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7章.Rex tremendae
獄長と看守
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焼印は、内腿に入れられた。
彼が選んだ場所に殴りたくなったが、「ここに印があれば、無暗に下履きを下ろそうとは思わないだろう」と言われ、一部では身体で取り入ったと言われていることを思い出したシャムシェルは、何も言えなくなってしまった。
あまりの痛みに、死にたいと心から思った。そうして始まった看守の日々は、やっぱり地獄だった。
ちっぽけなプライドなんて捨てて、ずっと下っ端でもいいから、こんな役を引き受けなければよかった。
殴ったり蹴ったり、拷問したり。
そんなことにこの手を汚すんじゃなかった。
軍人として敵対する相手は異教徒で、少しは罪悪感を抱かず済む。でも、本当は何も変わらない。同じ人間なのだと、知ってしまった。
――もう、あの頃には引き返せない。
傷ついた心となくしたプライド。やり場のない感情。シャムシェルはヤケになってウリエルに当たった。
『僕の気持ちがあなたにわかるはずがないッ。あなたは、自分は特別だと思ってる。他とは異なると…!』
このような道に引きずり込んだ張本人。彼が無慈悲に鞭を打てるのは、周りの人を同等に捉えていないからだ。シャムシェルも貴族だが、彼のように古くから続く由緒正しき血筋ではない。
生きている世界が違う。
彼にはわからないのだ。シャムシェルの苦悩など。
『貴族とか庶民とか言うまえに、同じ人間だろう! 殴られれば痛い。酷いことを言われれば傷つく。何がちがう? やられて辛かった、その苦しみを知っているのに、どうして他の人にそれを体験させたいと思うんだッ』
『それはおまえではない』
『僕だよ。かつての僕だ』
この思いあがった奴の乱れた姿が見たい。同じ人間であることを突き付けてやりたい。堕ちるところまで堕ちればいい。
そんな思いで、ある夜シャムシェルは誘いをかけた。
そんなことをしたのは初めてだった。もう、プライドなどどこかへいっている。
ウリエルは、望むようにしてくれた。
酷く、手荒に――シャムシェルの、そうされたいという歪んだ思いのままに。ウリエルはそういう男だという思いのままに――彼は、見事にそれを体現したのだ。
事後、なんの感情もない目がシャムシェルを捉えていた。
『っ、っっ』
それを見たら泣けて。後から後から涙が溢れて止まらなかった。そこでなぜか優しく頭を撫でられ、ますます泣けた。思わずすがるように抱きつけば、慰めるように抱きしめ返してくれた。
なんて酷い人なのだろう。もう彼を憎むことで憂さを晴らすことはできない。
『僕をバディにしてください』
腹いせだった。
『いいのか?』
『……こっちのセリフです。烙印持ちが相手なんて、いいんですか』
『おあつらえ向けだろう』
そうして、二人はバディになった。
「あのとき、なんで優しくしたんですか」
ふと問えば、ウリエルはかすかに首を傾げる。しかし、すぐに思い当たったらしく、口を開いた。
「看守になり、ますます精神的に追い詰められていくおまえを見て、思うところがあってな」
「はい?」
「大抵の者は、暴力を振るう側になると喜んでそれをやる」
「ああ…、あそこにいたのは、腐った奴らばかりでしたね」
例外はハスディエルくらいだった。彼の存在が、不気味に思えたほどである。
「おまえにズケズケと物を言われたのもそうだが。あのときは、罰してくれとばかりに煽ってくるのが実に憐れで」
「っ憐れってなんですかッ。罰してくれ? 誰がそんなこと、」
「そういう目をしていた。牢の中にいる、罪人の目を」
たしかにシャムシェルは、看守としての役割に罪悪感を覚えていたが――。
「せっかく私が牢から出したのに、おまえは自ら己に罰を与えようとする。それが望みなら、獄長として叶えてやるべきだと。乗ったはいいが、ああも泣かれてはこちらも困るというものだ」
「あーもういいですよ、それは。バディになったのも、憐れだったからですか?」
「憐れみでバディを受け入れるほど、情が深いように見えるのか」
「いいえ、まったく」
即答されたウリエルは、ふっと息を吐くように笑って歩きだす。
「次から、僕に関わることで何かあったら、ちゃんと話してくださいよ」
