165 / 174
7章.Rex tremendae
傍らに
しおりを挟む
「ナピュラでの騒動、聞いてます?」
「ああ。ナンバラで助けた王子――今では王か。そいつが、軍を率いて戦ったんだろ」
「ええ。ブランリスの王には恩義があるとかで。自ら率先して、前線に立つことを希望したそうです」
「ブランリスの王のために、か」
「陛下は強力な同盟相手を見つけたものです。ガルセレス、でしたか」
バラキエルがぐいと酒を煽る。
「二十代後半だってな」
「はい。童顔なので、もっと若く見えるらしいです」
ラムエルもこくりと一口。
「今回の一件は、ナピュラの統治を任されていた者が、現地で横暴を働いたため起きたものです。民衆の怒りが溢れ、騒動になったのです。それを若きナンバラ王率いる軍が、見事に抑え込んだという」
「統治を任されていた者はどうなった」
「追放されました。その野蛮さには、陛下も辟易していたそうです」
バラキエルは鼻で笑う。
「その騒動自体、陛下が裏で糸を引いてるんじゃねえか?」
「その者を追放するためのきっかけを、陛下が作ったと?」
「陛下が即位したときには、その家の奴がすでに統治を任されていたんだろう。代々受け継がれてきた地位だ。追っ払うには、正当な理由がいる」
「それもあるかもしれません」と、ラムエルは肩をすくめた。
「私は、若きナンバラ王の活躍が気になります」
「ブランリスは強力な後ろ盾を得た。それをアピールしたかったんじゃないか?」
「……そうですね」
ミカエルの意識が再び沈みそうになったとき、そっと肩を揺すられた。
「ミカ、部屋で休もう」
こくりと頷くと、立ち上がるのを手伝い、支えてくれる。
バラキエルがこちらを向いて声をかけた。
「わるいな」
「いえ」
そういえば、テーブルの上が綺麗に片付いている。ルシエルがやってくれたのかもしれない。
――ルシ、ありがと。
ちゃんと言えたかわからないが、ルシエルがこちらを向いて笑みを浮かべる。
「どういたしまして」
そのまま、ふわふわと雲の上を歩いている感覚でベッドに着いた。布団を被せてくれた彼の腕を取る。
「……おやすみ、ミカ」
意識が遠退くなか、頭を撫でられ、何かが髪に触れたような気がした。
ミカエルを部屋に送り届けたルシエルは、そっと家の外に出た。
見上げてみれば、見事な満月が。ほぅっと息を吐く。
そのとき、玄関ドアが開く音がして、バラキエルがやってきた。
「よぅ、もう飲まねえのか?」
「けっこう飲んだと思いますけど」
「他人行儀だな。まえみてぇに、普通に話せよ」
ルシエルは肩をすくめてバラキエルに向き直る。そうして、頭を下げた。
「ラムエルさんが言っていた通りです。俺は、彼の命を奪っていたかもしれない」
「よせ。俺が勝手にお前さんに頼んだんだ。重荷になっちまうかもしれねえと思っても、言いたかった。親もどきのエゴだ」
肩に手を置かれ、ルシエルは首を振って顔を上げた。
「……俺も彼が大切です。こんな人間が、そばにいない方がいい。そう思ったけれど、彼が望んでくれたから」
まっすぐにルシエルを捉える目はミカエルのようだ。ルシエルはくしゃりと笑う。
「共にありたい」
バラキエルはかすかに目を見開いて、苦笑した。
「それは、俺に許可を求めてんのか? 俺がどう言おうと、お前さんはあいつのところにいる気だろ」
「親御さん公認のほうが、安らかな心地でいられると思って」
「好きにすりゃあいい。あいつにはお前さんが、お前さんにはあいつが、必要なんだろうさ」
微妙な顔でいるルシエルの頭を、無骨な手ががしがし撫でる。
「っ、」
「お前も大変だったな、ルシエル」
温かな眼差しがルシエルに向けられていた。それはまるで、親のような――。
「そんなに驚くことか? わるかったな。ついうっかり手が出ちまって」
大切に育てた我が子のような存在の命を奪っていたかもしれない相手に、どうしてこのように接することができるのだろう。責める言葉の一つもなく。
「俺は、本気だった。本気で彼の命を奪おうと――」
「それでも、最後には自分を取り戻した。それが "お前" なんだと、俺は思うぜ」
ルシエルは手の平で顔を覆った。
バラキエルは最初からその部分を見てくれていて、このような事があっても、その信頼が揺らぐことはないというのか。
