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7章.Rex tremendae
来訪
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畑で野菜の世話を終え、リビングでゆったり寛いでいた午後のこと。玄関ドアをノックする音がして、ミカエルはソファで身を起こした。
「隊長さんじゃないよね」
「おう」
首を傾げて玄関へ行き、ドアを開ける。
そこにいたのは眼帯の、怪しげながら貴公子然とした男の姿。
「アズラエル…」
そういえば、ルシエルが死にそうなところを助けてもらった時に、頼み事があると言っていた。
「すっかり体調が良くなったようですな」
「……おう。ルシエルとゾフィエル、助けてくれてありがと」
「依頼を全うしたまでです。貴方は先日、お誕生日だったとか。おめでとうございます。何か入用な物があれば、お安くしましょう」
「どーも。べつにねえし。……入れよ」
リビングに案内すると、アズラエルを捉えたルシエルが眉を上げた。
「……もしかして、あの時の…」
「おまえを助けてもらったとき、頼みを聞くよう言われた」
ミカエルはアズラエルをソファに促し、自身は一人掛けのソファに座る。ルシエルも神妙な面持ちで椅子に座った。
「で? どんな依頼だ?」
ミカエルがさっそく問うと、アズラエルはゆったりと足を組み、重ね合わせた膝の上で指を組んだ。
艶やかな唇がゆっくり開かれる。
「貴方にしていただきたいのは、契約の丘の破壊です」
「契約の丘?」
「教会の、重要な装置です」
ーー教会の、重要な…。
「強力な光氣によってのみ、破壊が可能だとか」
想像の斜め上をいく依頼内容に、ミカエルは目を丸くした。
ルシエルはじっとアズラエルを捉えている。
「……その丘って、何する所なんだ?」
ミカエルは、異国情緒溢れる眼帯の商人を唖然と目に映していた。
「教会がいいように人を使うための儀式を執り行う場所、とでも言いましょうか」
「教会の悪行を潰すってか? おまえ、正義の味方には見えねぇぜ」
ミカエルは頭をガシガシ掻く。
ルシエルとゾフィエルの命に比べれば、ここでの暮らしを手放すくらい容易いことだ。そもそも、依頼を受けると言った手前、引き受けざるを得ない。それでも、せっかく取り戻した安寧を手放すのは、今のミカエルには大きな決意を必要とするものだった。
「おまえはなんで、そこを破壊したいんだよ」
アズラエルはうっそりと口角を上げる。
「復讐ですよ」
「は、」
「我が国は、貴方らの言うところの聖戦により滅ぼされた。憎いのです。教会勢力も、聖正教の国々も」
そういえば、アクレプン帝国でヤグニエから出自を訪ねられたアズラエルは、「いまは亡き国でして」と答えていた。
「悪魔崇拝の団体に邪石を売りつけ、デビルを生み出す方法を伝授したのも私です。禁止されている麻草を売ることもある」
ミカエルはコクリと唾を飲む。彼の商売相手には国王までいるのだ。そのような人間が、仄暗い悪意を胸に秘めているとは思うまい。
「おまえが、デビルを生み出す方法を?」
「そこまで精力的に触れ回ったわけではありませんがね。気づけば、悪魔崇拝者の間で知れ渡っていた」
国を滅ぼされた恨みでやったと言われたら、ミカエルは何を言えばいいのかわからない。
「あの精神不安定なイファノエの皇子…、いまはサクラム王でしたな。あの者にも随分揺さぶりをかけたが、弟のせいでなんとか耐えているようだ」
「っそんな事まで、」
「すべては、聖正教圏に苦しみをもたらすために」
戴冠式での出来事を思い出し、ミカエルは顔をしかめた。彼は精神的にかなり追い詰められていたのかもしれない。――それはさておき。そのような悪意を秘めた相手の依頼で、ミカエルは重大な事件を起こさなければならないのだ。
「おまえは、俺に復讐の片棒を担がせようってのか」
「"ミカエル" が教会に大打撃を与える。傑作ではないですか」
アズラエルは笑みを深めて答えた。
そんな彼に、ミカエルはどことなく違和感を覚える。アクレプンで酷い目に遭っていたとき、遭遇した彼はたしかに見下すような目をしていた。しかし最後には、何かを耐えるような雰囲気で、ルシエルを呼んでくれたのだ。
「……本当に、それが理由か」
「他に何があると?」
眼帯を見詰めたところで何もわからない。
ミカエルは息を吐く。
「依頼を受けるって言っちまったから、やるけどよ」
「丘については調査中でして。教皇庁へ立ち入ることができぬ故、情報を得るのが難しく」
