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第Ⅲ章 王国の争い
元勇者パーティーの後日談その29――アレクサンダーとエリーゼの最期
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「へっ? …………あぁあン?」
先程までの激しい打ち合いが嘘だったかのように、アレクサンダーの動きが鈍った。
――〈風魔手裏剣〉。
〈最上位職〉フウマの固有スキルで、かつて勇者の力を封じたスキルだ。
アレクサンダーの土壇場になってアイリーンを狙った行動は――完全に裏目に出た。
アイリーンに向かって躍り上がるアレクサンダーの剣に、風魔手裏剣がぶつかり、根元からへし折れた。
柄だけになった剣を無様に振り下ろすアレクサンダーを迎えたのは、沈痛な面持ちをしたアイリーンを守る兵士達の槍衾。
煤け、血で汚れた槍の刃が、アレクサンダーを迎えた。頬を、喉を、胸を、ふとももを……ありとあらゆる場所を自分の飛びあがった勢いのまま、刺し貫かれる。飛び上がった瞬間までは〈上位職〉豪炎の勇者としての力が宿っていたため、その速度も高さも、ただの人に成り下がったアレクサンダーを殺すに十分すぎるものだった。
血が、滴る。
アイリーンは血の雨が降る中、アレクサンダーを見上げた。その瞳の奥には、何の感情もない。
彼女にしてみれば当然の結末だった。
筋書きを途中で変えようとした者達もいたが、そんなものは関係ない。舞台を用意し、部隊を事前に準備し、最強の手駒さえ手元に置いておいたのだ。これで負けるなどあり得ない。
確かに勇者アレクサンダーの復活は予想外だったが、予定外の事態を引き起こすにはいたらない。
「さぁ今です!」
アイリーンの声とともに兵達が動き始める。
エリーゼの抵抗は凄まじく、精鋭の騎士達にまで被害が出始めた。傍観していた民衆達の中にも私兵をまぜていたようだったが……。
*
くそっ……。
くそっ…………。
エリーゼは罵る。
騙された。騙されたのか?
アイリーンという女の薄ら笑いを思い浮かべる。
顔を見た瞬間、エリーゼは同族だと気づいた。
頭脳の明晰さ、容姿、……そして何より権力欲と冷酷さ。
そのどれもが似ていた。
「……こ、殺す……」
この宗教都市ロウの地下下水道の完全崩落によって、住民の8割は死傷するだろう。軽く見積もっても、倒壊した建物の下敷きや、奴隷達に指示した放火によって、宗教都市ロウの5割は死ぬはずだ。
足りぬ。
…………足りぬぅぅ。
自らのどこからこれほどの力が湧いてくるのか。
喉を突き刺し、落ちてくる瓦礫によって片足が潰されているというのに、痛みさえない。
というより昔の自分――勇者パーティーの一員だった頃より、むしろ身体能力に限っていえば上昇している気さえした。
潰れた足を引きずり、瓦礫によって傾斜になった地面を歩く。
エリーゼはのぼる。のぼる。
「……ふ、ふふ……こほぉ……こほぉ……」
いつの間にか、頬の穴を塞いでいたドブネズミの皮が剥がれていた。またドブネズミを捕まえなくては。
以前はなめした獣の皮を使っていたのだが、何度も付け替える必要があり、面倒臭くなってやめたのだ。
地上に出現したエリーゼは、倒壊した建物の向こうにいくつもの火の手と煙が上がるのを見て、喜んだ。
「……あぁ! すばらしい! わたくしの復讐は成就され……る……の……ですね」
徐々に声がしぼむ。
倒壊した建物のガラスに、自分の顔が映っていた。
ひさしぶりに見た自分の顔。いつもつけていたはずのベールはどこかにいき、剥き出しとなった顔面。