何も答えず行ってしまったウリエルに息を吐き、シャムシェルは三つ編みを揺らして教皇のもとへ戻った。
彼が選んだ場所に殴りたくなったが、「ここに印があれば、無暗に下履きを下ろそうとは思わないだろう」と言われ、一部では身体で取り入ったと言われていることを思い出したシャムシェルは、何も言えなくなってしまった。
あまりの痛みに、死にたいと心から思った。そうして始まった看守の日々は、やっぱり地獄だった。
ちっぽけなプライドなんて捨てて、ずっと下っ端でもいいから、こんな役を引き受けなければよかった。
殴ったり蹴ったり、拷問したり。
そんなことにこの手を汚すんじゃなかった。
軍人として敵対する相手は異教徒で、少しは罪悪感を抱かず済む。でも、本当は何も変わらない。同じ人間なのだと、知ってしまった。
――もう、あの頃には引き返せない。
傷ついた心となくしたプライド。やり場のない感情。シャムシェルはヤケになってウリエルに当たった。
『僕の気持ちがあなたにわかるはずがないッ。あなたは、自分は特別だと思ってる。他とは異なると…!』
このような道に引きずり込んだ張本人。彼が無慈悲に鞭を打てるのは、周りの人を同等に捉えていないからだ。シャムシェルも貴族だが、彼のように古くから続く由緒正しき血筋ではない。
生きている世界が違う。
彼にはわからないのだ。シャムシェルの苦悩など。
『貴族とか庶民とか言うまえに、同じ人間だろう! 殴られれば痛い。酷いことを言われれば傷つく。何がちがう? やられて辛かった、その苦しみを知っているのに、どうして他の人にそれを体験させたいと思うんだッ』
『それはおまえではない』
『僕だよ。かつての僕だ』
この思いあがった奴の乱れた姿が見たい。同じ人間であることを突き付けてやりたい。堕ちるところまで堕ちればいい。
そんな思いで、ある夜シャムシェルは誘いをかけた。
そんなことをしたのは初めてだった。もう、プライドなどどこかへいっている。
ウリエルは、望むようにしてくれた。
酷く、手荒に――シャムシェルの、そうされたいという歪んだ思いのままに。ウリエルはそういう男だという思いのままに――彼は、見事にそれを体現したのだ。
事後、なんの感情もない目がシャムシェルを捉えていた。
『っ、っっ』
それを見たら泣けて。後から後から涙が溢れて止まらなかった。そこでなぜか優しく頭を撫でられ、ますます泣けた。思わずすがるように抱きつけば、慰めるように抱きしめ返してくれた。
なんて酷い人なのだろう。もう彼を憎むことで憂さを晴らすことはできない。
『僕をバディにしてください』
腹いせだった。
『いいのか?』
『……こっちのセリフです。烙印持ちが相手なんて、いいんですか』
『おあつらえ向けだろう』
そうして、二人はバディになった。
「あのとき、なんで優しくしたんですか」
ふと問えば、ウリエルはかすかに首を傾げる。しかし、すぐに思い当たったらしく、口を開いた。
「看守になり、ますます精神的に追い詰められていくおまえを見て、思うところがあってな」
「はい?」
「大抵の者は、暴力を振るう側になると喜んでそれをやる」
「ああ…、あそこにいたのは、腐った奴らばかりでしたね」
例外はハスディエルくらいだった。彼の存在が、不気味に思えたほどである。
「おまえにズケズケと物を言われたのもそうだが。あのときは、罰してくれとばかりに煽ってくるのが実に憐れで」
「っ憐れってなんですかッ。罰してくれ? 誰がそんなこと、」
「そういう目をしていた。牢の中にいる、罪人の目を」
たしかにシャムシェルは、看守としての役割に罪悪感を覚えていたが――。
「せっかく私が牢から出したのに、おまえは自ら己に罰を与えようとする。それが望みなら、獄長として叶えてやるべきだと。乗ったはいいが、ああも泣かれてはこちらも困るというものだ」
「あーもういいですよ、それは。バディになったのも、憐れだったからですか?」
「憐れみでバディを受け入れるほど、情が深いように見えるのか」
「いいえ、まったく」
即答されたウリエルは、ふっと息を吐くように笑って歩きだす。
「次から、僕に関わることで何かあったら、ちゃんと話してくださいよ」
何も答えず行ってしまったウリエルに息を吐き、シャムシェルは三つ編みを揺らして教皇のもとへ戻った。
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