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第Ⅲ章 王国の争い

元勇者パーティーの後日談その11――リノ、知る

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「お……ぐぅぇえええ…………! げほっ! げほっ!」

何度吐いたかわからない。

手には焼け焦げた老婆の死体がある。足腰が悪いらしく逃げ遅れていた老婆を発見し、倒壊寸前の建物に侵入して助け出したのだ。

だが、全身を覆う火傷のためか、煙を吸い過ぎたのか、老婆は建物から連れ出したのとほぼ同時に息絶えた。

そむけていた顔を前に戻し、吐瀉物から離れる。
老婆をそっと地面に寝かせた。

「…………これで、……何人目だ?」

決して驕っていたわけではない。

〈最上位職〉だの、シノビのさらに上のフウマの職業クラスであるだの、そんなものはいざという時、心の強さがなければ何の役にも立たないと知っていたはずだった。

あのシノビノサト村で雷電と紫電、ジッチャン達を失ったことで。

でもまだ俺はわかっていなかったらしい。

賢しげに理解した気になっていただけだった。

「……か、回復魔法が使えないってことはこれほどのことなのか……」

シノビノサト村には、王国では禁制されている治癒薬が存在する。曽祖父が作ったとされる丸薬だ。傷や病に効くという薬草を煎じて丸めた物だ。たいした効果はないし、俺も、護衛対象であるリノも傷つくことはないだろうと持ってきていなかったのだ。

(例え気休め程度の効果しかなくても持ってくるべきだった……)

老婆の死体の横には、魔族の赤ん坊や獣人の女などの死骸がずらりと並んでいる。

全員、俺が建物に入って助け出そうとした相手だった。

「もう、やめよう」

リノは、そっと老婆の見開いた目を閉じさせてあげると、こちらを見上げてきた。

「確かにリノだと、そろそろここは危険かもな」

火の手の強いこの辺りに、人気は少ない。

どこかの組織に所属すると思える人間の集団をいくつも見かけた。
おそらく魔道士組合系や都市の衛兵達の集団だろう。

彼らも時には人を助けようとしていた。

だが、あまり上手くいっているとはいえない。

「……また、1人も救えなかった……」

シノビノサト村の再来だ。

何度やっても上手くいかない。

「あぁ……アイリーン……」

思わず弱気になった俺は、頼りになる幼馴染みのことを思い出した。

美しい容姿で、常に笑みを絶やさなかった優しい少女。

「アイリーンって、確かフウマのお友達?」

「ああ」

彼女のことを思い出すだけで、俺はちょっとだけ勇気が湧いた。

「俺にいろいろなことを……本当にたくさん、たくさん教えてくれた人なんだ。外の世界のこととか、村で生まれ育った俺はまったく知らなかったからな」

「フウマがそこまで言うなら、きっといい人だったんだね」

「ああ。とてもいい人さ。『殺しは絶対にいけない。世の中に本当に悪い人間なんて1人もいない。あるのは、ただの悲しい行き違いだけなんだ』ってよく言ってた。他にも『憎しみの負の連鎖は断ち切らなくてはならない』とか『許すことは最も尊い行為だ』とか」

「…………そう。……他にも言ってたの?」

「え? ああ。……彼女は本当に優しくて常に他人を気遣うようなことを言ってたから、その手の話だと本当に一晩中語れるくらいあるよ」

「例えば?」

「『殺してはダメよ。殺してしまっては改心するチャンスを奪うことになるから。そんなことをしていいのは神様だけ。どれだけ強くても人を殺してはダメだ』って。……実際アイリーンは、家畜を殺すのを見ただけで痛ましげな表情を浮かべて、悲しそうに顔を伏せたもんだよ。血を見るのも、臭いを嗅ぐのも苦手だったんじゃないかな? とても優しい少女だったんだ」

「確か、初恋の相手だっけ?」

「え? そこまで話たっけ?」

「ごめん。雷電と紫電にフウマが話したのを、あのドラゴン達から聞いてたの」

「そっか……そういやあの2匹とリノは仲良かったもんな」

「どんな思い出があるの?」

「え? そうだなぁ……、アイリーンが入浴中に蜘蛛が出たとか言って裸で飛び出して抱きついてきたりとか、そういうことがあると怖がって一緒の布団で寝たがったりしたんだ……」

ちょっと顔を赤らめてしまう。
どぎまぎした当時の記憶が鮮明に思い出される。
当のアイリーンはぐっすりと眠っていたのだが。

「それに『友達になろう』って言ってくれたんだ。1人で寂しく遊んでいた俺にさ。そして『友達ってのは、その友のために何でもするべきなんだ』って教えてくれた。……実際それを実践したおかげでアレクサンダーやフェルノ、エリーゼなんていう仲間もできて……」

「もう、いい」

「え? でもアイリーンの良さはこの程度じゃ――」

「もういいって言ったの!」

リノらしくない大声。

ハッとした俺は、周囲が燃え盛る火の海になりかけていることに気づいた。

「……あ、ああ……」

まるで夢でも見ていたように現実感がない。

(……そうだ。ここは今、暴動の真っ最中だ。思い出に浸っている場合じゃない)

ぎゅっ、とリノが俺の手を握ってきた。

「フウマが人を殺しちゃいけない、って思うのは、彼女の言葉の影響?」

「え? ……まぁ、……どうだろう?」

俺は過去を思い出そうとする。

「ただ『もしあなたが人を殺したら、私はあなたを嫌いになるわ』って言われた。正直、アイリーンのことは好きだし、初めての友達で、初恋の相手でもあるから、絶対に嫌われたくないって幼心に強く思ったのを覚えているよ」

「そういうこと、何度もあったの?」

「え? 似たようなこと? あったよ。……彼女は優しいから、屠殺する現場に居合わせるたびに、目に涙を浮かべて、さっきみたいなことを言ったさ」

「抱きついたりとかも」

「う、うん……まぁ。……リノみたいに平気な女の子もいるけど、普通はそうだよ。家畜って言っても、生き物だし、可哀相に思うのも当然だと思うよ」

「何度も居合わせたんだよね」

「え? ああ」



「そうだね」

リノはなぜか哀れむような目を俺に向けてきた。
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