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「ん~‥‥こうか?」

 ‥‥‥。

「おい。早くしてくれ」

 ‥‥‥。

「もう少し待てって‥‥よし!ついた!」

 ‥‥‥。

「はぁー、やっとか。すまなかったな稜驊君。ゆっくり温まって出てこいよ」
「何か分からない事があったら呼べよ?」

 ‥‥‥。
 二人が出て行ったあとも、固まってしまったままだった俺は、脱衣所が温まってきたと同時に動き出した。

「つ、疲れた」

 何故俺がこんなに疲れているかと言うと、しょうが「失礼するよ」と言ったあとに俺の腰に手を回し、俺を引き寄せたからだ。
 俺の身長は172だ。186の翔との身長差は14cm。
 抱き寄せられている間、翔の息が耳にかかって声を抑えるのに必死だった俺は、固まっているしかなかった。
 てか、翔はなんで抱き寄せた?
 ‥‥いや。理由はわかってる。脱衣所が狭いから、俺と自分を近づかせて少しでもスペースを作り、真山まやまが作業しやすいようにしていたのだろう。

「[ブル]‥‥兎に角シャワー浴びるか」

 俺は本格的に冷えた体を温めるために濡れた制服を脱ぎ洗濯機に入れ、シャワー室へと入った。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

「[ガラッ]あがりました」

 俺は十分に温まって白蓮びゃくれんから借りた体操服を着て、シャワー室から出た。
 真山は何やらメガネをつけて机に向かって書類に目を通しており、翔もソファに座ってコーヒーを飲みながらパソコンを扱っていた。
 見たところ二人とも集中している様子だったので、俺は洗濯機の設定を乾燥に変えてスイッチを入れ、翔が座っているソファの向かいのソファに座り、制服が乾くのを待つことにした。

「‥‥‥」

 しばらくの間、部屋にはキーボードを打つ音と紙をめくる音。それと洗濯機の音が鳴り響いた。
 暇な俺は、適当に部屋の中を見渡してみることにした。
 基本の色は白。
 出入口は二つあり、一つは運動場側。もう一つは俺が入ってきた廊下側だ。
 廊下側の扉の前には今俺と翔が座っているソファと机。その隣にカウンターがあり、その上には保健室に来室した生徒が記入する用紙とペンがある。そして、そのちょっと奥にただいま真山が仕事をしている机。それと薬品棚がある。
 これが廊下側の扉から見ての右側だ。
 左側は、カーテンで区切られているベットが4つ。その横に先程まで俺がいたシャワー室。その隣には『給湯室』と『仮眠室』と書かれたプレートがかけてある扉二つあったがあった。
 おいおい。学校に泊まり込む先生がいるのかよ。
 俺は内心そうツッコミを入れつつ、暇を潰す事がなくなってしまった事に落胆した。
 保健室には所々植物があり、俺はそれを眺めることにした。

「‥‥はぁー‥ん?なんだあがってたのか」

 そろそろ植物観察にも飽きてきた頃に、真山が目を抑えながら顔を上げた。

「あ、はい」
「声かければ良かったのによ~‥‥なにか飲むか?」

 そう言いながら、給湯室と書かれたプレートの扉の方へと移動する真山。
 俺は何となく真山の後ろに続き、給湯室の中へと入った。

「‥‥広」

 給湯室の中は思った以上に広く、だいたい家にあるキッチンが二つは余裕で入りそうな広さだった。

「ん?ああ。無駄に広いだろ?ここ。どうやらこの学校を建てる時に、設計とかミスっちまったらしくってな。この学校の所々にこういう無駄に広い場所があんだよ」

 真山はそう説明しながら、棚からコップを二つ出した。一つは青く狼の模様が入ったコップ。もう一つは黒猫の模様が入ったコップだ。
 というか、そんな設計ミスする建設会社に頼んで建てたこの学校って大丈夫なのかよ。

「おい。狐ノ山このやま。お前紅茶とコーヒーどっちがいい」
「‥‥‥紅茶でお願いします」

 真山に狐ノ山二号と呼ばれ、一瞬誰を呼んでるんだ?と思ったが、真山は俺より先に白蓮に会っている。だから俺は狐ノ山二号なのだとすぐに理解した。
 真山はコーヒーの豆や紅茶の葉などを色々棚から出して、台所にズラっと並べた。
 もしかして、本格的にいれるのか?

