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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮

冒険者ギルド到着

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久しぶりに訪れた冒険者ギルドは、窓という窓が、分厚い木の板と土系統の魔法で塞がれて要塞化されていた。

予想外の冒険者ギルドの有り様に、俺とリノの足が止まる。

ちらりと見上げれば、上階の窓辺には、弓と矢筒を背負った人影が、いくつも見え隠れしていた。

幸い門番らしき扉の両脇に立つ冒険者2人は、顔見知りだった。

これでも俺は元勇者パーティーの一員。
黒髪黒眼という珍しい外見と相まって、顔だけは冒険者たちの間ではそれなりに売れていたのだ。

……組合長ギルドマスターの依怙贔屓で勇者パーティーに加入を許された嫌な奴や荷物持ちくんというような認識でだが。

扉を通る時、嫌な視線を向けられたり、嫌味の一つでも言われたりするかと思ったが、何もなかった。

こちらを観察するような鋭い視線を向けられたので、待ち合わせなどのために立っているというわけではないだろう。

――昼下がりの冒険者ギルド。

かつて勇者パーティーだった頃は、アレクサンダーたちに合わせてよく来た時間帯だ。

ろくな依頼の張り出しもなく、せいぜい依頼を受け損ねた冒険者が、緊急の依頼目当てにたむろしているくらいの遅すぎる時間帯。

だが、今の宗教都市ロウの昼下がりの冒険者ギルドには、雑然とした熱気があった。

「おい。食料庫の護衛を追加しとけよ。一人、腐ったもん食って腹を壊したらしい」
「他に三人も護衛がいるんだから、大丈夫だろ?」
「おいおい、本気で言ってんのか? 今の宗教都市ロウに余裕はほとんどねえ。食料が盗まれて、もし炊き出しができなくなったら、餓死者が出る危険性があるぞ」
「わ、悪い……」

規定の人数以下で護衛につき、その分を懐に入れるというのは、以前の冒険者ギルドではよくあったことだ。

意外なことに、先程失言した男はすぐさま謝っていた。

(これが今の冒険者ギルドか……)

建物の外観の変化以上に、顔見知りの冒険者たちの変化に俺は驚きが隠せなかった。

リノが手を掴んで、前後に軽く揺すってくれなければ、扉の前で立ち尽くしていたかもしれない。

1階はバーを兼ねているため、昼間から酒を飲んでいる冒険者たちの姿が見えた。三々五々、ソファーや丸テーブルでだらしなく寛いでいる。

受付に目を向けると、なんとエルフの女だった。

冒険者ギルドは、奴隷商館の護衛も正式な依頼として受けていた。その主な商品はエルフや獣人、魔族の奴隷だ。

いうなれば、エルフと冒険者は敵対関係にあったといっていい。

受付嬢がエルフなんて、大陸中の冒険者ギルドを見渡しても宗教都市ロウだけだろう。

エルフの受付嬢が3人並んでいる。

そんな受付嬢たちの背後には、隅が焼け焦げた、冒険者ギルドの記章を縫い取られた旗が掲げられている。

その隣にある依頼書クエストを張り出す掲示板の横には、なぜかツルハシが放置されていた。

見回すと、獣人の掃除婦や魔族の給仕までいた。

人手の足りなくなった冒険者ギルドは、人間以外の種族も雇用することにしたのだろう。

(……ずいぶん思い切った手段を取ったもんだな……)

そうしなければ立ち行かなくなるほど今の都市の現状が甘くないということか。

猥雑な活気の中、俺とリノが連れ立って受付に歩こうとすると、だみ声が飛んできた。

「おいおい冒険者ギルドうちは託児所じゃねぇぞ?」

「……俺は冒険者だ。それにこっちの少女だって、お前よりはきっと強いぞ」

「ちっ。……また道理のわからない自称冒険者や冒険者志望のガキがやって来やがったか」

舌打ちをした男に、リノが魔王で、俺が勇者パーティーを壊滅させた主犯だと告げたら、どんな顔をするだろう?

とはいっても、俺もリノも、どこからどう見ても一般人と幼い魔族の少女だ。仮に本当のことを言っても信じてもらえないだろう。

新人冒険者でも当たり前に装備している革鎧や安物の剣すらない。
当然の反応ともいえた。

「にしてもガラが悪くなったな」

リノにだけ聞こえる程度の声で呟く。

もともと品行方正とは程遠い冒険者たちだったが、先程の第一声などまんまゴロツキだ。

久しぶりに訪れて、なかなか手厚い歓迎でもてなされた俺は、感慨深い気持ちになった。

勇者パーティーにいた頃にはなかったことだ。

(そっか、勇者たちがいたから絡まれなかったんだ)

