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第Ⅲ章 王国の争い

職の位階

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「そうそう、さっき立ち聞きしちまったが、てことはお前今はまだ、半人前の魔王だろ? だってよぉ、〈五魂の儀式台〉も〈勇者召喚の間〉もふっつーに使えたからよぉ。ガハハハハハ……」

「アレク、ちょっと落ち着いたら?」

少し不安そうな声を上げたのは、アレクサンダーの背後にいるフェルノだ。

「驚いた。……この魔の山はキメラがたくさんいるんだ。いくら勇者でもそう簡単には――」

「――テメェ……いつまで上からものを言ってやがるんだ? ああん!? よーっく、その節穴の目をかっぽじって、俺様の背後を見てみろよ」

目の穴をほじったら大変だよ大変だよ、とくすくす笑うフェルノの声を無視し、俺は勇者アレクサンダーの背後を見た。

「なっ!」

(まさかこれほどのことをアレクサンダーがやってのけるのに気づかなかったのか?)

リノが魔王の素体だということによほど動転していたらしい。もしくは勇者がよほど手早く行ったのか。
キメラたちはすべて首の骨を叩き折られていた。毒蛇に至っては丸焦げになっている。信じられない。

「ステータス開示オープン!」

もう2度と同じ思いはすまいと決心していた俺は、容赦なく相手のステータスを盗み見ることを決意する。
無論、見えない部分が多いのは相変わらずだったが……。

「……なっ……」

職業:〈上位職〉豪炎の勇者

アレクサンダーの表示が意味不明なものになっていた。彼は別段炎耐性が強かったわけでもないし、炎を使った攻撃などできなかったはずだ。なのになぜ……?

さらにフェルノの職業も予想と違っていた。

職業:〈下位職〉赤魔導士

(赤魔道士じゃなくて、赤魔導士……?)

「さて、と。……んじゃあ派手に行きますか」
「りょうかーい!」

勇者とフェルノが同時に、魔王リノに向かって特大の炎を放った。

(――っ! スキルの溜めがない!? 魔法の詠唱は!?)

知っている2人と明らかに動きが違うことに驚く。俺とリノは直撃を受けたが、無事だった。
リノの粗末な衣服は燃え上がり、丸裸になっていた。
その全身に〈天雷の塔〉のような青白い文様が浮かび、仄かな雷光が体を包み込んでいた。

「ちっ。〈天雷の塔〉の防御機能か?」

驚く俺をよそに、アレクサンダーの驚きは小さい様子だった。

「ちょいとやっかいだな。フェル……、いっちょでかいのかましたれ」

「うん。……〈火の中神〉の加護よ……大気の精と結合し、燃焼せよ……〈火精衝突マーズアタック〉!」

フェルノのかつての得意技より遥かに大きな火炎弾が、フェルノの上空に出現し、竜舎に急降下し激突した。
狙いこそ大雑把だが、威力はこれまでに見てきた魔法の中で最強だった。

「雷電! 紫電!」

「主殿! 大丈夫だ……。すまぬ。竜舎を守ろうと待機していたのが裏目に出た」

「そんなことより……あっ、紫――」

――電、と言葉を続けるより、勇者の動きは速かった。

まだ、俺は勇者を正直舐めていたのだろう。

紫電の首が叩き切られ、鮮血が舞う瞬間になって、やっと自らの過ちに気づいた。

「よたよたと歩きやがって舐めてんのか? ザコ竜どもが……」

「よくも我が友をぉ!」

低空飛行に移り、勇者の顔めがけてブレスを放とうとした雷電。

「ダっ、ダメだ! 雷電!」

俺の目から見ても、素早いと断言できる動きで消えた勇者は、急降下した雷電の首も叩き落した。

大地に一瞬早く激突した雷電の頭部は、地面にめり込んでいた。

折り重なるように崩れ落ちる竜の子供たちの亡骸。

(マ……マズイ……)

