メイド、冒険者になる。

エムポチ

文字の大きさ
上 下
1 / 11

没落しました。

しおりを挟む
 王国歴516年
 千年以上前に勇者によって滅せられたとされる魔王が復活した。
 王国中で魔族が暴れ出し、街も村も破壊され、騎士団は倒された。
 僅か半年で王国は滅亡した。
 王国の北にあるシュナイダー公爵領。
 主であるシュナイダー公爵は息子達と共に兵を連れて、魔族討伐に出たが、戻って来る事は無かった。
 領土内も魔族に荒らされ、王国の滅亡と共に職位も失った。
 民と領地を失った公爵家の屋敷は荒れ果てていた。
 そこに残されたのはたった一人の幼き少年。
 すでに仕える王国を失い、爵位を失った元貴族の最後の1人。
 マリク=シュナイダー。
 兄達と違い、病弱だった為に彼は家に残されたのだった。
 そして、家族を全て、失い、王国を失い、従者は去り、荒れ果てた屋敷だけが残った。
 「はぁ・・・畑を耕す事も僕には出来ないのか・・・」
 屋敷の美しかった庭園を潰し、畑として耕す金髪碧眼の少年がマリク。
 だが、病弱で貧弱な彼の細腕では手にした鍬を振っても耕せるのは僅かだった。
 このまま、畑も耕せねば、彼の手元に残された資産では高騰する食料を手に入れる事が出来るのもあと僅か。
 今更、屋敷が売れるわけも無く、だからと言って、病弱な彼がまともに働けるアテも無かった。
 疲れ切った身体を畑に投げ出す。春先の太陽が暖かく、彼の身体を温める。
 彼はそのまま、眠ってしまいそうだった。
 微睡む中で閉じ掛けていた眼に影が掛かる。
 慌てて目を開くと、そこには彼を覗き込む黒髪の少女が居た。
 「あぁ、エリスか・・・びっくりしたよ」
 エリスと呼ばれたポニーテールの少女は黒を基調としたメイド服姿だった。
 大きなリュックサックを背負い、腰には背丈の低い彼女と同じぐらいの長さがある大剣を提げていた。
 「主様はこんな場所で何故、お昼寝をされているのですか?」
 線のように細い目でエリスは呆れた感じにマリクに尋ねる。
 「い、いや・・・畑仕事をしようと思って」
 「畑仕事ですか・・・主様は病弱なので、勝手に力仕事をしないでいただけますか。知らぬ所で倒れられると困りますから」
 「あ・・・いや・・・エリスに任せっ放しだと・・・悪くて」
 「私はメイドです。気を遣わないでください」
 「いや・・・メイドと言っても、給金も支払えない有様なのに・・・」
 「問題ありません。どうせ、私は孤児で帰る家もありませんし、少なくとも、ここには田畑に出来る土地もありますし、雨風を防ぐには立派な屋敷もあります」
 没落した時に屋敷にある売れそうな物は解雇した従者達に給金代わりに渡した。残っているのは売れそうにない武具と家具や調理器具ばかりだった。
 「だけど・・・田畑と言っても、収穫までは時間が掛かる。貯蓄してある分だけだと・・・心許ない」
 マリクの言う事はもっともだった。貯蔵庫と言っても、単に暗所になっているだけの場所であり、冷蔵庫などあるはずも無いので、長期間の保存は難しいのである。魔族によって、世界は危険な場所だらけになり、人の行き来も難しく、物資は不足していた。どこも食料は足りてないのである。
 「解っております。だから、こうして、私が街まで行って、買い出しをしているのですが・・・」
 今回の買い出しで金の殆どを使い果たした。買って来た食料も合わせても一カ月ぐらいしか生活は出来ない。それ以上は田畑に何か出来ない限り、終わりだった。
 「エリス・・・もし、屋敷に何も無くなったら、僕の事は捨てて、何処かに行くとイイよ。僕は足手まといにしかならないから」
 マリクがそう告げるとエリスはとっとと、それを無視して屋敷に入って行った。
 
