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7章.Rex tremendae
帰る場所
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†††
賑やかな鳥の声でミカエルの意識は浮上した。
「っイテ、」
起き上がったら、頭がズキリ。そういえば、間違えてお酒を飲んでしまったのだった。バラキエルたちが来てくれて…。
ミカエルはハッとして部屋を出る。
リビングへ向かう廊下で、欠伸するバラキエルと出くわした。
「おう、起きたか」
「師匠、おはよ」
「はよ。洗面借りるぜ」
「あ? 勝手に使えばいいだろ」
目を瞬くミカエルに、バラキエルがクッと笑む。
「この家はおまえにやる。そうだな、誕生日プレゼントだ」
「……は?」
「俺が使ってた部屋は客室にでもしろ。ルシエルのやつに使わせるのもいいだろう」
ミカエルは、すぐには理解できなかった。
すでにバラキエルはこの家を出ていたが、それでも三人の家という認識だったのだと思い至る。
――師匠の部屋がなくなる…。
そうなれば、本当にここはバラキエルの帰る場所ではなくなる。
「ンな顔すんな。ここで過ごした日々がなくなるわけじゃねえ」
バラキエルはミカエルの頭をガシガシ撫でると、廊下を歩いていった。
ミカエルは唖然とした心地でぼんやりとリビングへ向かう。
部屋に入ると、椅子から立ち上がったルシエルが背中を伸ばして首を回していた。振り返って目が合い、微笑む。
「ミカ、おはよう。ぼぅっとして…、二日酔い?」
「あ? ああ、そうかもな」
まだ少し頭痛がする。椅子に座って息を吐いた。
「はい」
顔を上げて見れば、差し出されるグラス。
「さんきゅ」
冷たい水を一気に飲み干す。
そのとき、ソファで座ったまま寝ていたらしいラムエルが、目を瞬いて動き出した。
「……ああ、おはようかな? もう朝だな」
「おぅ、はよ」
「すっかり飲み明かしてしまった。ジケル、ほら起きて」
隣で寝ているジケルを揺さぶっている。それを横目に、ミカエルは立ち上がってキッチンへ向かった。
起き上がったジケルが目を擦る。
ラムエルは彼を急かして上着を羽織り、さっさと身支度を整え始めた。
「朝食、食ってかねえの」
「ああ、慌ただしくてすまないね」
どうやら、夜のうちに帰る予定だったらしく、今日も仕事があるという。バラキエルも突然ここに来ることに決めたので、また姿を晦ましてしまったのかと騒がれる前に帰ったほうがいいだろう。
「それじゃあ、また」
「ミカ、ちゃんと食えよ。ルシエルも、じゃあな」
「おう、またな」
「また」
彼らの訪問はまるで嵐のようだ。いきなり来て、いきなり去って。
「ミカ、朝食にしよう」
声の方を見やれば、ルシエルが微笑んでいる。
「おう」
おかげで、急に静けさを取り戻した空間に呑まれることもなかった。
家に入れば、すっかりいつもの朝だ。
ミカエルはコーヒー豆を挽きながら口を開く。
「師匠が、この家くれるって」
「……へえ」
「師匠が使ってた部屋、おまえ使うか?」
パンを切っていたルシエルが、手を止めてミカエルの方を向く。
ミカエルは手元に視線を落としたままだ。
「俺はロフトでいい」
「じゃあ、あの部屋は客室だな。さっき見たら、師匠の私物は何もなかった。もともと必要な物しかねえ感じだったからよ。引き上げるのも楽だったろうぜ」
「ミカ…」
案じるような視線を感じつつ、ミカエルはクッと口角を上げる。
「俺は平気だ。師匠には、帰りを待ってる人たちがいる。頼りにされてんだろ。こんな所で引きこもってなんて、いられねえよな」