シノビノサト村には掟がある。
外敵に見舞われた際、村の総出でことに当たるというものだ。

農作業をしていた男や料理をしていた女たちまで、こちらにすっ飛んできて勇者に立ち向かった。

「鍬……包丁……舐めやがって」

勇者の剣は、伝説の英雄の剣。
見たところ勇者の技量は、シノビノサト村の村人と比べても遜色ない領域に立っていた。
となれば武器の性能差は絶対だ。

包丁の刃――シノビノサト村の最高の鍛冶師が鍛えた刃をあっさりと真っ二つにし、女の顔を横に叩き切る。
男も女も切り刻まれていく。

「……あっ……あぁ……っ」

呆然とする俺の前に、ジッチャンがゆったりとしたいつもの足取りで現れた。

「そこまでにしてもらおうか。勇者殿」

「……テメェがこの舐めくさった村の村長か?」

「そのようなものと思って頂こう」

「で、どうする? 俺様と戦うのか? 異世界の勇者6人をぶち殺し、力を高めた俺様とな……」

「国王陛下はどうなされた? 陛下とは話し合いをつけていたはずだ。前王妃と第一王女暗殺の件で」

「…………」

アレクサンダーの動きが初めて止まった。

「どういう意味だ? ジジイ」

「そのままの意味だ。その依頼を受けたのはワシらシノビノサト村だからな」

「ふぅん。なるほどねぇ……」

アレクサンダーはふらふらとジッチャンのそばに近づくと、無造作にその胸に刃を突き立てた。

「それ意味ねぇから」

口から血を吐くジッチャン。
老いた老人の顔を横に向けて、自分の顔にかからないようにしながらアレクサンダーは続ける。

「俺、王様だから」

ジッチャンが崩れ落ちた。

「燃えろ」

アレクサンダーがそうつぶやくと、剣の先にフェルノに匹敵する炎が宿った。

ジッチャンの全身が炎に包まれる。

「……やはり時代は変わったか」

炎に巻かれたジッチャンの、それが最期の言葉だった。

炎越しに俺に向けた目が雄弁に語っていた。

俺が次のこの村の長だ、と。

「……んじゃ、俺に恐怖を味わわせてくれた〈天雷〉もどきになったガキ魔王と、薄汚い盗賊を殺させてもらうぜ」

「〈壱の秘剣・雷切〉!」

雷を帯びた俺の高速の手刀が、勇者の首をはねようとした――。が、勇者の炎を纏った剣に弾かれた。

「無駄だ……テメェはおそらく〈上位職〉なんだろう。……きっとそれより下の職であった俺様のことを内心じゃ小馬鹿にしてたんだろうなぁ……」

バチバチ、と弾ける大気。
その雷撃の直撃を受けて、フェルノがのけ反った。

「ギャッ! ……い、痛っ……な、なんなの? コイツもアタシたちみたいに〈五魂の儀式台〉を使ったっていうの?」

「さぁて、どうかな? 薄汚い盗賊――いいや、お前が仮に盗賊の上位職であっても関係ねぇ。勇者の方が強いんだ。この俺様が最強なんだぁよぉおお!」

「フウマスキル」

オゥバァの言葉。
ジッチャンの指導。
シノビがもし上位職どまりなら。
フウマこそが最上位職に違いない。

そしてジッチャンから習ったフウマのスキルはただ一つ。

「〈風魔手裏剣〉」

風でできた4つの刃が高速で回転し、勇者を襲う。

「ははっ! こんなザコい技が切り札かよ! 切り札ってのはよぉ――こういうのをいうんだぜ」

勇者が大上段に構え、一瞬で剣を振り下ろした。大地に激突した剣の切っ先からマグマのようなものが噴き出し、俺に飛んできた。

俺は〈影走り〉で回避した。

「はははははっ!」

〈風魔手裏剣〉を剣で受け止めていた勇者は狂ったような笑みを浮かべたまま。

「余裕ぅ! 余裕だぜ余裕」

ガガガガガガガッ、と。
途切れない音がさらに続く。

「ははははは……お、おい……?」

ガガガガガガガ、とさらにさらに続く。

「なっ……なんで止まらねぇんだよコレ」

むしろ勢いを増すかのような手裏剣の刃が、勇者が構えた剣を押し、勇者の喉元に刃が近づいていく。このままいけば、勇者は自分の刃で自分の首を切ることになりかねない。

「ふぇ――フェルぅぅぅ! どうにかしろ! どうにかっ!」

「えっ? う、うん」

フェルノが器用に〈風魔手裏剣〉目掛けて火弾を飛ばしまくるが、無駄なことだ。
職業の上下による絶対性が存在するなら、上位職止まりの勇者に最上位職のフウマのスキルが破られるはずがない。

「ハッハァッ……おいおい……まさかこの俺様が……勇者様が……こんな間抜けな死に方……するわけがないんだ……な、ないんだ」

勇者は目尻に入る汗に顔を歪ませ、笑みを消した顔を真っ青に染め上げていた。

「イ、イヤだぁー!」

小便をまき散らし、脱糞し、腰をつきそうになるへっぴり腰をどうにか木にあずけることで中腰で立つその姿には、もうどこにも勇者らしいカッコ良さはなかった。

ついでに〈風魔手裏剣〉をもう1つ作る。こっちは小さい。フェルノに飛ばす。

「う、嘘! ア、アタシ女の子だよ? 女の子なんだよっ?」

魔法を連射し、それでも止められないと知ると炎をまとった杖を構えてガードするフェルノ。

何を今更のことを、と思いつつも「アタシ女の子!」を連発するフェルノの様子を眺める。
ジッチャンの死か、竜たちの死か、そのどれが影響を与えたのか俺の心にも、ジッチャンのような冷徹さが少しだけ備わってきていた。

かつての仲間たちが半泣きになってスキルに耐えているのに、心が揺れ動くことはない。

どうやら尋常ではないほど強靭な力を持つに至ったらしい2人は、〈風魔手裏剣〉にもしばらく耐えられそうだったので放置しておいた。

もう1つやることがあるのだから。
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