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第Ⅲ章 王国の争い

ドワーフは酒を飲み、リノは核を飲む

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「おう。そっちを持ってくれ……そっとだ……そっとだぞ……」
「大丈夫だって」

村に越してきたドワーフ四兄弟の1人、次男のロントにボケの前振りのように何度も注意された俺は苦笑を浮かべる。

以前、竜舎造りのための木材を運ぶ際、俺がいきなり持ち上げたため、身長が低く力も弱いドワーフが木材を持ったままひっくり返りそうになったことがあるのだ。

幸い木材の端を俺がしっかり持っていたので、ドワーフが木材の下敷きになるようなことはなかった。長い木材でも端っこを握るだけで俺なら運ぶことが可能だ。

「なぁ。なんで1人で運ばせてくれないんだ?」

「少しは恩返しさせてくれ」

そう言われてもなぁ……、というのが俺の本心だった。

正直、家屋の作り方などは知らないので、そっちの方は助かっている。
だが四兄弟一の力自慢だという次男でも俺と比べると力が弱すぎた。
正直木材を運ぶなら1人の方が楽だ。

「こういうのはのぉ、皆で協力し合うのが大事なんじゃよ」

「そういうもんかな……?」

俺の倍くらい生きているだろうドワーフの言葉に一応従う。年長者の言うことにはある程度従え、というのがアイリーンの教えだったのだ。
別に年長者でもないアイリーンの言葉に従う理由はないのだが。

「おう。こっちじゃこっち」

別のドワーフが組み立て途中の竜舎の横で手を振っている。

「ふぅ……くたびれたわい。今すぐ1杯やりたいな」

「ご苦労さん、2人とも。……おう、こっちが片付いたらおごってやるとも」

俺が何も話さなくても、ドワーフたちは兄弟だからか種族的な特性なのか、陽気に会話を弾ませている。
俺には兄弟もいないし、同姓の幼馴染みもいないのでいまいちつかめない距離感だった。

「まだ木材いるかな?」

「いや。あとは細かいのだけじゃから、もう手伝ってもらうことはなさそうだ」

「……1番手伝ったのが、竜舎第1号の破壊になるなんてなぁ……」

手持ち無沙汰になった俺は、昨日のことを思い出していた。

「主殿。……その、大変申し訳ないのですが、……竜舎を牛舎から離して頂けませんか? 確かに牛舎のような家が欲しいとは申しましたが、何も隣に建てられることはありますまい」

「…………臭いです」

雷電が長々と、紫電が端的に、それぞれ問題点を指摘した。

一生懸命家造りに挑戦していた俺は気づかなかったが、言われてみると確かに臭い。

そして〈手刀〉で大きな竜舎を処分したのだ。
移設しようという案もあったのだが、一度組み上げた家を綺麗にばらすのは時間がかかるということで却下された。冬の薪として再利用する予定だ。

「完成じゃー!」
「完成したどー!」

その日の夕方、迷い込んできたキメラの討伐を終えて戻って来ると、なんと竜舎が完成していた。

「おぉ……!」

ただ丸太などの木材を組み上げただけの家だったが、なんとも感慨深い。不思議な気分だ。
村にはこれより立派な家はいくつもある。それでもなぜか不思議な興奮のようなものを感じた。

