺は声の主の名前を呼ぶ。
木々に隠れているため姿は見えないが、枝の上にダークエルフの女の気配を感じた。
近頃はリノのところに遊びに来ることも多いから、感じ慣れた気配だった。
「リノちゃんは一緒じゃないの?」
最初の問いに返事をしなかった俺に、オゥバァは重ねて尋ねてきた。
返答を予想しているようだ。
「俺1人で『天涯』に向かう」
「きっと怒るわよ~」
ちゃかしたような言い方だったが、俺やリノの関係を案じているのが感じられた。
「リノはこのくらいじゃ怒らないさ。……それに、瞬く間に新たな最難関ダンジョンとして認定された『天涯』。そして、そこにあるという財宝『天国』。……あまりにも先行きが不透明過ぎる。リノを連れて行くのは危険だ」
「まったく根暗ねぇ……。『俺が絶対にリノを守ってやるぜ!』くらい言えないの?」
無駄に上手い声真似に、俺は駄目出しする。
「似てない」
「そう?」
「あぁ」
主に、台詞の内容が。
例え百年一緒に暮らしてもそんな台詞を言う自分が想像できない。
不器用な自分としては、多芸な妖精細剣士を少しだけ羨ましく思った。
こんなふうにオゥバァと軽口を叩き合うようになったのは、割と最近だ。
普通の人にとってみれば、徐々に親しくなるのは当然のことなのかもしれないが、勇者パーティーの3人くらいしか話せる友人がいなかった俺としては、少々気恥ずかしいような喜びを感じていた。
「そう。いってらっしゃい」
なのにあっさりと見送りの挨拶を済ませると、オゥバァの気配が瞬く間に遠ざかっていった。
しばし呆然と佇んだ俺は、頭上に広がる夜空を見上げて、頭をかいた。
木々に縁取られた狭い藍色の空。そこに浮かぶ綺麗な星々。
光源の少ない田舎だからこそ見られる美しい光景に、俺はしばらく立ちすくんだ。
(寂しいな……)
ふいに、そんな感情が襲ってきた。
1人で本当に綺麗な光景を見たり、美味しい食べ物を食べたりすると、なぜか胸が締めつけられるような感覚を覚える……。
以前ならこの感情の理由がわからなかっただろう。
だが、今は違う。
リノがいる。
オゥバァがいる。
かなり心理的な距離があるが、セーレアだっている。
セーレアとは逆の意味で心理的な距離があるが、助けた奴隷たちもいる。
もちろん村人たちだって。
賑やかな生活を知ったからこそ、感情の正体が孤独感なのだと悟れた。
「さてと、行かないと」
背負い袋を背負い直すように揺らした。別にずり下がっていたわけではない。
ただそうして気合いを入れ直さないと、前に進めない気がしたのだ。
肩に軽く食い込む程度には、背負い袋の中には様々な物を詰めた。
いつもは持ち歩かない保存食である干した米や外の世界では珍しい種類の肉、久しぶりに修繕した〈盗賊の7つ道具〉などが入っている。
「さて行くか」
同じような台詞をもう1度呟き、歩き出す。
背後から走ってくる何者かの気配を感じた。
リノだったらこのまま気配を消して山を下りようか思ったが、どうやら違うようだった。
深夜、俺がシノビノサト村から出ようとすると、鬱蒼とした森の上の方から声が降ってきた。
村の周囲には昼でも暗い樹海が広がっている。
まして夜ともなれば漆黒に塗り固められているように見えた。
「オゥバァか」
質問に答えず、俺は声の主の名前を呼ぶ。
木々に隠れているため姿は見えないが、枝の上にダークエルフの女の気配を感じた。
近頃はリノのところに遊びに来ることも多いから、感じ慣れた気配だった。
「リノちゃんは一緒じゃないの?」
最初の問いに返事をしなかった俺に、オゥバァは重ねて尋ねてきた。
返答を予想しているようだ。
「俺1人で『天涯』に向かう」
「きっと怒るわよ~」
ちゃかしたような言い方だったが、俺やリノの関係を案じているのが感じられた。
「リノはこのくらいじゃ怒らないさ。……それに、瞬く間に新たな最難関ダンジョンとして認定された『天涯』。そして、そこにあるという財宝『天国』。……あまりにも先行きが不透明過ぎる。リノを連れて行くのは危険だ」
「まったく根暗ねぇ……。『俺が絶対にリノを守ってやるぜ!』くらい言えないの?」
無駄に上手い声真似に、俺は駄目出しする。
「似てない」
「そう?」
「あぁ」
主に、台詞の内容が。
例え百年一緒に暮らしてもそんな台詞を言う自分が想像できない。
不器用な自分としては、多芸な妖精細剣士を少しだけ羨ましく思った。
こんなふうにオゥバァと軽口を叩き合うようになったのは、割と最近だ。
普通の人にとってみれば、徐々に親しくなるのは当然のことなのかもしれないが、勇者パーティーの3人くらいしか話せる友人がいなかった俺としては、少々気恥ずかしいような喜びを感じていた。
「そう。いってらっしゃい」
なのにあっさりと見送りの挨拶を済ませると、オゥバァの気配が瞬く間に遠ざかっていった。
しばし呆然と佇んだ俺は、頭上に広がる夜空を見上げて、頭をかいた。
木々に縁取られた狭い藍色の空。そこに浮かぶ綺麗な星々。
光源の少ない田舎だからこそ見られる美しい光景に、俺はしばらく立ちすくんだ。
(寂しいな……)
ふいに、そんな感情が襲ってきた。
1人で本当に綺麗な光景を見たり、美味しい食べ物を食べたりすると、なぜか胸が締めつけられるような感覚を覚える……。
以前ならこの感情の理由がわからなかっただろう。
だが、今は違う。
リノがいる。
オゥバァがいる。
かなり心理的な距離があるが、セーレアだっている。
セーレアとは逆の意味で心理的な距離があるが、助けた奴隷たちもいる。
もちろん村人たちだって。
賑やかな生活を知ったからこそ、感情の正体が孤独感なのだと悟れた。
「さてと、行かないと」
背負い袋を背負い直すように揺らした。別にずり下がっていたわけではない。
ただそうして気合いを入れ直さないと、前に進めない気がしたのだ。
肩に軽く食い込む程度には、背負い袋の中には様々な物を詰めた。
いつもは持ち歩かない保存食である干した米や外の世界では珍しい種類の肉、久しぶりに修繕した〈盗賊の7つ道具〉などが入っている。
「さて行くか」
同じような台詞をもう1度呟き、歩き出す。
背後から走ってくる何者かの気配を感じた。
リノだったらこのまま気配を消して山を下りようか思ったが、どうやら違うようだった。
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