最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた

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1巻

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 十五分後。
 全力攻撃を繰り返したS級冒険者全員が両膝をつき、大量の汗をぬぐう余裕もなく、絶え間なく荒い息を吐いていた。
 周囲には、巻物スクロールの燃えカスと輝きを失った宝石のはまった短杖ワンドが散乱している。

(見ろよ……高価で希少なアイテムがまるでゴミのようだ)

 俺は誰にともなく心の中で呟く。
 目の焦点を失い、「赤字だ……大赤字だ……借金地獄だ……」とぶつぶつ呟き始めたS級冒険者パーティーから視線を外し、じっと樹上からこちらを見ていたダークエルフの少女に声をかけた。

「いつまでそこにいるつもりだ?」

 オゥバァは返事もせず考え込んでいる。

「貴方……まさか〈中位職〉? ……〈上位職〉なんてことはないわよね……」
「ん?」

 聞きなれない単語に首をかしげている俺に、突如ダークエルフのオゥバァは謎のスキルを使用してきた。

「〈ステータス表示オープン〉」

 未知の情報探査系スキルを使用されたと直感した俺の体は、禁じられていたシノビスキルを瞬時に使用していた。
 上位スキル〈影走かげばしり〉。
 オゥバァの影に転移した俺は、背後から彼女の首筋に手刀てがたなを当てた。もしこれ以上不審な真似をするつもりなら、実力行使もやむなしだ。

「今何をした?」

 これほどの緊張感を覚えたのは、村を出て以来初めてだった。
 降参するように両手を上げたオゥバァは丁寧な口調で言った。

「待ってください。説明……するから」

 警戒心は完全にはなくならない。だが風にサラサラと揺れる美しい銀髪が俺の手に触れているうちに、ちょっとずつ冷静になってきた。

「私は貴方のステータスを読み取ったの。一瞬だったから、〈最上位職〉という情報しか読み取れなかったけど」

 俺の警戒心を理解しているためか、オゥバァはこっちを振り向かずに同じ姿勢のまま事情を説明し始めた。

「勇者のように特別な職業ということか?」
「貴方の言う勇者が、を指しているなら、貴方の方が遥かに特別ね」
「意味がわからない」
「ごめんなさい。私もおきてのせいですべてを話すことはできないの。……ただ〈最上位職〉である貴方なら……神々の血を引く貴方なら……おそらく〈ステータス表示オープン〉のスキルを使用できるはずよ」
「あいにく神様に知り合いはいないよ。鬼神のように厳しいジッチャンならいるけど」
「とりあえず、私に〈ステータス表示オープン〉を使ってみて」

 こっちを振り向いたオゥバァに、俺はダメもとで未知のスキル名を唱えてみた。

「〈ステータス表示オープン〉」

 俺が唱えるのとほぼ同時に、彼女は胸元を腕で隠すようにした。

「悪いけど、情報の一部は秘匿ひとくさせて……」

 彼女の台詞が頭に入ってこない。
 目の前には、半透明の小窓のようなものが出現していた。頭を動かすが、小窓は動かない。
 小窓はオゥバァの胸の辺りに出現していた。
 そこには「名前:オゥバァ・シュトゥリエ」だの「職業:〈上位職〉妖精細剣士フェアリーフェンサー」だのと表示されている。
 他にもいろいろ項目があるようだが、表示がおかしなことになっていた。ところどころ、読み取れないほど文字がゆがんでいる。おそらくこのスキルはよほど特別なもので、俺には完全に使いこなすことができないらしい。

「称号:神出鬼没しんしゅつきぼつ……?」

 読むことはできても理解できない項目まである。
 しばらくすると、小窓は消滅した。

「もう胸を隠さなくていいぞ?」
「隠したのはステータス画面で、胸じゃないわよバカ!」

 顔をまっにしたオゥバァは木々のこずえから梢へと飛び移り、すぐさま姿を消した。おそらく〈上位職〉妖精細剣士フェアリーフェンサーのスキルなのだろう。俺でもシノビスキルなしで追いかけるのは難しく感じるほどの素早さだった。