「ああ…」
いつも教皇宮殿に直行していたミカエルは、その全貌を知らない。
「貴方にはまず、情報を探ってもらいたい」
要件を伝え終えると、アズラエルはさっさと身を翻して帰っていった。
「隊長さんじゃないよね」
「おう」
首を傾げて玄関へ行き、ドアを開ける。
そこにいたのは眼帯の、怪しげながら貴公子然とした男の姿。
「アズラエル…」
そういえば、ルシエルが死にそうなところを助けてもらった時に、頼み事があると言っていた。
「すっかり体調が良くなったようですな」
「……おう。ルシエルとゾフィエル、助けてくれてありがと」
「依頼を全うしたまでです。貴方は先日、お誕生日だったとか。おめでとうございます。何か入用な物があれば、お安くしましょう」
「どーも。べつにねえし。……入れよ」
リビングに案内すると、アズラエルを捉えたルシエルが眉を上げた。
「……もしかして、あの時の…」
「おまえを助けてもらったとき、頼みを聞くよう言われた」
ミカエルはアズラエルをソファに促し、自身は一人掛けのソファに座る。ルシエルも神妙な面持ちで椅子に座った。
「で? どんな依頼だ?」
ミカエルがさっそく問うと、アズラエルはゆったりと足を組み、重ね合わせた膝の上で指を組んだ。
艶やかな唇がゆっくり開かれる。
「貴方にしていただきたいのは、契約の丘の破壊です」
「契約の丘?」
「教会の、重要な装置です」
ーー教会の、重要な…。
「強力な光氣によってのみ、破壊が可能だとか」
想像の斜め上をいく依頼内容に、ミカエルは目を丸くした。
ルシエルはじっとアズラエルを捉えている。
「……その丘って、何する所なんだ?」
ミカエルは、異国情緒溢れる眼帯の商人を唖然と目に映していた。
「教会がいいように人を使うための儀式を執り行う場所、とでも言いましょうか」
「教会の悪行を潰すってか? おまえ、正義の味方には見えねぇぜ」
ミカエルは頭をガシガシ掻く。
ルシエルとゾフィエルの命に比べれば、ここでの暮らしを手放すくらい容易いことだ。そもそも、依頼を受けると言った手前、引き受けざるを得ない。それでも、せっかく取り戻した安寧を手放すのは、今のミカエルには大きな決意を必要とするものだった。
「おまえはなんで、そこを破壊したいんだよ」
アズラエルはうっそりと口角を上げる。
「復讐ですよ」
「は、」
「我が国は、貴方らの言うところの聖戦により滅ぼされた。憎いのです。教会勢力も、聖正教の国々も」
そういえば、アクレプン帝国でヤグニエから出自を訪ねられたアズラエルは、「いまは亡き国でして」と答えていた。
「悪魔崇拝の団体に邪石を売りつけ、デビルを生み出す方法を伝授したのも私です。禁止されている麻草を売ることもある」
ミカエルはコクリと唾を飲む。彼の商売相手には国王までいるのだ。そのような人間が、仄暗い悪意を胸に秘めているとは思うまい。
「おまえが、デビルを生み出す方法を?」
「そこまで精力的に触れ回ったわけではありませんがね。気づけば、悪魔崇拝者の間で知れ渡っていた」
国を滅ぼされた恨みでやったと言われたら、ミカエルは何を言えばいいのかわからない。
「あの精神不安定なイファノエの皇子…、いまはサクラム王でしたな。あの者にも随分揺さぶりをかけたが、弟のせいでなんとか耐えているようだ」
「っそんな事まで、」
「すべては、聖正教圏に苦しみをもたらすために」
戴冠式での出来事を思い出し、ミカエルは顔をしかめた。彼は精神的にかなり追い詰められていたのかもしれない。――それはさておき。そのような悪意を秘めた相手の依頼で、ミカエルは重大な事件を起こさなければならないのだ。
「おまえは、俺に復讐の片棒を担がせようってのか」
「"ミカエル" が教会に大打撃を与える。傑作ではないですか」
アズラエルは笑みを深めて答えた。
そんな彼に、ミカエルはどことなく違和感を覚える。アクレプンで酷い目に遭っていたとき、遭遇した彼はたしかに見下すような目をしていた。しかし最後には、何かを耐えるような雰囲気で、ルシエルを呼んでくれたのだ。
「……本当に、それが理由か」
「他に何があると?」
眼帯を見詰めたところで何もわからない。
ミカエルは息を吐く。
「依頼を受けるって言っちまったから、やるけどよ」
「丘については調査中でして。教皇庁へ立ち入ることができぬ故、情報を得るのが難しく」
「ああ…」
いつも教皇宮殿に直行していたミカエルは、その全貌を知らない。
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