青い眉毛はほぼなくなり、垢に汚れて黒ずんでいる。青い静脈が顔全体に浮き上がり、まるで模様のようだ。
瞳もまるで白濁したように濁っていた。
「……ば、化け物……」
エリーゼは自分の姿に恐れおののいた。
「…………え? え?」
自分の顔に手を当てる。
やはり自分の顔だ。
あり得ない。
あり得ない。
いつから自分はこんな醜い姿に……。
しかも、全身の傷の多さから見て、まともに人間が生きていられるはずなどなかった。
「ひ、ひぃぃぃいいい……!」
恐怖にかられて走る。
走る。
全速力で絶叫を上げながら、大混乱となっている貧民窟を駆け抜ける。
エリーゼの悲鳴が走ると、それに倍する悲鳴が周囲から上がった。
「ば、化け物だ!」
「――あ、アンデッド!?」
「助けて、ママ……」
エリーゼは恐ろしい自らから逃れようと走り続けたが、水たまりにも、砕けたガラス片にも、恐ろしい化け物の姿が映っていた。
「……どうして、こんなことに……」
いったいいつから何を間違えたというのだろう。
エリーゼは自らの絶対の正しさを確信しながらも、そう疑問を口にした。
貧民窟を抜けた瞬間、騎士の剣が自らの首をはねた。
「――わざわざ殺されに追ってくるとは、手間が省けましたね」
そう馬上でつぶやいたのは、騎士たちに守られた女。
宙を飛ぶエリーゼの頭部の口が動く。
アイリーン……、と。
呼ばれたアイリーンは、エリーゼに目を向けず騎士たちに指示を飛ばす。
「全住民の安全を最優先に! 例え、魔族や獣族、エルフ族であっても助けるのです!」
その凛々しい姿に、街の一般住民だけでなく、周囲にいた貧民窟の住人や奴隷たちも歓声を上げる。
……まぁ、これがこれからの時代の流れのようですからね、とつぶやいた声は、すぐそばに転がった生首であるエリーゼにしか聞こえなかっただろう。
アイリーンのかかとが、近づき、エリーゼの頭部を踏み砕く勢いで踏みつけた。そしてエリーゼの体にに向かって騎士の剣と赤魔道士の魔法が降り注いだ。
先程までの激しい打ち合いが嘘だったかのように、アレクサンダーの動きが鈍った。
――〈風魔手裏剣〉。
〈最上位職〉フウマの固有スキルで、かつて勇者の力を封じたスキルだ。
アレクサンダーの土壇場になってアイリーンを狙った行動は――完全に裏目に出た。
アイリーンに向かって躍り上がるアレクサンダーの剣に、風魔手裏剣がぶつかり、根元からへし折れた。
柄だけになった剣を無様に振り下ろすアレクサンダーを迎えたのは、沈痛な面持ちをしたアイリーンを守る兵士達の槍衾。
煤け、血で汚れた槍の刃が、アレクサンダーを迎えた。頬を、喉を、胸を、ふとももを……ありとあらゆる場所を自分の飛びあがった勢いのまま、刺し貫かれる。飛び上がった瞬間までは〈上位職〉豪炎の勇者としての力が宿っていたため、その速度も高さも、ただの人に成り下がったアレクサンダーを殺すに十分すぎるものだった。
血が、滴る。
アイリーンは血の雨が降る中、アレクサンダーを見上げた。その瞳の奥には、何の感情もない。
彼女にしてみれば当然の結末だった。
筋書きを途中で変えようとした者達もいたが、そんなものは関係ない。舞台を用意し、部隊を事前に準備し、最強の手駒さえ手元に置いておいたのだ。これで負けるなどあり得ない。
確かに勇者アレクサンダーの復活は予想外だったが、予定外の事態を引き起こすにはいたらない。
「さぁ今です!」
アイリーンの声とともに兵達が動き始める。
エリーゼの抵抗は凄まじく、精鋭の騎士達にまで被害が出始めた。傍観していた民衆達の中にも私兵をまぜていたようだったが……。
*
くそっ……。
くそっ…………。
エリーゼは罵る。
騙された。騙されたのか?
