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7章.Rex tremendae
過ぎたこと
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バラキエルが家を出て行ってから、ミカエルはたくさんの体験をした。教会の人間になったし、子を宿して喪ったことは耳に入っているだろう。
諸々の感情を呑みこんで、ミカエルは俯きかげんで話しだす。
「ルシがデビル成分に意識呑まれて、闘うことになって。その黒い竜ってのは、たぶんその時のだ。最終的に、あいつが死のうとして…。んで、治癒したら、」
彼らになら、話してもいいだろう。
「俺の光氣で、だいぶデビルっ気が抜けたみてえで。もともと、あいつはああだったらしい」
「闘ったって、君が、彼と?」
「おう。あいつが自分取り戻したから、なんとかなった」
ルシエルのほうが力が強いのは、彼らにも感じられることだろう。ラムエルが言葉もないとばかりに首を振る。
重苦しい雰囲気に耐えかね、ミカエルはクッと口角を上げた。
「そんな深刻な顔すんなよ。ルシも元に戻れて、よかったって思ってんだ」
「それは結果論だ。一歩間違えれば、君は、……祝いの席に相応しい言葉じゃないな。君が無事でよかった。もちろん、彼が己を取り戻したのも」
「……おう」
それ以上、ラムエルがその話題に踏み込むことはなかった。こっそりそちらを見ると、バラキエルは目を伏せて酒を飲んでいた。
「衛兵はどうだい?」
「ああ、あんま変わんねえよ。たまに教皇の護衛すんのは、いい気分じゃねえけど」
テーブルに料理が並んでいく。もらった花を花瓶に活けて飾ったら、一気に華やかになった。
ルシエルも椅子に座り、グラスに酒が注がれる。
ラムエルがグラスを持ち上げ、テーブルの面々に目をやった。中身は酒ではないが、周りに合わせてミカエルもグラスを手に持つ。
「それでは、ミカエルの誕生日を祝して……乾杯!」
「乾杯!」
お祝い続きの日々である。けれど、お祝いモードは長くは続かなかった。
「あれからどうだった? 危険な目に遭ったりは」
ラムエルがじっとミカエルを見て言った。
「……まぁ、そんなに」
「まさか、また遭遇したのかい? 君を狙っている者たちに…」
そうして嘘が下手なミカエルは、結局メシアの会に遭遇した話をすることになったのだ。視界の端で、ルシエルも苦々しい顔をしている。
「金輪際、単独行動はしないでおくれ」
「へいへい」
これでは小言を聞く会だ。そんな事を思っていると、食後にお馴染みのケーキが登場した。
「贈り物っつっても浮かばなくてよ」
バラキエルは首に手をやり、バツが悪そうな顔をする。ミカエルは首を振って笑った。
「さんきゅ、師匠。これ食うと誕生日って気がする」
一年に一度の特別な日。そんな気がするのだ。
「来てくれただけで嬉しいし。……俺、どんな顔して会えばいいかわかんなくて、」
「隊長と同じだね」
コソッとラムエルが言った。バラキエルがすかさず睨む。
「おいラムエル、余計なことを言うな」
「言うなと言われたら言いたくなるのが人の性。今日だって、ウダウダしていたから引っ張って来たんだよ」
「っお前はもう黙ってろ」
「イヤですよ。もっと彼らの話を聞きたいじゃないですか。隊長のこともいっぱい言いつけてやりたいですし」
「おかわり、まだある?」
「おお…」
ジケルから視線を受けて立ち上がろうとしたら、ルシエルが先に動いていた。
賑やかに言い合うバラキエルとラムエルのやり取りを見るのは楽しい。ミカエルはそちらに意識をやったまま、グラスを手に取りゴクリと一口。
「っん゛、」
爽やかな果実水だったはずが妙な味で喉にクる。
「ミカ、それ俺が飲んでたお酒」
「ぅえ、ゲホッ」
ルシエルが慌ててキッチンからやってきて、ミカエルの飲んでいたグラスを渡してくれた。ミカエルは涙目でそれを受け取り、ゴクゴク飲む。
「一気にいったな…」
「っげほ、酒なんて、思わね、からっ」
まだ喉が熱い。喉だけでなく、顔全体…、身体まで熱くなってきた。フワフワして、頭が回らなくなってくる。ルシエルが心配そうな顔をしているのがおかしい。
「っはは、るし、どーしたんだよ?」
「……君、酔ってるな?」
「ああ? っくく、だれが」
もっと飲めと果実水を渡してくるので仕方なく口をつける。
「もうのめねー。おまえがのめば?」
「俺にはこれがある」
そちらに目をやったミカエルは目を輝かせた。ルシエルの手のなかのグラスが、とても魅力的に見えたのだ。
「おれものむ!」
「君はもう充分飲んだ」
「はあ? のんでねーって」
手を伸ばしても渡してくれない。ムッとして奪おうとしたら、手首を掴んで止められた。
「ミカ、それより俺が作ったサラダを食べてよ。ぜんぶ彼に食べられる前にさ」
ルシエルの視線を追うと、ジケルがガツガツ食べていた。
「いいたべっぷりだな!」
ミカエルにも、食べても食べても食べたい時期があったのだ。バラキエルが成長期だなと笑っていた。
「せーちょーきだな」
ミカエルはくつくつ笑う。
