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第Ⅱ章 赤魔道士組合の悪夢

第3の神代マジックアイテム

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「気に入らねぇな……」

勝手に〈五魂の儀式台〉に触れた結果、5人もの赤魔道士が犠牲になったとされる事件の後、さすがにフェルノの父は当事者2人に証言を求めた。

その際、勇者アレクサンダーは事件の弁明をするどころか、逆にフェルノの父に「〈五魂の儀式台〉とはどういうものなんだ」と詰め寄ったのだ。「俺たちは被害者なんだから事情を聞く権利がある」と。

その際、フェルノの父は「勇者殿は魂の位階を1つ上ったのだ」と語った。

「『通常の人間を超えた神々の領域に至った』ねぇ……、なんか嘘くせぇな」

「ねぇねぇ、何がそんなに気に入らないのよ!」

フェルノの自室のベッドの上で、天井を睨みながら「気に入らねぇ」「気に入らねぇ」と連発されているので、フェルノはてっきりさっきの行為が下手すぎて気に入らないと言われているのかと内心ショックを受けていた。

だが時折ぼそりと漏れてくる独り言を聞いていると、どうもそうではないらしいと気づいた。

どうやらフェルノの父との会話で気に入らない部分があったらしい。

「……でもさー、パパの言うことも間違ってないでしょ? アレクってば、すっごい体力がついて……」

すらりとした長い足をアレクサンダーの足に絡めながら、そのぶ厚い胸板を撫でる。

「さっきだって、びっくりするくらい精力的だったし……」

「フン……」

アレクサンダーは何も答えず、1つ鼻を鳴らしただけ。

「もうっ」

フェルノも怒ったように天井を見上げた。

「おい。フェル」

「な、なによ」

また厄介事に巻き込まれそうな気配に、フェルノは上半身を起こし勇者から距離を取った。

「王城に行くぞ」

「な……なにしに?」

恐る恐る尋ねる。

「約束だろ? 王家の秘密を教えてやるって」



フェルノが己の愚かさを呪うのは、そう遠い未来のことではなかった。

(あーー……さんざんエリーゼに「考えなしだと大変な目に遭うことになる」って言われてたけど、まさかホントにそうなるなんて……)

王城の螺旋階段。地下へと続くその暗い道は、赤魔道士組合支部にかなり似ていた。

どこでも秘密の物を隠すのは地下と決まっているらしい。
地上の施設でないゆえに、窓などからの侵入はできない。その上、外から見ただけでは建物の構造と違って把握できない。

階段を下りているのは、勇者アレクサンダーとフェルノ、そして第二王女だ。

ランタンを掲げた第二王女が先頭を歩いている。

ちなみに階段の途中で、この地下室への鍵を盗んできた第二王女付きの悪い侍女は首の骨を折って死んでいた。運悪く階段で足を滑らせたことになっているが、実際は勇者アレクサンダーが首を折ったのだ。

(……ううぅ……)

勇者が首を折った侍女の姿を思い浮かべて、フェルノは少し震えた。

(……あの女の顔……焼け爛れてたよねぇ……)

勇者アレクサンダーは赤魔道士5人を生贄にしたことで、新たな力に目覚めたらしく、炎を操ることができるようになったらしい。

もっとも制御が上手くいかない時もあるらしくて、先程は必要もないのに侍女の顔面をこんがり焼いてしまったのだ。

(そもそも穴だらけの計画だし、もういいよね。べつに侍女の顔が焼けてても。……うん! 知らない! 知らない! もぉー知ぃーらないっ!)

