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7章.Rex tremendae
対立
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そういえば、ルシエルに相手をしてもらったとき、彼はいつも眉根を寄せていた。
ーー俺、まちがって、
いつもミカエルは一方的だった。ルシエルはきっと、不快な思いをしたに違いない。
「……サイテーだな」
顔が歪む。
無理矢理やらされるのは苦痛だと、彼は言っていたのに。どうしてもっと聞こうとしなかったのだろう。知ろうとしなかったのだろう。彼はどう思っていたのか。どうしたかったのか。
「ミカ、君は知りようがなかったんだ。行為に望む前に、きちんと話をすべきだった」
「ちげえ。俺、ルシにもそうしたんだ。孕むかもってなって、どうにかしたくて、」
ミカエルは首を振る。
「ッあいつはたぶん、あんな風にやりたくなかったのに…!」
「きっと彼も理解している。君のことを一番知っているのは彼だろう?」
頭を撫でられ顔を上げると、ゾフィエルは慰めるように笑みを浮かべた。
「彼を取り戻したら話せばいい。力の循環をしよう。このままでいいから」
ミカエルはしょんぼり頷いて、彼の背中に腕を回した。
抱きしめ合って力を送るーー。
「……ふ、っ…」
「ミカっ…」
ゾフィエルは悲しみに痛む胸を感じならギュッと目を閉じた。ミカエルがたくさんの望まぬ体験をさせられたのは明白だ。一番大切なことを教えられず、身体と心をいいようにされたのだ。
ゾフィエルもそのような体験をしたが、それ以前から知っていた。ひとを好きになること。その行為を純粋に望む心を。
ーーそれを教えるのは私ではない。
様々な体験をしてなお純真さを失わない気高き少年。大切なバディ。彼が無事にルシエルという存在を取り戻すことを、切に願うーー。
二人が戻ったとき、ザプキエルは同じような場所でぼんやりと空を眺めていた。少し時間が掛かったはずだが、それについて何も言わない。
「私も同行する」
凛と言い放ったゾフィエルを、ザプキエルがじっと見る。
「あなたはミカエルのバディだな」
「ああ。あなたと同じ、私情だ」
それでザプキエルは納得したらしい。
「連れて行こう」
ミカエルは差しだされた手を取った。視線に促され、ゾフィエルとも手を繋ぐ。
果たしてルシエルは、大きく開けた洞窟の入り口にいた。
「あとは頼む」
ザプキエルは小さく落として周囲に広がる森に消えた。
その洞窟は、奥の方がぽっかりと穴が空いたかのように暗い。真昼だというのに、ここは夜のようである。
全身、黒ずくめの服に身を包んだ彼は、夜の一部のようだ。彼はおもむろに振り返り、ミカエルを捉えた。
この間見たのと同じ、冷たい宝石のような硬質な瞳。
久し振りに交わった視線に、様々な思いが湧き上がる。
「おまえに言いてえことが、たくさんあるんだ」
ルシエルはどうでも良さそうに眉を上げた。
ミカエルは小さく息を吐き、クッと口角を上げて首を傾げる。
「俺に言ったこと、覚えてるか」
「どれ?」
「おかしくなったら、殺せって」
斜め後ろに控えているゾフィエルの気配が揺らいだ。不意に、ルシエルがくつくつと笑いだす。
「俺を殺しに来たんだ?」
「結果、そうなっても仕方ねえ」
笑いを収めた彼の目は硬質な光を放ち、宝石のようである。
艶やかな唇がゆっくり紡ぐ。
「君がそうなっても、きっと仕方のないことだな」
ゾワリと毛が逆立つような感覚。
ゾフィエルが口を開くより先に、二人は地を蹴り、赤と黒の火花を宙に咲かせた。周囲に結界が張られたのが感覚的にわかる。
二人の闘いに助っ人が入る隙などない。
休む間もなく力を放ち、剣で斬り合うスピードたるや、目で追うのがやっとだ。豪快に放たれた炎に森が焼けていく。ゾフィエルは消火したい衝動に駆られたが、もう一人の存在が頭にあり、その場を動かなかった。
「目ぇ覚ませよ!」
「覚めてるよ」
剣がぶつかる一瞬の会話。
苛烈な緑に、鮮やかな紅が笑う。
「本気でやったら信じてくれるかな」
その瞬間、眼前から湧き出た闇がミカエルを包んでいた。
「ミカ!」
「騒々しいなぁ。なに? ……ルシファー?」
ゾフィエルが叫んだとき、洞窟の奥から灰色髪の少年が頭を押さえてやって来た。彼がミカエルの話していた人物だろう。
「そっちの人と遊んでて」
「ボク、まだ頭が痛いんだけど。しかたないなぁ…」
緩い返事に似合わぬスピードで迫り来る黒い炎を、ゾフィエルは寸でのところで剣で弾いた。
「へぇ。意外とできるね」
視界の端で闇を裂く光。
荒い息のミカエルが、そこにいた。光氣で上手く身を庇えたのだろう。ゾフィエルはホッとして、目の前の少年に全神経を向ける。
力は彼の方が上。
先ほどの攻撃からして、彼もデビルのような力が使えるのかもしれない。本気でいかなければ、こちらが殺られる。
