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7章.Rex tremendae
新たな始まり
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その日の夜、ソファで濡れ髪を拭かれながら、ミカエルは今後のことをぼんやり考えていた。
「俺もやるよ。契約の丘の破壊」
タオル越しに降って来た声に目を瞬く。
「……おう。まさか、あんな事頼まれるなんてな」
「君を利用されると思うと癪だけど、命を救われた手前、何も言えない」
「俺もそうだ。……穏便に済ますなんて、できねえよな」
もにょもにょする感覚にかすかに眉根を寄せて目を瞑る。
「少なくとも、話し合いでどうにかなる相手じゃないのは確かだ」
「……どんな所か知ってんの?」
「名前を聞いたことならあるけれど。詳しいことは何も」
「おまえにも知らねえ事があるのな」
「そりゃあね」
スルリとタオルを取られ、目蓋を上げる。
「前髪が伸びたな」
彼の長い指が、ミカエルの視界に映り込んでいた前髪を横へ流した。
「ああ…、ぜんぜん切ってねえから」
ミカエルは前髪を掻き上げる。ふわっと横へ流れた髪を見て、ルシエルが眉を上げた。
「これだけで印象が変わるものだね」
「そうか?」
「うん。貴族っぽい」
すぐさま頭を振って前髪を戻したミカエルを、彼がくつくつ笑う。
「クールでいいと思うけど」
「……今度切る」
危ない。彼の笑顔のせいで、うっかりそれもいいかと思ってしまいそうになった。
我に返って半目で答えたミカエルである。
その翌日にはザプキエルが森の家に訪れて、もう儀式に参加しなくてもいいとルシエルに告げた。
心底ホッとしたように頷いたルシエル。ミカエルも胸を撫で下ろす。
「よかったな」
「うん」
ザプキエルは肩の力が抜けた様子でルシエルを眺めると、目蓋を閉じて、かすかに笑ったようだった。
契約の丘を破壊するといっても、準備が整うまでは以前と同じような日常だ。
「田舎のほうは、デビルが出ても、衛兵だなんだが駆けつけるまで時間がかかるらしいな」
「デビル退治の旅、再会する?」
穏やかな紫水の瞳がミカエルを捉えている。
「ここでの時間も大事にしてえし、五分五分で」
「いいね、そうしよう」
ルシエルは笑みを浮かべて頷いた。
ミカエルは、そんな彼をじっと見詰めて口を開く。
「おまえは、もっと人々のために行動した方がいいと思うか?」
本来の自分に戻った彼はどのように思っているのか、知っておきたいと思った。
美しい瞳が瞬いて、薄紅色の唇が開かれる。
「……俺は、君が一番満足のいくことをやればいいと思う。君の人生は君のものだ。一番に自分のことを考えるべきだろう。その上で、余裕があるときに人々のことを考えればいい」
「俺が、満足できること?」
「畑が気がかりならそれをやればいいし、森の散策に行きたいなら行けばいい。今日はデビル退治の旅をしたいと思うなら、すればいい」
それでは、かつてのミカエルの生活に、デビル退治が加わったようなものだ。
――そっか。
それでいいのかと、力が抜ける。
「任務で呼ばれるのは、今のところ仕方がないけどね」
「おう。教会に属してるほうが、丘の情報が得やすいからな」
まさか己の意思で衛兵を続ける日が来ようとは。
ミカエルは片眉を上げ、クッと口角を上げる。
「呼ばれたら、おまえも来てくれんだろ?」
「もちろん」
それなら、以前よりずっと気が楽だ。
ミカエルは新鮮な森の空気を大きく吸い込み、はぁっと吐き出す。
――新しい日々が始まる。
そんな感覚が湧き上がった。
今後やることになる事を思うと、向かう先が楽園だとは思えない。それなのに、エネルギァが身体中をイキイキと巡るのが感じられるのだ。
――今日は何をしようか。
そう思ったとき、腰に下げていた通信用鉱石――略してツーコーがリーンと鳴った。
ミカエルは眉を上げ、ツーコーを手に持つ。
「はい、ミカエル」
≪ミカエル、至急、教皇宮殿へ来てくれ≫
ウリエルだ。珍しく、焦りが感じられる。
「ルシエルもいいですか」
≪なんだと?≫
「ルシエルもいいです」
≪聞こえている。彼が望んでいるのか≫
「はい」
しばしの沈黙の後、「いいだろう」と返事があった。
「いま行きます」
