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第Ⅱ章 赤魔道士組合の悪夢

雷電と紫電

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シノビノサト村と俺の曽祖父が名づけた隠れ里は、魔の山の中腹にある。
周囲は沈黙の大地と呼ばれる不毛の大地に囲まれ、キメラの生息する混沌の樹海の中にあるため「魔境」などと揶揄されることもある。

そんな魔境に、1匹の威勢のいい鳴き声が響いた。

「にゃー!」

闇夜に紛れるような漆黒の毛皮をした――ただの黒猫だ。

「うりうりっ」

沈黙しがちな魔族の幼い少女にしては珍しく、擬音つきで両手で黒猫のお腹を撫でまわしている。

どうやら〈影走り〉で出現した俺に気づいていないようなので、しばらく眺める。というか宗教都市ロウで情報収集をしていた時に使用した〈潜伏〉をずっと使いっぱなしにしている。気づかれないはずだ。

「にゃーにゃー」

「か、かわいぃ」

リノの独り言を聞いたのも初めてだ。

猫がよほど珍しいのか、猫好きなのか。

人間勢力に対して劣勢な魔族は、家畜以外の動物を飼う余力はないらしい。
リノたちを連れ帰った際、アイリーンにそう教えられた。
ついでにいえば、魔族は人間勢力から逃れるため、過酷な土地に住むことを余儀なくされている。結果、ただの猫のような弱い動物は、近所をうろついていることはまずないという。

俺はリノに「暗いからもうそろそろ家の中に入れ」と言おうかと思ったが、もうしばらく遊ばせてやろうと思い直した。

村の外れには、大木を墓標とした、とんでもなく大きく盛り上がった墓が5つある。
その巨大な墓の両脇に、2匹の竜がいた。

どちらも胴の部分と翼に、稲妻のような傷跡が残っている。痛々しい跡だ。セーレアの回復魔法によって死ぬことはなかったが、〈天雷の塔〉の生贄として刻まれた傷が完全に消えることはなかった。

だが見ようによってはカッコいいし、本人たちは〈天雷の塔〉の苦境を生き抜いた証だと誇らしげだったので、それにちなんで名前をつけてあげた。

竜族は個体数が少なく、また群れで行動しないため、名前を持たないものも多い。必要となれば名づけたり名乗ったりするが、この2体はこれまで必要がなかったらしい。

胸の傷跡がひときわ大きい方を雷電。
翼の傷跡が紫がかって見える方を紫電。
そう俺は名づけ、2匹の竜に受け入れられた。

「雷電、紫電……ただいま」

「おう。主殿、お疲れ様」

墓の右に立っていた雷電が返事をしてくれる。

「…………お疲れ様です」

紫電はふてくされたようにそう答えた。

「なんだ、紫電? ……今日も失敗したのか?」

後半は小声で雷電の方に近づいてから話しかけた。

紫電は雷電に比べて翼の損傷が酷かったらしく、空を上手く飛べないのだ。
ほんのしばらく飛ぶと、胴体着陸をすることになる。

「うむ。主殿も、少し労ってやってくれ」

俺は、紫の傷跡を翼に持つ紫電に近づき、その翼を撫でる。

「紫電や雷電……そして、ここに眠る5体の竜たちのおかげだ。……そのおかげで、俺は奴隷たち全員を助けることができた」

あの日――〈天雷〉が宗教都市ロウに降り注いだ日、俺は〈天雷の塔〉からまだ息のあった竜たちを解放し、使用不可能になるまで塔を破壊することくらいしかできなかった。

まだ息のあった竜たち7体を治癒したのはセーレアであり、奴隷たちを村まで逃がしたのは竜たちだ。

病み上がりで、奴隷たちを4、5人ずつ乗せて飛び立った竜たち。
さいわいシノビノサト村までは辿り着けたものの、5体の竜は亡くなってしまった。紫電の傷が悪化した理由でもある。

亡くなった竜に関しては、セーレアが言うには、どのみち長くはなかったそうだ。竜たちも、最後に自分たちを助けてくれた人の役に立てて嬉しかった、と言って亡くなった。

そしてここに大きな墓を俺やリノ、セーレアたちで作った。穴は俺1人の方が早く掘れただろうが、奴隷たちも必死になって手伝ってくれた。

墓標代わりの大木は、近くから引っこ抜き、5体の竜の死骸のすぐそばに綺麗に並ばせて植えた。

「……そろそろ、いいだろ」

あの日からずっとここにいる2体の竜に、俺は問いかけた。今度は2体とも沈黙した。

「…………」
「…………」

「ここでずっと墓の番をする必要はないと思う。この村の中にキメラなんかが入り込んで、竜の墓を荒らしたりすることはまずないしさ」

「…………」
「…………」

「何か、俺にできることはあるか?」

また長い沈黙があった。だが、今度の沈黙は、雷電と紫電が顔を合わせて何やら考え込んでいる様子だった。

俺がいない間に、今後のことでも相談していたのだろうか?

「……なら、家が欲しい」

「家?」

「あちらに牛たちの住む家があるように、我らにもこの村に住むための家を作っていただきたい」

竜が家とは意外な感じだった。

「つまり牛舎みたいに、『竜舎』を造れってことか? ……かなり大規模な建築作業になるが、村の土地は余ってるし、できないことはないけど……」

「リノ殿が話していた。帰る家があるのはとても良いことだと」

リノとこの竜たちが話しているというのも意外だった。

(いや……意外でもない、か……?)

リノがあまり人間相手にしゃべらないのは、人間に対する恐れからだろう。迫害を受けた経験のせいに違いない。

対して竜たちは同じ境遇の仲間ともいえるのだ。

そんなことを考えていると、樹海から何かが近づいてくるのを感じた。

「主殿」
「……何か来ます」

「ああ」

竜と俺は同時に、村と混沌の樹海の境目辺りを見た。

村の中は、せいぜい雑草が生えるくらいで、土がむき出しになっている。一目見て、長い草に覆われた樹海との違いがわかる。

樹海で、ちろりちろり、と揺れる赤い灯のようなものが見えた。

無論、こんな樹海に人間が明かりをつけて移動していることはない。キメラのモンスターだろう。

「ヒィ!?」「逃げ……っ」「こっち……!」

男の声が複数。木々が邪魔でよく見えないが、かなり身長が低い。子供かと思ったが、声はおっさんそのものだ。

「助けに行ってくる」

「我らの助力は?」

「お前たちが一緒に来ると、向こうが逃げ出しそうだ」

俺は苦笑してから、一気に走り出した。
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