「なるほど。神出鬼没、ね」

 一つ賢くなった俺は、ずっとぼうけさせられていた幼い魔族の少女、リノのもとに駆けつけた。




      4



「あの薄汚い黒髪野郎の狙いを読み切ったぜ」

 勇者アレクサンダーの唐突な台詞に、癒し手の女は胸の谷間に引き寄せていた彼の太くたくましい腕を放した。

「なんのことでしょうか……?」

 未だ莫大ばくだいな財宝の輝きにうっとりとしているエリーゼの声に、アレクサンダーは厳しい表情を作って答えた。

「賤小銅貨一枚」

 アレクサンダーの意味不明な返答に、彼女の表情は不思議そうなものへと変わる。

「……?」
「いくら無能でグズなあいつでも、最難関ダンジョン攻略の報酬があんな小銭で納得するはずがない」

 そう断言するアレクサンダーの背中にしなだれかかっていたフェルノも、体を離して会話に参加した。

「それは、そうだけどさー。あいつに、面と向かってあたしらになんか言う度胸なんてぇ」
みなまで言うな。あの程度の小物の思考くらいお見通しだ。……奴は俺たちが立ち去った後、ここに舞い戻って、俺たちが運びきれなかった金銀財宝をかすめ取るつもりなんだ」

 エリーゼがしとやかに片手を口に当ててから、大声を上げた。

「まぁ! 『わたくしたちの財宝』を横取りしようだなんて……!」

 絶句するエリーゼに続き、フェルノがぴょんぴょん跳ねて怒りをあらわにする。

「最低だ! 最低だ! 最低の薄汚い野郎だ! 最低! 最低! クズ! クズ!」

 怒るフェルノを見て、冷静になった様子のエリーゼが一つ頷いた。

「私も同意です。おそらくアレは、ここの財宝を虎視眈々こしたんたんと狙っているに違いありません」
「だが、奴程度の実力では俺たちには絶対に勝てない。ゆえに、ダンジョンの脇道の物陰なんかに今もじっと隠れているに違いない。……盗賊の最上位スキルは〈潜伏〉だからな」

 最後の言葉を聞いた瞬間、エリーゼとフェルノが心底バカにしたように笑った。

「ほんっと……ザコだよねぇ……さすが最弱職の盗賊。物陰に潜伏するだけのスキルだなんて」
「しかもそれが最上位スキルだなんて、笑い話にもなりませんわ。……クスッ」

 失笑するエリーゼだったが、ふいに真顔に戻った。

「けど。勇者様」

 改まった口調は進言する前置き。それなりに長い付き合いでそのことを知っているアレクサンダーは顎をしゃくった。

「勇者様のお考えはもっともです。どのような人間であれ、間違いなくもう一度ここに戻ってくるでしょう。そして実力でかなわないなら隠れてチャンスを窺う、ということにも頷けます」
「だろう?」
「しかしもっと大それた真似をする可能性があります」
「まさか手向かうと言うのか?」

 恐るるに足りない、と豪快な笑みを浮かべる勇者アレクサンダー。

「……いいえ。トラップを仕掛けられる可能性を私は懸念けねんしているのです」
「なに? トラップだと……」

 アレクサンダーはうつむき、初めて考え込んだ。

「確かに……非戦闘職の盗賊の唯一の取り柄が、トラップの扱いだ。……解除はもちろん、設置も……できる」

 顔を上げた彼はエリーゼを見た。

「さすがはエリーゼだ。我がパーティーの参謀役なだけある。その深慮遠謀しんりょえんぼう、素晴らしいという他ない」
「忠言を聞き入れていただきありがとうございます」

 エリーゼはうやうやしく頭を下げてから、ゆっくりとまた顔を上げた。

「アレクサンダー様も勇者に相応しい度量の持ち主ですね」
「フンッ……当然だ。俺たち三人が揃えば、無敵。邪魔者がいなくなったおかげで身軽にもなったし、より一層パーティーが強化されたことは疑いない」

 その後、フウマの裏をかくためにほぼすべての金銀財宝を外へと持ち出す、ということに決まった。
 アレクサンダーの背負い袋の中には、こういう時のために折り畳んだ背負い袋などが余分に入っている。
 三人は金銀財宝をめいっぱい詰め込んだ背負い袋を背負い、片手には同じく金銀財宝が詰まったパンパンの手提げ袋を提げた。
 左手に手提げ袋を提げた赤魔道士フェルノは、もう片方の手に持つ赤い宝石のはまったスタッフを、残りの財宝に突きつけた。