ミカエルが聖正教圏に戻ることを決めたように、バラキエルは故郷で生きることに決めたのだろう。
「そりゃあ、寂しさはあるけどよ。おまえがいるし」
カラカラと音が変わって、ダイヤルを回す手を止める。
傍らにやって来たルシエルの顔を見上げると、かすかに笑みを浮かべていた。
紫水色の瞳がまっすぐにミカエルを映して煌めいている。
「俺にはここしかない。……ここがいい」
ここは、バラキエルが隠れ住むために造って、ミカエルを迎え入れた場所。そしてミカエルが、ルシエルを迎え入れた場所だ。
「そばにいさせて」
囁くように紡がれた言葉が胸を震わせる。
ミカエルは溢れる想いを言葉にできず、こくりと頷く。するとルシエルはかすかに眉を上げ、顔を寄せてきた。
「ミカ、顔が赤いな。どうしたの?」
「ッべつに、」
「酒を飲んだわけでもないのに…」
「いいから、それ運べよ」
「はいはい」
どこか嬉しそうに笑っているように見えるのは気のせいだろうか。
「なにニヤついてんだ」
「べつに」
さっきのお返しのつもりか。睨みつければ、降参ポーズをしている。
「君がかわいくて」
「、ああ? おちょくってんのか?」
「ちがうちがう。ほら、冷める前にいただこう」
結局、理由はわからないまま。
ミカエルは悶々としながら朝食を平らげた。
後日、おもむろに包み紙を渡されたミカエルがそれを開くと、中身は半袖のシャツやタンクトップだった。ルシエル曰く、「お誕生日プレゼント」とのこと。
「ミカはいつもシャツのボタンを三つは開けているし、紐だってろくに結ばないだろう?」
「面倒なんだよ」
「これは汗をよく吸収する素材でね。その上、熱いときには涼しく、寒いときには暖かく感じられるんだ」
「……着てるほうが快適ってことか」
「その通り」
微妙に話の内容がズレた気がするが。
快適なものなら、ありがたい。
「ありがと」
「どういたしまして。着てくれる?」
「……おう」
「よかった」
にっこり笑顔のルシエルを見て、ちゃんと活用しようと決めたミカエルだった。
賑やかな鳥の声でミカエルの意識は浮上した。
「っイテ、」
起き上がったら、頭がズキリ。そういえば、間違えてお酒を飲んでしまったのだった。バラキエルたちが来てくれて…。
ミカエルはハッとして部屋を出る。
リビングへ向かう廊下で、欠伸するバラキエルと出くわした。
「おう、起きたか」
「師匠、おはよ」
「はよ。洗面借りるぜ」
「あ? 勝手に使えばいいだろ」
目を瞬くミカエルに、バラキエルがクッと笑む。
「この家はおまえにやる。そうだな、誕生日プレゼントだ」
「……は?」
「俺が使ってた部屋は客室にでもしろ。ルシエルのやつに使わせるのもいいだろう」
ミカエルは、すぐには理解できなかった。
すでにバラキエルはこの家を出ていたが、それでも三人の家という認識だったのだと思い至る。
――師匠の部屋がなくなる…。
そうなれば、本当にここはバラキエルの帰る場所ではなくなる。
「ンな顔すんな。ここで過ごした日々がなくなるわけじゃねえ」
バラキエルはミカエルの頭をガシガシ撫でると、廊下を歩いていった。
ミカエルは唖然とした心地でぼんやりとリビングへ向かう。
部屋に入ると、椅子から立ち上がったルシエルが背中を伸ばして首を回していた。振り返って目が合い、微笑む。
「ミカ、おはよう。ぼぅっとして…、二日酔い?」
「あ? ああ、そうかもな」
まだ少し頭痛がする。椅子に座って息を吐いた。
「はい」
顔を上げて見れば、差し出されるグラス。
「さんきゅ」
冷たい水を一気に飲み干す。
そのとき、ソファで座ったまま寝ていたらしいラムエルが、目を瞬いて動き出した。
「……ああ、おはようかな? もう朝だな」
「おぅ、はよ」