「いいねぇ、ゾクゾクするよ!」
彼は楽しげに笑って突っ込んできた。ゾフィエルは命の危機を切実に感じつつ、生き残ることだけを考え、剣を構えた。
ーー俺、まちがって、
いつもミカエルは一方的だった。ルシエルはきっと、不快な思いをしたに違いない。
「……サイテーだな」
顔が歪む。
無理矢理やらされるのは苦痛だと、彼は言っていたのに。どうしてもっと聞こうとしなかったのだろう。知ろうとしなかったのだろう。彼はどう思っていたのか。どうしたかったのか。
「ミカ、君は知りようがなかったんだ。行為に望む前に、きちんと話をすべきだった」
「ちげえ。俺、ルシにもそうしたんだ。孕むかもってなって、どうにかしたくて、」
ミカエルは首を振る。
「ッあいつはたぶん、あんな風にやりたくなかったのに…!」
「きっと彼も理解している。君のことを一番知っているのは彼だろう?」
頭を撫でられ顔を上げると、ゾフィエルは慰めるように笑みを浮かべた。
「彼を取り戻したら話せばいい。力の循環をしよう。このままでいいから」
ミカエルはしょんぼり頷いて、彼の背中に腕を回した。
抱きしめ合って力を送るーー。
「……ふ、っ…」
「ミカっ…」
ゾフィエルは悲しみに痛む胸を感じならギュッと目を閉じた。ミカエルがたくさんの望まぬ体験をさせられたのは明白だ。一番大切なことを教えられず、身体と心をいいようにされたのだ。
ゾフィエルもそのような体験をしたが、それ以前から知っていた。ひとを好きになること。その行為を純粋に望む心を。
ーーそれを教えるのは私ではない。
様々な体験をしてなお純真さを失わない気高き少年。大切なバディ。彼が無事にルシエルという存在を取り戻すことを、切に願うーー。
二人が戻ったとき、ザプキエルは同じような場所でぼんやりと空を眺めていた。少し時間が掛かったはずだが、それについて何も言わない。
「私も同行する」
凛と言い放ったゾフィエルを、ザプキエルがじっと見る。
「あなたはミカエルのバディだな」
「ああ。あなたと同じ、私情だ」
それでザプキエルは納得したらしい。
「連れて行こう」
ミカエルは差しだされた手を取った。視線に促され、ゾフィエルとも手を繋ぐ。
果たしてルシエルは、大きく開けた洞窟の入り口にいた。
「あとは頼む」
ザプキエルは小さく落として周囲に広がる森に消えた。
その洞窟は、奥の方がぽっかりと穴が空いたかのように暗い。真昼だというのに、ここは夜のようである。
全身、黒ずくめの服に身を包んだ彼は、夜の一部のようだ。彼はおもむろに振り返り、ミカエルを捉えた。
この間見たのと同じ、冷たい宝石のような硬質な瞳。
久し振りに交わった視線に、様々な思いが湧き上がる。
「おまえに言いてえことが、たくさんあるんだ」
ルシエルはどうでも良さそうに眉を上げた。
ミカエルは小さく息を吐き、クッと口角を上げて首を傾げる。
「俺に言ったこと、覚えてるか」
「どれ?」
「おかしくなったら、殺せって」
斜め後ろに控えているゾフィエルの気配が揺らいだ。不意に、ルシエルがくつくつと笑いだす。
「俺を殺しに来たんだ?」
「結果、そうなっても仕方ねえ」
笑いを収めた彼の目は硬質な光を放ち、宝石のようである。
艶やかな唇がゆっくり紡ぐ。
「君がそうなっても、きっと仕方のないことだな」
ゾワリと毛が逆立つような感覚。
ゾフィエルが口を開くより先に、二人は地を蹴り、赤と黒の火花を宙に咲かせた。周囲に結界が張られたのが感覚的にわかる。
二人の闘いに助っ人が入る隙などない。
休む間もなく力を放ち、剣で斬り合うスピードたるや、目で追うのがやっとだ。豪快に放たれた炎に森が焼けていく。ゾフィエルは消火したい衝動に駆られたが、もう一人の存在が頭にあり、その場を動かなかった。
「目ぇ覚ませよ!」
「覚めてるよ」
剣がぶつかる一瞬の会話。
苛烈な緑に、鮮やかな紅が笑う。
「本気でやったら信じてくれるかな」
その瞬間、眼前から湧き出た闇がミカエルを包んでいた。
「ミカ!」
「騒々しいなぁ。なに? ……ルシファー?」
ゾフィエルが叫んだとき、洞窟の奥から灰色髪の少年が頭を押さえてやって来た。彼がミカエルの話していた人物だろう。
「そっちの人と遊んでて」
「ボク、まだ頭が痛いんだけど。しかたないなぁ…」
緩い返事に似合わぬスピードで迫り来る黒い炎を、ゾフィエルは寸でのところで剣で弾いた。
「へぇ。意外とできるね」
視界の端で闇を裂く光。
荒い息のミカエルが、そこにいた。光氣で上手く身を庇えたのだろう。ゾフィエルはホッとして、目の前の少年に全神経を向ける。
力は彼の方が上。
先ほどの攻撃からして、彼もデビルのような力が使えるのかもしれない。本気でいかなければ、こちらが殺られる。
「いいねぇ、ゾクゾクするよ!」
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