通信を終えたミカエルは、ルシエルにニッと笑む。
「さっそくお呼びだ」
「着替えよう」
肩をすくめて答えたルシエルだった。
「俺もやるよ。契約の丘の破壊」
タオル越しに降って来た声に目を瞬く。
「……おう。まさか、あんな事頼まれるなんてな」
「君を利用されると思うと癪だけど、命を救われた手前、何も言えない」
「俺もそうだ。……穏便に済ますなんて、できねえよな」
もにょもにょする感覚にかすかに眉根を寄せて目を瞑る。
「少なくとも、話し合いでどうにかなる相手じゃないのは確かだ」
「……どんな所か知ってんの?」
「名前を聞いたことならあるけれど。詳しいことは何も」
「おまえにも知らねえ事があるのな」
「そりゃあね」
スルリとタオルを取られ、目蓋を上げる。
「前髪が伸びたな」
彼の長い指が、ミカエルの視界に映り込んでいた前髪を横へ流した。
「ああ…、ぜんぜん切ってねえから」
ミカエルは前髪を掻き上げる。ふわっと横へ流れた髪を見て、ルシエルが眉を上げた。
「これだけで印象が変わるものだね」
「そうか?」
「うん。貴族っぽい」
すぐさま頭を振って前髪を戻したミカエルを、彼がくつくつ笑う。
「クールでいいと思うけど」
「……今度切る」
危ない。彼の笑顔のせいで、うっかりそれもいいかと思ってしまいそうになった。
我に返って半目で答えたミカエルである。
その翌日にはザプキエルが森の家に訪れて、もう儀式に参加しなくてもいいとルシエルに告げた。
心底ホッとしたように頷いたルシエル。ミカエルも胸を撫で下ろす。
「よかったな」
「うん」
ザプキエルは肩の力が抜けた様子でルシエルを眺めると、目蓋を閉じて、かすかに笑ったようだった。
契約の丘を破壊するといっても、準備が整うまでは以前と同じような日常だ。
「田舎のほうは、デビルが出ても、衛兵だなんだが駆けつけるまで時間がかかるらしいな」
「デビル退治の旅、再会する?」
穏やかな紫水の瞳がミカエルを捉えている。
「ここでの時間も大事にしてえし、五分五分で」
「いいね、そうしよう」
ルシエルは笑みを浮かべて頷いた。
ミカエルは、そんな彼をじっと見詰めて口を開く。
「おまえは、もっと人々のために行動した方がいいと思うか?」
本来の自分に戻った彼はどのように思っているのか、知っておきたいと思った。
美しい瞳が瞬いて、薄紅色の唇が開かれる。
「……俺は、君が一番満足のいくことをやればいいと思う。君の人生は君のものだ。一番に自分のことを考えるべきだろう。その上で、余裕があるときに人々のことを考えればいい」
「俺が、満足できること?」
「畑が気がかりならそれをやればいいし、森の散策に行きたいなら行けばいい。今日はデビル退治の旅をしたいと思うなら、すればいい」
それでは、かつてのミカエルの生活に、デビル退治が加わったようなものだ。
――そっか。
それでいいのかと、力が抜ける。
「任務で呼ばれるのは、今のところ仕方がないけどね」
「おう。教会に属してるほうが、丘の情報が得やすいからな」
まさか己の意思で衛兵を続ける日が来ようとは。
ミカエルは片眉を上げ、クッと口角を上げる。
「呼ばれたら、おまえも来てくれんだろ?」
「もちろん」
それなら、以前よりずっと気が楽だ。
ミカエルは新鮮な森の空気を大きく吸い込み、はぁっと吐き出す。
――新しい日々が始まる。
そんな感覚が湧き上がった。
今後やることになる事を思うと、向かう先が楽園だとは思えない。それなのに、エネルギァが身体中をイキイキと巡るのが感じられるのだ。
――今日は何をしようか。
そう思ったとき、腰に下げていた通信用鉱石――略してツーコーがリーンと鳴った。
ミカエルは眉を上げ、ツーコーを手に持つ。
「はい、ミカエル」
≪ミカエル、至急、教皇宮殿へ来てくれ≫
ウリエルだ。珍しく、焦りが感じられる。
「ルシエルもいいですか」
≪なんだと?≫
「ルシエルもいいです」
≪聞こえている。彼が望んでいるのか≫
「はい」
しばしの沈黙の後、「いいだろう」と返事があった。
「いま行きます」
通信を終えたミカエルは、ルシエルにニッと笑む。
「さっそくお呼びだ」
「着替えよう」
肩をすくめて答えたルシエルだった。
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