「すっかり飲み明かしてしまった。ジケル、ほら起きて」
隣で寝ているジケルを揺さぶっている。それを横目に、ミカエルは立ち上がってキッチンへ向かった。
起き上がったジケルが目を擦る。
ラムエルは彼を急かして上着を羽織り、さっさと身支度を整え始めた。
「朝食、食ってかねえの」
「ああ、慌ただしくてすまないね」
どうやら、夜のうちに帰る予定だったらしく、今日も仕事があるという。バラキエルも突然ここに来ることに決めたので、また姿を晦ましてしまったのかと騒がれる前に帰ったほうがいいだろう。
「それじゃあ、また」
「ミカ、ちゃんと食えよ。ルシエルも、じゃあな」
「おう、またな」
「また」
彼らの訪問はまるで嵐のようだ。いきなり来て、いきなり去って。
「ミカ、朝食にしよう」
声の方を見やれば、ルシエルが微笑んでいる。
「おう」
おかげで、急に静けさを取り戻した空間に呑まれることもなかった。
家に入れば、すっかりいつもの朝だ。
ミカエルはコーヒー豆を挽きながら口を開く。
「師匠が、この家くれるって」
「……へえ」
「師匠が使ってた部屋、おまえ使うか?」
パンを切っていたルシエルが、手を止めてミカエルの方を向く。
ミカエルは手元に視線を落としたままだ。
「俺はロフトでいい」
「じゃあ、あの部屋は客室だな。さっき見たら、師匠の私物は何もなかった。もともと必要な物しかねえ感じだったからよ。引き上げるのも楽だったろうぜ」
「ミカ…」
案じるような視線を感じつつ、ミカエルはクッと口角を上げる。
「俺は平気だ。師匠には、帰りを待ってる人たちがいる。頼りにされてんだろ。こんな所で引きこもってなんて、いられねえよな」
ミカエルが聖正教圏に戻ることを決めたように、バラキエルは故郷で生きることに決めたのだろう。
「そりゃあ、寂しさはあるけどよ。おまえがいるし」
カラカラと音が変わって、ダイヤルを回す手を止める。
傍らにやって来たルシエルの顔を見上げると、かすかに笑みを浮かべていた。
紫水色の瞳がまっすぐにミカエルを映して煌めいている。
「俺にはここしかない。……ここがいい」
ここは、バラキエルが隠れ住むために造って、ミカエルを迎え入れた場所。そしてミカエルが、ルシエルを迎え入れた場所だ。
「そばにいさせて」
囁くように紡がれた言葉が胸を震わせる。
ミカエルは溢れる想いを言葉にできず、こくりと頷く。するとルシエルはかすかに眉を上げ、顔を寄せてきた。
「ミカ、顔が赤いな。どうしたの?」
「ッべつに、」
「酒を飲んだわけでもないのに…」
「いいから、それ運べよ」
「はいはい」
どこか嬉しそうに笑っているように見えるのは気のせいだろうか。
「なにニヤついてんだ」
「べつに」
さっきのお返しのつもりか。睨みつければ、降参ポーズをしている。
「君がかわいくて」
「、ああ? おちょくってんのか?」
「ちがうちがう。ほら、冷める前にいただこう」
結局、理由はわからないまま。
ミカエルは悶々としながら朝食を平らげた。
後日、おもむろに包み紙を渡されたミカエルがそれを開くと、中身は半袖のシャツやタンクトップだった。ルシエル曰く、「お誕生日プレゼント」とのこと。
「ミカはいつもシャツのボタンを三つは開けているし、紐だってろくに結ばないだろう?」
「面倒なんだよ」
「これは汗をよく吸収する素材でね。その上、熱いときには涼しく、寒いときには暖かく感じられるんだ」
「……着てるほうが快適ってことか」
「その通り」
微妙に話の内容がズレた気がするが。
快適なものなら、ありがたい。
「ありがと」
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