「言っておくが、俺入れるのが下手だ」

 こちらをチラッと見た後にそう言った真山は、コーヒー豆色々混ぜ合わせ必要以上の量の豆を挽き始めた。

「え、ちょっと待ってください」
「なんだ。俺は言ったぞ?下手だって」

 うん言った。言ったけど、それは下手の前に何かが間違ってる。
 俺は勿体ないが豆を近くにあったキッチンペーパーに全部だし、真山の好みを知らないので、昔教えて貰った記憶のある豆を選び挽き始めた。

「‥‥そんだけでいいのか?」
「いや逆にこれが適量なんです。先生が間 違ってるんです」

 俺はそのまま昔教えてもらった通りにコーヒーを入れた。
 その作業ずっと見ていた真山は、「ほー」っと俺の隣で言っていた。
 真山のコーヒーをいれたあとは、自分の紅茶を入れていく。
 その手際の良さにも真山は「ほー」っと言っていた。
 俺はついでとは言ってなんだが、先程湯気が出なくなったコーヒーを飲んでいた翔の分のコーヒーもいれた。コップは真山が出してきてくれたのでそれにいれた。
 出来たコーヒーを真山が出してくれたお盆に乗せて運ぶ。

「はい。先生の分」
「おお。ありがとうな」

 真山は先程まで俺が座っていた場所にどかりと座ったので、その前に真山の分のコーヒーを置いた。
 翔の分のコーヒーは、コソッと空っぽになっていた翔のコップと入れ替えた。
 そこにいつの間に持ってきていたのか、真山が角砂糖を二つコーヒーに入れた。
 俺が真山の方を見ると、真山が「こいつはコーヒーには角砂糖二つが好きなんだよ」と言って、自分のコーヒーには角砂糖を一つ入れていた。
 俺は真山の隣に座って、自分で入れた紅茶を飲み始めた。

「‥‥美味い!お前どこで教えて貰ったんだ?この美味さは、そこら辺の店よりも上だぜ」
「‥‥‥ちょっと昔の知り合いから」

 俺は自分の紅茶を飲んだ。
 先程俺は昔教えてもらったと言ったが、あれは嘘半分事実半分という感じだ。教えてもらったのは前世で、その時はコーヒーの入れ方だけだった。紅茶は、その後独学で学んだのだ。
 口に含んだ紅茶は、前に練習で入れた紅茶と同じ味で、何となくホッと息を吐いてしまった。

「‥‥肩の力が抜けたな」
「へ?」
「自分で気づいてなかったようだが、お前ここに入ってきてからずっと体全体に力が入った様子だったからな。ちょっと心配してたんだよ‥おっと、何故かは聞かないから安心しな」

 真山はそう言って俺の頭を撫でた。
 別に嫌ではなかったので、その手を俺はどかさないで真山の気が済むまで撫でさせた。

「‥‥‥ん、ふー」

 しばらくして、翔がパソコンから顔を離して思いっきり伸びをした。そして、近くにあったコーヒーを飲んだ。
 最初は普通に飲んでいたが、翔は急に眉をひそめてコーヒーをじっと見だした。
 どうしたんだ?もしかして不味かったとか?マジか。もっと入れ方勉強しなきゃいけないかな?

「‥‥‥真山。お前コーヒー入れるの上手くなったか?これまでにないくらい美味いんだが」

 どうやら美味かったらしい。俺は心の中だけでホッと息を吐いた。

「ん?違う違う。そのコーヒーを入れたのは、お前の隣にいる狐ノ山二号だよ」
「そうだったのか。稜驊君、ありがとう。とても美味しいよ」

 そう言って翔は流石攻略対象という感じの、男の俺もクラっとくる笑顔を見せてきた。

「‥‥ありがとうございます」

 俺は翔から目線を外してお礼を言った。
 こういう時、俺は自分の無表情の顔に感謝する。もし俺の表情筋が動いてたから、顔が真っ赤に染って蕩けた顔で翔を見ていたに違いない。恐ろしいぞ。攻略対象。
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