「……俺も師匠って呼んでいいですか」
「ああ?」
雷光のバラキエルと伝説的に語り継がれ、慕う者が多いのも頷ける。それから、ミカエルの育ての親であることも。
「いいけどよ…。今更だが、ずいぶん変わったな」
「自分でもそう思います」
「まぁなんだ、よかった。あいつも穏やかな顔になったしな。……お前のおかげなんだろう」
バラキエルは浸みったれた空気を払うように小さく息を吐く。そうして何とはなしに夜空を見上げ、クッと笑った。
「酒が飲みたくなる月だ」
まあるい月は、杯に満ち満ちた酒のようである。
正確にそのイメージを読み取ったルシエルは、目を瞬いて苦笑した。
「まだ飲むんですか」
「お前ももっと飲めるだろ」
「俺はそんなに…。こうなって、ちょっと耐性が落ちたようで」
アルコールを感じはするものの、酔うという感覚がいまいちわからなかったルシエル。しかし今では、ふわふわと浮ついた心地になるのが感じられる。
もともと、それなりにアルコールに強い体質だったのだろう。ミカエルのように明らかに平時と異なる様子にならなくてよかったと、こっそり胸を撫で下ろしたのは秘密だ。
「へえ。他にも変化があるのか?」
「他には――」
二人は話しながら家に戻る。それを見守るように、晴れた空に美しい月が輝いていた。
「ああ。ナンバラで助けた王子――今では王か。そいつが、軍を率いて戦ったんだろ」
「ええ。ブランリスの王には恩義があるとかで。自ら率先して、前線に立つことを希望したそうです」
「ブランリスの王のために、か」
「陛下は強力な同盟相手を見つけたものです。ガルセレス、でしたか」
バラキエルがぐいと酒を煽る。
「二十代後半だってな」
「はい。童顔なので、もっと若く見えるらしいです」
ラムエルもこくりと一口。
「今回の一件は、ナピュラの統治を任されていた者が、現地で横暴を働いたため起きたものです。民衆の怒りが溢れ、騒動になったのです。それを若きナンバラ王率いる軍が、見事に抑え込んだという」
「統治を任されていた者はどうなった」
「追放されました。その野蛮さには、陛下も辟易していたそうです」
バラキエルは鼻で笑う。
「その騒動自体、陛下が裏で糸を引いてるんじゃねえか?」
「その者を追放するためのきっかけを、陛下が作ったと?」
「陛下が即位したときには、その家の奴がすでに統治を任されていたんだろう。代々受け継がれてきた地位だ。追っ払うには、正当な理由がいる」
「それもあるかもしれません」と、ラムエルは肩をすくめた。
「私は、若きナンバラ王の活躍が気になります」
「ブランリスは強力な後ろ盾を得た。それをアピールしたかったんじゃないか?」
「……そうですね」
ミカエルの意識が再び沈みそうになったとき、そっと肩を揺すられた。
「ミカ、部屋で休もう」
こくりと頷くと、立ち上がるのを手伝い、支えてくれる。
バラキエルがこちらを向いて声をかけた。
「わるいな」
「いえ」
そういえば、テーブルの上が綺麗に片付いている。ルシエルがやってくれたのかもしれない。
――ルシ、ありがと。
ちゃんと言えたかわからないが、ルシエルがこちらを向いて笑みを浮かべる。
「どういたしまして」
そのまま、ふわふわと雲の上を歩いている感覚でベッドに着いた。布団を被せてくれた彼の腕を取る。
「……おやすみ、ミカ」
意識が遠退くなか、頭を撫でられ、何かが髪に触れたような気がした。
ミカエルを部屋に送り届けたルシエルは、そっと家の外に出た。
見上げてみれば、見事な満月が。ほぅっと息を吐く。
そのとき、玄関ドアが開く音がして、バラキエルがやってきた。
「よぅ、もう飲まねえのか?」
「けっこう飲んだと思いますけど」
「他人行儀だな。まえみてぇに、普通に話せよ」
ルシエルは肩をすくめてバラキエルに向き直る。そうして、頭を下げた。
「ラムエルさんが言っていた通りです。俺は、彼の命を奪っていたかもしれない」
「よせ。俺が勝手にお前さんに頼んだんだ。重荷になっちまうかもしれねえと思っても、言いたかった。親もどきのエゴだ」
肩に手を置かれ、ルシエルは首を振って顔を上げた。
「……俺も彼が大切です。こんな人間が、そばにいない方がいい。そう思ったけれど、彼が望んでくれたから」