勇者パーティーにいたことで意外な恩恵を受けていたことに、何ヶ月も経った今頃になって気づいた。

「誰だ、コイツ?」
「見かけん顔だな」

誰だコイツは、こっちのセリフだ。

おそらくこちらの方が冒険者として長い。

試しに〈ステータス表示オープン〉のスキルを使ってみると、新顔の冒険者たちの胸元に半透明の小窓が出現し、予想通りの単語が見えた。

称号:ゴロツキ

冒険者ではない。

ステータスがどういう仕組みで更新されるのか知らないが、少なくとも彼らの場合はまだ「元ゴロツキの冒険者」というよりも「冒険者になりかけのゴロツキ」という分類なのだろう。

〈ステータス表示オープン〉は、長い時を生きたダークエルフのオゥバァ曰く「神の血を引く存在にしか使えないスキル」らしい。
気付きづらい情報探査系スキルなので、リノ以外誰も気付いた様子はない。

俺がまっすぐ受付に向かって歩き出すと、「やれやれ……」というように肩をすくめた先程のゴロツキが、踵を軽く浮かせた。おそらく足を引っ掛けるつもりだろう。

そういえば、ゴロツキたちのテーブルは、ちょうど扉と受付の中間にある。直線的に歩けば前を通ることになりそうだ。

足を引っ掛けられそうになるなんて初めての経験だ。

(以前は勇者パーティーだったからか)

知らず知らずのうちに、ちょっとしたメリットを享受していたらしい。

失ったものと亡くした者が多すぎて忘れそうになっていたが、すべて悪いことばかりというわけではなかったのだ。

(さて、どうするかな?)

リノの前に出て、歩みを進めながら考える。

シノビとして本気を出せば、男が反応できない速度で動くこともできるし、受付の前に一瞬で転移することも可能だ。

取れる手段が多いとかえって迷うよな、と贅沢な悩みを抱えつつ、男の目の前に着こうとしたその時――。

ゴロツキの肩に、ベテランのB級冒険者が手を置いた。

最高位であるS級は、家柄によってもたらされる良質な装備によって、高い階級に就いている者が少なくない。そのためアレクサンダーのような性格をしている者が多かった。

逆に、叩き上げでB級になった者は、実力に見合う人間性を身につけていることが多い。

足を引っ掛けようとした新人のゴロツキも、止めに入ったのがそんなベテランだと知ると訝しげな顔をしつつも、何事もなかったかのようにテーブルの下に足を引っ込めた。

新人冒険者たちの幾人かがその様子を見て、軽く目を見開き、「あの黒髪の少年は誰だ?」などと囁き交わした。

さっきと似たような台詞だが、真剣さが違う。

俺が勇者パーティーの一員だと知っているベテランたちは余裕の表情だ。

俺は元勇者パーティーだが、一般人にはほとんど知られていない。
シノビとして気配を消すことに慣れているためか、影が薄い。

(別に日常的に気配を殺して生きてるわけじゃないんだけどな……)

ベテランの余裕の表情と新人の訝しげな表情の中、受付に向かって静かに歩けたのは数歩だけだった。

上階から駆け下りてくる慌ただしい足音。

1階にいる者たちの視線が階段に向かったので、俺も足を止めてそちらを見た。

上には会議室や組合長の執務室などがある。会議室を使用していた新人が気負って依頼に飛び出そうとしているのかもしれないと、大半の者は予想しただろう。

だが、予想外の人物の登場に、ざわっ、と1階にいる者たちが反応した。

「組合長!?」

ベテランの冒険者が叫ぶ。

1階に現れた組合長の背後には、エルフの受付嬢がいた。

俺が悩みながらゆっくり歩いているうちに、急いで呼びに行ったのだろう。息を弾ませている。

「いつもは暗殺を恐れて、安全性の高い上階にいるのに……」
「現在の宗教都市ロウの最高権力者のお出ましだ……!」
「元奴隷たちからの支持も厚いしな」

驚いているのは新人だけでなく、ベテランも同じ。

組合長と受付嬢にやや遅れて、重武装の護衛と思しき男たちも数人下りてきた。

護衛が慌てて追ってくる様子は、組合長がすぐさま下りてきたことを示していた。

驚く冒険者たちの声の中に、元奴隷たちの歓声が混じる。感謝の視線を向けているのは、エルフだけでなく、獣人も魔族も同じだ。

どうやら冒険者ギルド組合長が、宗教都市ロウの事実上の支配者になったことも、奴隷からの支持が相当厚いことも、どちらも事実のようだ。

そんな注目の的となっている組合長が、満面の笑みを浮かべて俺の前に立った。

「よく来てくれた、さあ、2階へ。部屋を用意してある」

親しげに俺の肩に腕を回し、受付嬢ではなく、自分で案内し始める。

もともと組合長は、貴族や富豪が依頼人であっても、きちんと組合のルールに則って行動するタイプだった。案内は本来、受付嬢の役目だ。

なんの後ろ盾もなく、叩き上げでS級冒険者にまで上り詰めた組合長は、同じく後ろ盾も金もないゴロツキたちにとって、憧れの存在。自分もああなりたいと思わせる希望の星だ。

それが一冒険者――それも素人に見える――をわざわざ迎えに来て、親しげに肩を抱いて階段を上っていくのだ。
静かだった昼下がりの冒険者ギルドは騒然となった。
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