 夕飯はスープだけ。それも肉は入っていない。近くの山で採れる山菜とキノコだけだった。
 調味料もケチっているのでスープの味は薄い。
 決して不味いわけでは無いが、食べた感は薄い。
 それでもマリクは笑顔で食べる。それは作ってくれたエリスに感謝をしているからだ。
 エリスはマリクとほぼ同い年だ。公爵家に所縁のある孤児院から雇われたのが5年前。まだ、彼女も幼く、オドオドしたか弱い少女だった。だが、メイドと言う仕事はそんな甘いものでは無く、半年も経たずに彼女は立派なメイドになっていた。
 年齢も近い上に病弱なマリクには、唯一、話が合うのは彼女ぐらいであり、何かあれば、彼女に頼っていた。
 マリクにとっては最も頼れるメイドであった。
 「主様は畑仕事などせずに、勉学に励んでください。こんな時代でも知恵を持つ者は重用されます。元々、主様は御兄弟の中でも最も優れた頭の持ち主であり、御父上様も将来はこの領地の財政を任せると言っておられたのですから」
 エリスに言われて、マリクは溜息をつく。
 確かに魔法、科学、算術など、病弱で身体が動かせない代わりに多くの事を書物から学んだ。その才を見た父上は家庭教師まで付けて、勉学に励ませたのだ。だが、こんな状況になると、それで飯が食える事は無い事も解る。
 確かに田畑において、どの季節に何を植えるべきか。どう、田畑を耕すかは誰よりも知っている。それを実践する事を自分で出来ないと昼間の野良作業で思い知ったわけだ。
 エリスは幼い頃から肉体労働と剣の鍛錬をしているから、見た目よりも遥かにしっかりとした体力がある。因みにメイドなのに剣の鍛錬をしているのは公爵家において、屋敷を守るのもメイドの仕事だとして、賊などを撃退する為に剣の鍛錬もさせているのだ。
 エリスは兄上などから剣を教わっていたが、筋が良いのか、剣だけじゃなく、槍、弓、銃など戦いの全てを教わっていた。兄弟の中で最も強かった長兄曰く、彼女の戦闘力は並の騎士以上だとか。
 
 夕飯も終わり、マリクは自室に戻り、眠りに就く。昔なら、ランプの灯りで勉学に励んだものだが、今はランプに用いる油ですら、貴重なのだ。夜になれば、寝る。それだけだった。
 どれだけ眠っただろうか。唐突に扉が叩く音が聞こえる。
 「主様、主様!起きてください。夜襲です」
 エリスの叫び声に飛び起きるマリク。そこには大剣を持ったエリスの姿があった。
 「主様、魔族の襲撃です。すでに屋敷の扉を突破されました」
 エリスの大剣には血がベットリと付いている。何体かの魔族か魔獣を斬ったのだろう。
 「に、逃げないと」
 マリクがベッドから立ち上がった時、部屋の入口に剣を手にした黒い騎士が立った。
 「主様、魔族です」
 真っ黒な鎧を身に纏った兵は片手剣を構えながらゆっくりと中に入って来る。それを迎えるように剣を構えるエリス。
 「小娘か・・・命を惜しかったら、剣を捨てろ。我々が用があるのはそちらの少年の方だ」
 「えっ?僕?」
 マリクは魔族の騎士の言葉に驚く。
 「そうだ。マリク=シュナイダー。大人しく、我々と一緒に来い」
 「主様に何の用だ?」
 エリスは騎士を睨み付ける。
 「命が惜しく無いのか?そいつを渡せば、命を助けてやると言っているのだぞ?」
 騎士はジリジリとエリスに近付く。だが、エリスはまったく動かない。
 「命?主様を見捨てるなど、選択にあるはずもないっ!」
 言い終えると同時にエリスが騎士に飛び掛った。両手で握った大剣を振り下ろされる。騎士は左腕に装着した小盾でそれを防ぐ。しかし、思いっ切り、振り下ろされた剣の衝撃は彼の想像を超えた。彼は二歩、三歩と後退して、転びそうになる。エリスはそれを見逃さず、振り下ろした剣を騎士の首へと突き上げる。鎧と兜の隙間から刺し込まれた切っ先は彼の首を突き刺す。
 悲鳴も上げれずに騎士はそのまま、背中から倒れた。
 「エ、エリス?」
 「主様、逃げます。まだ、多くの魔族が居るはずですから」
 エリスに言われて、マリクは杖を手にした。二人は部屋から飛び出す。
 廊下には魔獣と呼ばれる獣達が居た。狼や熊に似た怪物だ。魔族は彼等を操り、人間を攻める。
 エリスの剣が振られ、狼の首が飛ぶ。だが、次々と襲い掛かって来る魔獣。例え、エリスの剣技が素晴らしくても圧倒的に不利だった。
 「噴き出せ火炎!」
 マリクは呪文を詠唱して、杖を振るった。すると虚空から突如、炎が噴き出し、それは廊下に集まる魔獣達に噴き付けられる。当然の炎に巻かれ、魔獣達は悲鳴を上げた。そして、怯えながら、逃げ出すのだった。
 「よ、よし・・・やったぞ。エリス」
 マリクは自慢気にエリスに言う。だが、エリスは相変わらず、細い目でマリクを見る。
 「主様・・・場所を考えて、魔法をお使いください」
 そう言われて、マリクは廊下を見た。そこは炎によって、火事になっていた。とても簡単に鎮火が出来る有様では無い。
 「主様、屋敷はもう無理です。逃げます。すぐに荷物を纏めてください」
 そう言われて、マリクは慌てて、大事な物を手に取った。そして、二人は燃え上がる屋敷から逃げ出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