「ほんとにいいのぉ……?」

 もったいないとその顔に書いてある。

「あぁ。あんなろくに働きもしないクズ野郎に、大金貨一枚奪われるだけでも腹立たしい。……どうせ、そこに残ってるのは大したもんじゃない。俺たちから見れば、な」
「確かに、私たちが運ぶものに比べれば、金銭的価値がかなり劣る品々ばかりですものね」

 参謀役のエリーゼの返事を聞いて、フェルノは財宝の残りに向かって一歩踏み出した。

「ハアァァ……〈火の小神〉の加護よ、私に力を与えたまえ……」

 目を閉じて精神集中するフェルノの持つ杖の先端に、魔法による炎のような揺らめく赤い輝きが宿る。それなりに広い隠し部屋のほとんどを照らし出せるほど強力な赤い光だ。
 数秒後、フェルノが力強く魔法を唱えた。

「〈炸裂小火弾バースト・ボム〉!」

 杖の先端から放たれた赤い光は、財宝の残りに着弾した瞬間、強烈な魔法の炎に変じた。
 そこからさらに炸裂する。
 ダンジョンの隠し部屋に轟音ごうおんが反響する中、チリン、と高い所から硬貨を落としたようなんだ音がした。

「さすがだな……」

 スクラップと化した元財宝。
 焼け焦げ、壊れ、ボロボロになったゴミクズ。
 一般的には十分希少と呼べる低位の巻物スクロールは燃えカスとなり、安価な宝石は粉々に砕け散った。

「大金貨がまだ一枚残っていたか……」

 アレクサンダーは大金貨を拾い上げると、宣言した。

「さぁ! 出発するぞ! ……気合いを入れろよ。あのクソ野郎がモンスターにまぎれて襲いかかってきたり、汚いトラップを仕掛けてきたりする可能性が十分にあるからな」
「はい!」
「うんっ!」

 そうして、アレクサンダーたちは順調にダンジョンの細い通路を戻っていく。

「……ろくなトラップもない……モンスターもいねえぇ……、ふぁあ……あぁぁ……」

 最後尾をだらだら歩くアレクサンダーは長いあくびをした。
 誰も注意しない。
 それどころかエリーゼは、財宝の詰まった手提げ袋を豊かな胸が潰れそうになるほどギュッと抱きしめ、大金貨の輝きや宝石のきらめきを見ながら何度もため息を漏らしている。
 先頭を歩くフェルノは、退屈そうに長い杖をくるくると回して遊んでいる。

「あっ。オイルスライム……!」

 薄暗く狭い通路の奥から、にじみ出るように現れた半透明の黒いスライム。その大きさは子供の背丈ほどだった。

「楽勝っ楽勝っ」

 歌うようにフェルノはそう言って、杖を無造作に向ける。
小火弾ファイヤー・ブレット〉と唱えた瞬間、小さな赤い光が杖から放たれ、オイルスライムに接触した。
 ボウッ……ボォォォオオ…………。
 と、オイルスライムは一瞬で全身が燃え上がり、身をくねらせた。攻撃したフェルノに近づくこともできず、そのまま燃え続ける。

「これで最難関ダンジョンか」

 勇者アレクサンダーは呆れたように言った。子供の背丈から赤子ほどのサイズになったオイルスライムを、伝説の英雄の剣で突っつく。

「ザコしかいないダンジョン。ろくにトラップも無し。……だから『自分でもS級ダンジョンでやっていける』と黒髪野郎は勘違いして、俺様たちの財宝にずうずうしくも手を伸ばしたんだろうな」

 しばらく突っつき回していると、もう燃える部分がなくなったのか、オイルスライムは小さな核を残して完全に消え去った。

「行くぞ、お前ら」
「……えぇ」
「そだねー」

 やる気なさげに歩き出した彼らだが、またもやオイルスライムに遭遇した。今度は十匹ほどだ。
 子供の背丈ほどのオイルスライムたちがうごめく向こうに、大人の背丈の倍ほどもある巨大なオイルスライムの亜種が見えた。