「ヘンな気分だな……」

かすかに笑みを浮かべながら竜舎を見上げる。

「ヘンではないぞ」

ドワーフのリーダー格であるトントが、いつの間にかそばに来て話しかけてきた。

「それが達成感っちゅうもんじゃ。……皆で1つのことを成し遂げた時に得られる興奮じゃな」

「へぇー……」

アイリーンはこの世のすべてを知ってるんじゃないかと思うくらい様々なことに詳しかった。

だがアイリーンからもジッチャンからも、誰からも教わったことのないものを教わったのだと感じた。

「……たいていのことは1人でできて、1人でも生きていけるのだとしても、……こうして協力し合うってのも悪くないもんじゃろ?」

「そう……だね」

俺は頷く。

「俺は今まで、協力し合うのは弱いからだって思ってた。もしくは、力を合わせることで効率を良くするためとかさ」

「確かに効率化は協力する理由の主たる目的じゃが、……それがすべてではない。……例え効率が落ちようとも、そこから学ぶべきものがあるんじゃよ」

俺は竜舎の木目に手を這わせる。

「……おお! 主殿! ありがとうございます」

「…………臭く……ない……です」

歩いて近づいてきた雷電と紫電の喜びの声に、俺は大きく頷く。
喜びが胸に満ちる。

ドワーフ任せにしていたり、俺が1人で先に木材を必要量だけ運んでおいたりしていたら、このような達成感を味わうことはできなかっただろう。

その晩、祝いの酒宴が開かれた。
一応名目は、竜たちの住み処の完成の祝いだ。
ただ実質はドワーフたちの歓迎会も兼ねていた。

「さぁ! 飲め飲め!」

「フウマ様、どうぞ一献」

左隣のドワーフが入れ代わり立ち代わり酒を注いでくる。
右隣の元奴隷のエルフや魔族の女たちが酒をお酌してくる。

「ちょっ――ちょっと……」

断るのが苦手な俺は、とりあえず一旦飲み干してから断りの言葉を入れようとするのだが、飲み干すたびに、左を向けば右から、右を向けば左から注がれるという状況だった。

ドワーフかエルフかどっちかから先に止めようと考えたのが間違いだったのだろう。正面を向いて「もう酌をするな!」と一喝できればどれほど楽だろう。

(そういえば俺の曽祖父に当たる人も優柔不断なところがあった、って聞いたな……)

仕方なしに飲んでいると、さすがの俺も酔いが回ったらしく、立ち上がると少しふらついた。

「ちょっと小用に行ってくる」

「お手伝いはいりますか?」などと流し目を股間に送って来るエルフの美女に「いらん」と言って、足早に立ち去る。

トイレを済ませた後、懐に入れてあった〈天雷の塔〉のパーツがごつごつと当たるのがいやに気になった。

火照った腹の辺りをまさぐり、巾着に入れてある親指の先ほどの大きさの珠を取り出す。

「神代マジックアイテムの核、か――」

〈天雷の塔〉の青白い文様の壁を壊し、青い血管のように走る文様の内側を覗いた時の記憶が蘇った。

「気持ち悪いもんだったな……」

竜を生贄にするという性質ゆえなのか、神代マジックアイテムというものがそういう物なのか、まるで生き物のように塔の内部が脈打っていたのだ。

「……あの清廉とした印象の宗教都市ロウのシンボル――その内側があんな赤黒くて薄汚いものだったなんてな……」

嫌悪感からか酔いからか、珍しく手が滑り、手の中にあった小さな珠が滑り落ちた。

「……おっと」

コツン、と。
転がった白い珠が誰かの小さなつま先に当たる。

「……ん? ……リノか……宴会は楽しくなかったか?」

「たのし……い」

リノが珠を拾いながら返事をした。

「そっか」

頭を撫でようとした瞬間、リノが親指と人差し指でつまむように持っていた珠が上方に跳ねた。指がつるりとした珠に滑ったのかもしれない。

何か返事をしようとしていたらしく、口を開けていたリノの赤い口内に吸い込まれるように珠が消えた。ごくん、とリノが飲み込むのがわかった。

「あ…………」

俺はしばらく呆然とした。

「――だっ、大丈夫かっ!?」

「だいじょ、ぶ」

「そ、そうか……?」

念のためあの神代マジックアイテムの核が悪いものでないかどうか、簡単な鑑定のできるアイリーンに見てもらっていた。その結果、毒物でもないし、呪われている物でもないらしいという結果が出ていた。

それでも、ただの宝石のようなものであったとしても、飲み込むというのはマズイのではないだろうか。

酔っ払い達は、誰も彼も話を真剣に取り合ってくれなかった。

「ニホーシュ」という透明な酒は、俺の曽祖父が苦心の末に作り出した酒で、村のみんなはもちろん、ドワーフや元奴隷たちにも大受けだったのだ。
リノに珠を吐き出させようと右往左往している間に夜は更けていった。
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