そんな彼の姿を見て、バラキエルが少し寂しそうな微笑を浮かべていたのだが。豹変したミカエルに気を取られた面々が気付くことはなかった。
すっかり眠ってしまい、ぼんやり意識が浮上したとき、バラキエルとラムエルはいつかのように戦の話をしていた。
諸々の感情を呑みこんで、ミカエルは俯きかげんで話しだす。
「ルシがデビル成分に意識呑まれて、闘うことになって。その黒い竜ってのは、たぶんその時のだ。最終的に、あいつが死のうとして…。んで、治癒したら、」
彼らになら、話してもいいだろう。
「俺の光氣で、だいぶデビルっ気が抜けたみてえで。もともと、あいつはああだったらしい」
「闘ったって、君が、彼と?」
「おう。あいつが自分取り戻したから、なんとかなった」
ルシエルのほうが力が強いのは、彼らにも感じられることだろう。ラムエルが言葉もないとばかりに首を振る。
重苦しい雰囲気に耐えかね、ミカエルはクッと口角を上げた。
「そんな深刻な顔すんなよ。ルシも元に戻れて、よかったって思ってんだ」
「それは結果論だ。一歩間違えれば、君は、……祝いの席に相応しい言葉じゃないな。君が無事でよかった。もちろん、彼が己を取り戻したのも」
「……おう」
それ以上、ラムエルがその話題に踏み込むことはなかった。こっそりそちらを見ると、バラキエルは目を伏せて酒を飲んでいた。
「衛兵はどうだい?」
「ああ、あんま変わんねえよ。たまに教皇の護衛すんのは、いい気分じゃねえけど」
テーブルに料理が並んでいく。もらった花を花瓶に活けて飾ったら、一気に華やかになった。
ルシエルも椅子に座り、グラスに酒が注がれる。
ラムエルがグラスを持ち上げ、テーブルの面々に目をやった。中身は酒ではないが、周りに合わせてミカエルもグラスを手に持つ。
「それでは、ミカエルの誕生日を祝して……乾杯!」
「乾杯!」
お祝い続きの日々である。けれど、お祝いモードは長くは続かなかった。
「あれからどうだった? 危険な目に遭ったりは」
ラムエルがじっとミカエルを見て言った。
「……まぁ、そんなに」
「まさか、また遭遇したのかい? 君を狙っている者たちに…」
そうして嘘が下手なミカエルは、結局メシアの会に遭遇した話をすることになったのだ。視界の端で、ルシエルも苦々しい顔をしている。
「金輪際、単独行動はしないでおくれ」
「へいへい」
これでは小言を聞く会だ。そんな事を思っていると、食後にお馴染みのケーキが登場した。
「贈り物っつっても浮かばなくてよ」
バラキエルは首に手をやり、バツが悪そうな顔をする。ミカエルは首を振って笑った。
「さんきゅ、師匠。これ食うと誕生日って気がする」
一年に一度の特別な日。そんな気がするのだ。
「来てくれただけで嬉しいし。……俺、どんな顔して会えばいいかわかんなくて、」
「隊長と同じだね」
コソッとラムエルが言った。バラキエルがすかさず睨む。
「おいラムエル、余計なことを言うな」
「言うなと言われたら言いたくなるのが人の性。今日だって、ウダウダしていたから引っ張って来たんだよ」
「っお前はもう黙ってろ」
「イヤですよ。もっと彼らの話を聞きたいじゃないですか。隊長のこともいっぱい言いつけてやりたいですし」
「おかわり、まだある?」
「おお…」
ジケルから視線を受けて立ち上がろうとしたら、ルシエルが先に動いていた。
賑やかに言い合うバラキエルとラムエルのやり取りを見るのは楽しい。ミカエルはそちらに意識をやったまま、グラスを手に取りゴクリと一口。
「っん゛、」
爽やかな果実水だったはずが妙な味で喉にクる。
「ミカ、それ俺が飲んでたお酒」
「ぅえ、ゲホッ」
ルシエルが慌ててキッチンからやってきて、ミカエルの飲んでいたグラスを渡してくれた。ミカエルは涙目でそれを受け取り、ゴクゴク飲む。
「一気にいったな…」
「っげほ、酒なんて、思わね、からっ」
まだ喉が熱い。喉だけでなく、顔全体…、身体まで熱くなってきた。フワフワして、頭が回らなくなってくる。ルシエルが心配そうな顔をしているのがおかしい。
「っはは、るし、どーしたんだよ?」
「……君、酔ってるな?」
「ああ? っくく、だれが」
もっと飲めと果実水を渡してくるので仕方なく口をつける。
「もうのめねー。おまえがのめば?」
「俺にはこれがある」
そちらに目をやったミカエルは目を輝かせた。ルシエルの手のなかのグラスが、とても魅力的に見えたのだ。
「おれものむ!」
「君はもう充分飲んだ」
「はあ? のんでねーって」
手を伸ばしても渡してくれない。ムッとして奪おうとしたら、手首を掴んで止められた。
「ミカ、それより俺が作ったサラダを食べてよ。ぜんぶ彼に食べられる前にさ」
ルシエルの視線を追うと、ジケルがガツガツ食べていた。
「いいたべっぷりだな!」
ミカエルにも、食べても食べても食べたい時期があったのだ。バラキエルが成長期だなと笑っていた。
「せーちょーきだな」
ミカエルはくつくつ笑う。
そんな彼の姿を見て、バラキエルが少し寂しそうな微笑を浮かべていたのだが。豹変したミカエルに気を取られた面々が気付くことはなかった。
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