「ビッグオイルスライムか」

 淡々と呟くアレクサンダーにも、さっさと杖を構えるフェルノにも、緊張感は微塵みじんもない。
 ビッグオイルスライムは、オイルスライムが巨大化しただけのモンスターだ。亜種といっても特別な力などはない。むしろ巨体ゆえに動きがにぶいくらいだった。
 そもそもスライム種の移動速度は遅い。接触するまでまだ十分時間はある。

「やれ。フェルノ」
「オーケー」

 気軽に返事したフェルノは、〈小火弾ファイヤー・ブレット〉の魔法を使用した。
 一匹のオイルスライムに着弾。さらに、炎に身をくねらせるオイルスライムが他のオイルスライムに接触して燃え移り、次々に連鎖して、十匹ほどがまとめて盛大に燃え上がった。
 出遅れていたビッグオイルスライムだけは、通路を塞ぐほどの大きな炎をまぬがれていたが、あまりの呆気なさと景気のよい光景に、アレクサンダーとフェルノがバカ笑いし出した。

「プッ……ワハハハハハハハハハッ!」
「キャハハハハハハ!」
「ザコスライムが〈小火弾ファイヤー・ブレット〉一発でほぼ全滅しやがったぜ……! くぅ……腹いてぇ……!」
「あたしこんなにオイルスライム見たの初めて! 一度にこんなに燃やしたのも初めてぇっ!」

 笑い続ける二人に、呆れたようにエリーゼが言った。

「オイルスライムはよく燃えますし、かなり火が強いですから、近づかないでくださいね。治癒神様の奇跡を、こんなゴミスライムによる火傷の治療などに使いたくありませんから」
「わぁってるって……――うっ?」

 アレクサンダーはこみ上げる吐き気を抑えるように口を塞いだ。ほぼ同時に、頭痛や耳鳴りを強烈に感じた。
 様子がおかしくなったのはアレクサンダーだけではない。

「……こ……これは……? いったいどういうことかしら……?」
「なんか頭痛くなってきた……それに……ハァハァ……気持ち、悪いかも……」

 突然の体調不良に三人は慌てる。
 アレクサンダーは即座に周囲を見回すが、敵の気配はオイルスライム以外にはない。そのオイルスライムたちもただ燃え上がっているだけ。ビッグオイルスライムにいたっては、燃え上がる仲間たちの前で立ち往生している。

「――黒髪野郎が仕掛けた毒ガストラップだッ!」

 確信のこもったアレクサンダーの突然の声に、他の二人はびっくり仰天して、

「毒ガス!?」

 と同時に叫んだ。

「奴だ……ハァハァ……呼吸が急に苦しくなったのも、吐き気がするのも、頭痛がするのも、それもこれもぜぇーんぶアイツの仕業に違いねぇ……! 汚い野郎だぜッ! 正面切って戦う度胸も力もないからって、トラップを設置していきやがったんだッ!」
「そっか……ハァハァ……なるほど。うっ……苦しい……頭、割れそう……」
「フェル! しっかりしやがれ! こんな時こそお前の強力な魔法の出番だ! 敵は図体がデカイだけのグズが一匹だけだ! 大技で一気に仕留めろッ!」
「頼むわフェル……、貴女だけが頼りよ……うぅっ」
「わか……った……。〈火の小神〉の加護よ……私に力を与えたまえ……くっ……ハァァァ……ッ! 〈炸裂小火弾バースト・ボム〉!」

 フェルノの杖から放たれた赤い光弾こうだんは、燃えるオイルスライムたちの頭上を抜けて、ビッグオイルスライムに着弾した。
 爆発。
 ビッグオイルスライムの破片が通路に散らばり、それぞれ燃え上がる。勇者パーティーとの距離はかなりあったため、彼らのところまで飛ぶことはなかった。
 大人の背丈の倍も高さのあるビッグオイルスライムの体積は、通常のオイルスライムの比ではない。
 ただでさえダンジョン内の酸素が燃えていく中、一気に酸素の消費量が跳ね上がった。
 クラッ、と酸欠で倒れそうになった勇者アレクサンダーは一歩足を踏み出して、なんとか踏みとどまる。