アイリーンという女の薄ら笑いを思い浮かべる。
顔を見た瞬間、エリーゼは同族だと気づいた。
頭脳の明晰さ、容姿、……そして何より権力欲と冷酷さ。
そのどれもが似ていた。
「……こ、殺す……」
この宗教都市ロウの地下下水道の完全崩落によって、住民の8割は死傷するだろう。軽く見積もっても、倒壊した建物の下敷きや、奴隷達に指示した放火によって、宗教都市ロウの5割は死ぬはずだ。
足りぬ。
…………足りぬぅぅ。
自らのどこからこれほどの力が湧いてくるのか。
喉を突き刺し、落ちてくる瓦礫によって片足が潰されているというのに、痛みさえない。
というより昔の自分――勇者パーティーの一員だった頃より、むしろ身体能力に限っていえば上昇している気さえした。
潰れた足を引きずり、瓦礫によって傾斜になった地面を歩く。
エリーゼはのぼる。のぼる。
「……ふ、ふふ……こほぉ……こほぉ……」
いつの間にか、頬の穴を塞いでいたドブネズミの皮が剥がれていた。またドブネズミを捕まえなくては。
以前はなめした獣の皮を使っていたのだが、何度も付け替える必要があり、面倒臭くなってやめたのだ。
地上に出現したエリーゼは、倒壊した建物の向こうにいくつもの火の手と煙が上がるのを見て、喜んだ。
「……あぁ! すばらしい! わたくしの復讐は成就され……る……の……ですね」
徐々に声がしぼむ。
倒壊した建物のガラスに、自分の顔が映っていた。
ひさしぶりに見た自分の顔。いつもつけていたはずのベールはどこかにいき、剥き出しとなった顔面。
青い眉毛はほぼなくなり、垢に汚れて黒ずんでいる。青い静脈が顔全体に浮き上がり、まるで模様のようだ。
瞳もまるで白濁したように濁っていた。
「……ば、化け物……」
エリーゼは自分の姿に恐れおののいた。
「…………え? え?」
自分の顔に手を当てる。
やはり自分の顔だ。
あり得ない。
あり得ない。
いつから自分はこんな醜い姿に……。
しかも、全身の傷の多さから見て、まともに人間が生きていられるはずなどなかった。
「ひ、ひぃぃぃいいい……!」
恐怖にかられて走る。
走る。
全速力で絶叫を上げながら、大混乱となっている貧民窟を駆け抜ける。
エリーゼの悲鳴が走ると、それに倍する悲鳴が周囲から上がった。
「ば、化け物だ!」
「――あ、アンデッド!?」
「助けて、ママ……」
エリーゼは恐ろしい自らから逃れようと走り続けたが、水たまりにも、砕けたガラス片にも、恐ろしい化け物の姿が映っていた。
「……どうして、こんなことに……」
いったいいつから何を間違えたというのだろう。
エリーゼは自らの絶対の正しさを確信しながらも、そう疑問を口にした。
貧民窟を抜けた瞬間、騎士の剣が自らの首をはねた。
「――わざわざ殺されに追ってくるとは、手間が省けましたね」
そう馬上でつぶやいたのは、騎士たちに守られた女。
宙を飛ぶエリーゼの頭部の口が動く。
アイリーン……、と。
呼ばれたアイリーンは、エリーゼに目を向けず騎士たちに指示を飛ばす。
「全住民の安全を最優先に! 例え、魔族や獣族、エルフ族であっても助けるのです!」
その凛々しい姿に、街の一般住民だけでなく、周囲にいた貧民窟の住人や奴隷たちも歓声を上げる。
……まぁ、これがこれからの時代の流れのようですからね、とつぶやいた声は、すぐそばに転がった生首であるエリーゼにしか聞こえなかっただろう。
アイリーンのかかとが、近づき、エリーゼの頭部を踏み砕く勢いで踏みつけた。そしてエリーゼの体にに向かって騎士の剣と赤魔道士の魔法が降り注いだ。
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