心の中でそう繰り返すと、フェルノは心が晴れ晴れとした。もうさっきまで何を悩んでいたのかほとんど覚えていない。

重かった足取りは軽くなり、第二王女に問いかけた。

第二王女の足取りは少々重い。単純に冒険者なら必須技能である暗視ができないから、というだけでなく、股に火傷を負っているためだ。

軽い火傷とはいえデリケートな部分なので相当痛いのだろう。
癒し手は王城にもいるが、場所が場所だけに重傷でもない以上頼みづらい。

ちなみにフェルノは炎に対する耐性が高いので、アレクサンダーとしてもそういうことになることはない。

「ねぇっねっ――この先にある神代マジックアイテムってどんなのなの?」

フェルノは弾むような口調で第二王女に話しかける。

こちらを振り向いた第二王女の目は、ひりひりする股間のまま歩いているせいか、ちょっぴり涙目になっていた。

フェルノの笑みが深まる。

(あー。最近、なんかアタシらしくもなく不幸なことが多かったもんねぇー……。こうして自分より不幸そうな人間を見ると心が洗われるわぁ……)

「フェルノ様、これから見に行くのは、〈勇者召喚の間〉と呼ばれる部屋型神代マジックアイテムです」

「勇者……召喚の間?」

(ちょっと不穏な単語だな……)

恐る恐るフェルノは勇者の顔を仰ぎ見る。幸い隣を歩く勇者の表情は変わらない。

「勇者は己ただ1人」を自認する勇者アレクサンダーがてっきり怒り出すかと思ったが……。

(あぁ……そっか、〈勇者召喚の間〉ってアレクサンダーも知ってたんだもんね)

その秘密を教えてくれるというのが約束だったのだ。

そして階下に着いた。

そこは、神殿だった。

太い何本もの柱が高い天井を支えている。すべて石造りで、古びた灰色をしていた。

神殿という言葉から連想する信者の集う神聖な場所というイメージからは遠く、どちらかといえば、神に生贄を捧げるための神殿のイメージだ。

フェルノはその自分の直感が、ある意味とても正しかったことを知った。

「騎士団長……よくぞ持ってきてくれましたね」

「げぇっ……」

フェルノは、らしくもない呻き声を漏らした。一生の内で初めてかもしれない。

(……嘘……嘘嘘嘘……嘘でしょ?)

第二王女付きの護衛であり、情夫でもある騎士団長が運んできたらしい物体は――

「〈五魂の儀式台〉……」

フェルノの口から、絞り出すように言葉が漏れた。目の前にある名称をつぶやいたフェルノに、第二王女はニンマリと笑った。

「フェルノ様……あなた様の協力で、素晴らしいマジックアイテムが手に入りました。神代マジックアイテムという素晴らしい代物が……」

嗤う第二王女の顔に、フェルノはついさっき自分が浮かべた笑みを連想した。

両者はある意味似た者同士だったのだ。

互いに自分よりマヌケな存在を笑っていた。

ただ、もうこうなってはどっちがマヌケかなど関係ない。

(……アタシ……ヤバイ……)

冷汗がぶわっと全身から噴き出る。

これは完全に――赤魔道士組合に対する裏切り行為だ。

うっかり偶発的に発動した程度なら、支部長である父がなんとかしてくれる。

だが預けられていた神代マジックアイテムを王城にまで運び込む手引きをしたなどの嫌疑がかかれば、もう街にはいられない。

赤魔道士組合は、すべての都市に支部を構えている。
また、冒険者組合などとも深い付き合いがある。
そして赤魔道士の数は、魔道士の中で最も多い。過半数を占めるとまでいわれるほどに。

要するに、フェルノはこの時点で詰んだ、といっても過言ではない。
もう彼女が逃れる先は2択だ。

(徹底して赤魔道士組合と対立し続ける道か……いっそ身分を隠して大都市の貧民窟にでも逃げ込むか……)

大都市の貧民窟は、広い上にさまざまな人種が密集している。あそこから人1人探すのは、森の中で探すより困難だといわれるほどだ。

「……ア、アハハハ……なんか〈五魂の儀式台〉によく似た神代マジックアイテムがあるね。……ねぇ、アレク、嘘だよね? 嘘だって言ってよ」

「あぁ、フェル。嘘だとも」

フェルノが見上げたアレクサンダーの顔には笑みがあった。
獰猛な笑みが。

男らしさの発露と思えた笑みが、今は悪魔の笑みに見えた。

「だが嘘だと言った言葉も嘘だがな。ククク……嘘かどうかなぞ関係ないだろ? 真実というのは作っていくものなのだからな」

勇者アレクサンダーが第二王女に〈勇者召喚の間〉を使用するように指示を出す声が地下に響いた。
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