「俺様は勇者アレクサンダァァァァッ! クソ野郎が仕掛けた卑怯なトラップなんぞに負けたりはしない! うおおおおぉぉおおおおおおおおおおぉぉおおおおおおおおお――!」

 勇者アレクサンダーが右手を拳にして、雄叫おたけびを上げる。その拳が徐々に、黄金の輝きを宿し始める。

「おおぉぉぉぉおおおおおおおッ! 〈勇気の心ブレイブ・ハート〉ッ!」

 アレクサンダーはスキル名を叫ぶと同時に、黄金色に輝く右手で自身の左胸を叩く。瞬間、全身を黄金色の光が包み込む。
 勇者の最上位スキル〈勇気の心ブレイブ・ハート〉。
 精神が肉体を凌駕りょうがすることを可能とするスキル。大きな傷を受けても剣を全力で振ることができたり、毒に対する耐性を一時的に強化したりするなど、複数の効果がある。
 多少の火傷など気にせず、アレクサンダーは燃え盛るオイルスライムたちを全速力で踏み越えて、毒ガスが発生していると思っているエリアを脱した。
 先頭にいたフェルノは火への耐性があったため、アレクサンダーが叫んでいる辺りで、もうすでに燃え盛るビッグオイルスライムの死骸を越えていた。
 エリーゼは自らの癒しの奇跡に自信があるため、火傷よりも毒ガスの方が危険だと判断して、フェルノに続いて走り去っていた。
 こうして三人はからくも窮地きゅうちを脱したのだった。




      5



(〈手刀〉を本来の目的で使ったのは久々だな……)

 俺は、気絶させた三人のS級冒険者たちを、彼らが持っていたロープで縛り上げ、適当な木に結びつけておく。もちろん武装解除もしておいた。
 武装を解かせる際、首から提げた冒険者プレートが目についた。本当にS級だった。
 チーム名は〈治癒神の慈悲と赤魔道士組合の誇り〉。
 長いチーム名を読み上げた瞬間、なんだかなー、という気分におちいる。
 この長いチーム名をつけた目的が推測でき、捕まえたことも徒労で終わるだろうと予測できた。

(一応明日にでも街の衛兵に突き出すか……。どうせ無駄だろうけど)

 ひと仕事終えた俺は、待っていてくれたリノのもとに向かう。

「リノ……さっきは、ありがとう。ダークエルフのオゥバァに疑われた時、ずっとかぶっていたフードを外してまで弁護してくれて、感謝してる。俺は、とても喜んでいる」

 魔族の幼い少女がどのくらい人語のリスニングが可能なのかわからないので、ちょっと丁寧ていねいに感謝の気持ちを伝えてみた。
 俺のへそくらいの背丈しかない小さな少女は、じっと俺を見上げている。夜の冷たい気配を感じさせ始めた風に、不揃いのセミロングの髪が揺れた。
 土埃で汚れてくすんだ金髪。そこから覗く二本の短いツノ。

「フ……ウマ……こまって……た、から」

 当然という表情を浮かべた幼い少女の頭に、手を伸ばした。

「ありがとう」

 小さな頭を包み込むように撫でると、親指と小指がかすかにツノに触れた。
 ビクッとリノが震える。

「痛かったか?」
「ち……がぅ」

 俯くリノ。

「こ……わく、ない……?」

 上目遣いでこちらを窺ってきた。

「怖い? ……まさか。リノは俺を助けてくれたし、とってもキュートな女の子だと思うよ」

 暗くなった雰囲気を明るくするためちょっとちゃかして言うと、プイッと、リノは横を向いてしまった。

(怒らせちゃったか?)

 心配になって様子を窺う。
 夕闇の中でもはっきりとわかるくらい、耳や首筋が赤くなっていた。
 照れているらしい。

(……はは)

 これ以上機嫌を損ねないように心の中だけで短く笑う。
 きゅぅ、と小さくお腹を鳴らしたリノに、携行していた水袋を差し出す。

「ここで休憩しよう。俺がいればモンスターが出ても安全だから」

 耐水性のある動物の皮でできた水袋には、水がまだ半分くらい入っている。
 たどたどしく人語で礼を言ったリノは、それを重そうに両手で抱えるように持った。すぐさまコルクのせんを抜き、直接口をつける。

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