私ではありませんから

三木谷夜宵
ファンタジー
とある王立学園の卒業パーティーで、カスティージョ公爵令嬢が第一王子から婚約破棄を言い渡される。理由は、王子が懇意にしている男爵令嬢への嫌がらせだった。カスティージョ公爵令嬢は冷静な態度で言った。「お話は判りました。婚約破棄の件、父と妹に報告させていただきます」「待て。父親は判るが、なぜ妹にも報告する必要があるのだ?」「だって、陛下の婚約者は私ではありませんから」 はじめて書いた婚約破棄もの。 カクヨムでも公開しています。

「専門職に劣るからいらない」とパーティから追放された万能勇者、教育係として新人と組んだらヤベェ奴らだった。俺を追放した連中は自滅してるもよう

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「近接は戦士に劣って、魔法は魔法使いに劣って、回復は回復術師に劣る勇者とか、居ても邪魔なだけだ」  パーティを組んでBランク冒険者になったアンリ。  彼は世界でも稀有なる才能である、全てのスキルを使う事が出来るユニークスキル「オールラウンダー」の持ち主である。  彼は「オールラウンダー」を持つ者だけがなれる、全てのスキルに適性を持つ「勇者」職についていた。  あらゆるスキルを使いこなしていた彼だが、専門職に劣っているという理由でパーティを追放されてしまう。  元パーティメンバーから装備を奪われ、「アイツはパーティの金を盗んだ」と悪評を流された事により、誰も彼を受け入れてくれなかった。  孤児であるアンリは帰る場所などなく、途方にくれているとギルド職員から新人の教官になる提案をされる。 「誰も組んでくれないなら、新人を育て上げてパーティを組んだ方が良いかもな」  アンリには夢があった。かつて災害で家族を失い、自らも死ぬ寸前の所を助けてくれた冒険者に礼を言うという夢。  しかし助けてくれた冒険者が居る場所は、Sランク冒険者しか踏み入ることが許されない危険な土地。夢を叶えるためにはSランクになる必要があった。  誰もパーティを組んでくれないのなら、多少遠回りになるが、育て上げた新人とパーティを組みSランクを目指そう。  そう思い提案を受け、新人とパーティを組み心機一転を図るアンリ。だが彼の元に来た新人は。  モンスターに追いかけ回されて泣き出すタンク。  拳に攻撃魔法を乗せて戦う殴りマジシャン。  ケガに対して、気合いで治せと無茶振りをする体育会系ヒーラー。  どいつもこいつも一癖も二癖もある問題児に頭を抱えるアンリだが、彼は持ち前の万能っぷりで次々と問題を解決し、仲間たちとSランクを目指してランクを上げていった。  彼が新人教育に頭を抱える一方で、彼を追放したパーティは段々とパーティ崩壊の道を辿ることになる。彼らは気付いていなかった、アンリが近接、遠距離、補助、“それ以外”の全てを1人でこなしてくれていた事に。 ※ 人間、エルフ、獣人等の複数ヒロインのハーレム物です。 ※ 小説家になろうさんでも投稿しております。面白いと感じたらそちらもブクマや評価をしていただけると励みになります。 ※ イラストはどろねみ先生に描いて頂きました。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...