まっすぐにルシエルを捉える目はミカエルのようだ。ルシエルはくしゃりと笑う。
「共にありたい」
バラキエルはかすかに目を見開いて、苦笑した。
「それは、俺に許可を求めてんのか? 俺がどう言おうと、お前さんはあいつのところにいる気だろ」
「親御さん公認のほうが、安らかな心地でいられると思って」
「好きにすりゃあいい。あいつにはお前さんが、お前さんにはあいつが、必要なんだろうさ」
微妙な顔でいるルシエルの頭を、無骨な手ががしがし撫でる。
「っ、」
「お前も大変だったな、ルシエル」
温かな眼差しがルシエルに向けられていた。それはまるで、親のような――。
「そんなに驚くことか? わるかったな。ついうっかり手が出ちまって」
大切に育てた我が子のような存在の命を奪っていたかもしれない相手に、どうしてこのように接することができるのだろう。責める言葉の一つもなく。
「俺は、本気だった。本気で彼の命を奪おうと――」
「それでも、最後には自分を取り戻した。それが "お前" なんだと、俺は思うぜ」
ルシエルは手の平で顔を覆った。
バラキエルは最初からその部分を見てくれていて、このような事があっても、その信頼が揺らぐことはないというのか。
「……俺も師匠って呼んでいいですか」
「ああ?」
雷光のバラキエルと伝説的に語り継がれ、慕う者が多いのも頷ける。それから、ミカエルの育ての親であることも。
「いいけどよ…。今更だが、ずいぶん変わったな」
「自分でもそう思います」
「まぁなんだ、よかった。あいつも穏やかな顔になったしな。……お前のおかげなんだろう」
バラキエルは浸みったれた空気を払うように小さく息を吐く。そうして何とはなしに夜空を見上げ、クッと笑った。
「酒が飲みたくなる月だ」
まあるい月は、杯に満ち満ちた酒のようである。
正確にそのイメージを読み取ったルシエルは、目を瞬いて苦笑した。
「まだ飲むんですか」
「お前ももっと飲めるだろ」
「俺はそんなに…。こうなって、ちょっと耐性が落ちたようで」
アルコールを感じはするものの、酔うという感覚がいまいちわからなかったルシエル。しかし今では、ふわふわと浮ついた心地になるのが感じられる。
もともと、それなりにアルコールに強い体質だったのだろう。ミカエルのように明らかに平時と異なる様子にならなくてよかったと、こっそり胸を撫で下ろしたのは秘密だ。
「へえ。他にも変化があるのか?」
「他には――」
二人は話しながら家に戻る。それを見守るように、晴れた空に美しい月が輝いていた。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!
梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。
あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。
突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。
何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……?
人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。
僕って最低最悪な王子じゃん!?
このままだと、破滅的未来しか残ってないし!
心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!?
これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!?
前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー!
騎士×王子の王道カップリングでお送りします。
第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。
本当にありがとうございます!!
※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる