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7章.Rex tremendae
めでたい
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ルシエルがやってきて、近くで首を傾げる。
白い箱の蓋を持って外すと、ロイヤルブルーのクッションの上に金色の翼型のブローチのような物が鎮座していた。
ミカエルは手に取ってひっくり返す。
裏側にはフックのようなものがついており、目を瞬いた。
「なんだ?」
「飾り…、剣を固定するホルダーとベルトを繋ぐ皮ひもの先につけるものだろうか」
「……ああ」
ミカエルはベルトを持ってきてつけてみる。
なるほど、ちょっとしたアクセントに最適だ。フックのないベルトを使用する際には、この飾りが留めの役割を果たしてくれる。
「わるくねぇな」
それから、今度はゾフィエルからもらった包みを開けてみた。
「コーヒー豆」
「ああ。ナンバラで見つけてな。少量しか採れない貴重なものらしく、なかなか国外に出回らないらしい」
「へぇ」
袋を開けて匂いを嗅ぐと、どこか花のような香りである。
「こんな豆もあるんだな」
「気に入ってもらえたか」
「おう。ありがと」
くっと口角を上げたとき、ルシエルが口を開いた。
「ミカ、明日は街に出よう」
「あ?」
「俺にも贈らせてくれ」
ミカエルは目を瞬く。
「べつにもらわなくても」
「俺がよくない」
この生活にルシエルがいる。それだけで嬉しいミカエルは、わざわざ街へ出なくてもいいのにと思ったのだが。
美麗な顔が、有無を言わさぬ笑みを浮かべるので。
「……おう」
結局、頷いてしまった。
ゾフィエルなどは、ルシエルの笑顔に固まっている。
「ゾフィ、おいゾフィ、メシ食ってくか?」
「ああ、すまない」
胸に手を当て、深呼吸。
「君は本当に変わったな」
視線の先のルシエルは、目を瞬いて小さく苦笑する。
「生まれ変わった気分です」
「っそんな、これまで通りにしてくれ。敬語は不要だ」
「今後は普通の人間として、礼節をわきまえようと思ったんですけど?」
「私には不要。ただでさえ、ルシ……前のルシエルに雰囲気が似て、落ち着かないというのに…」
ゾフィエルの動揺のもとは、どうやらそれらしい。
「俺、そんなに似てる?」
一方ルシエルは、サラッと敬語をやめてラフな感じだ。
「髪色や声に加えて、雰囲気や氣質がな。いよいよルシエルといった感じがする」
「前のルシエルは、いい人だったとか」
「ああ。慕う者は多かった」
「へぇ」
顎に手をやるルシエルは、どことなく企みでもあるような雰囲気である。
「なに考えてんだよ」
「味方は多いに越したことはない」
「あ?」
「前のルシエルがいい人でよかったよ」
前のミカエルと比べられ、妙な反応をよくされたミカエルは片眉を上げた。
「さ、料理料理」
ルシエルの目はすでにキッチンへ向いている。
「突然来てしまったが、材料は足りるか? 食材も持って来ればよかったな」
「平気。だろ? ミカ」
「……おう」
ミカエルはルシエルの後を追い、キッチンに立つ。ただ座って待ってなどいられないとゾフィエルが言い、料理は三人でやった。と言っても、ミカエルはほぼ指示を出していただけだ。
「君は誕生日なんだから」
とのことで、ルシエルがだいたいやってくれたのだ。
包丁を持ったゾフィエルは新鮮だった。一人暮らしが長いため、料理の腕は上々。ルシエルと並んで料理する彼は、ちょっと嬉しそうだ。
「君が自分らしくいられるようになって、本当によかった」
「 "ルシエル" だから?」
「違うとは言いきれないが、それだけではない。私のバディ…、ミカには君が必要だ。それに、本当の君を知ることができて純粋に嬉しくもある」
「その彼を殺めようとした相手なのに?」
「それは君が入れられたデビルのせいだろう。私は、君もミカもそれと闘っていたのだと思う」
ルシエルはかすかに目を丸くして、「……なるほど」と呟いた。
「それに。あの闘いはミカから始めたものだ。彼の思いが行動となり、今がある。その過程で彼の身に起こったことは、彼の招いた結果であって、他の誰にも責任を負うことはできないだろう」
野菜を切り終えたゾフィエルは、静かに包丁を置く。
ミカエルは、彼が前のルシエルに関する真相を追っていることを思い出した。
「それがおまえの出した結論?」
「……あの方は、己の意思を全うされたのだと信じている。その死を、誰かのせいになどしたくない。そのように軽々しいものだとは思わない」
何者にも奪われていない。彼の意思は、彼の命は、最期まで彼のものだった。
緑味を帯びた群青色の瞳が、凛とミカエルを映している。
例え命を落としても、誰のせいでもない。本人の責任だと言い切る言葉は、一見冷たく感じるが、命への最大限の敬意なのだ。
「俺もそう思うぜ」
ミカエルはふっと笑む。
もしルシエルに殺されていたとしても、少しも彼を憎む気持ちは湧かなかっただろう。――命が尽きる最後の瞬間まで思いのままに生きた。そんな充実感すら、あったかもしれない。
そこでおもむろにルシエルが口を開いた。
「死を語るのはその辺にして、そろそろ生に目を向けない? 命の話には違いないけれど」
そう、今日はミカエルの誕生日なのである。
「そうだな、すまん」
ゾフィエルは苦笑して料理を続けた。
そうして、いつもと同じような晩飯を三人でいただく。
「ミカ、誕生日おめでとう」
「おめでとう」
ルシエルとゾフィエルはお酒で乾杯だ。
こうしてまた三人でいることができること。そのことこそ、ミカエルは祝いたい気分だった。料理が美味しく感じられるのもひさしぶりだ。
「そういや、おまえと闘ってたヤツはどうなったんだ?」
「瞬間移動でいなくなってしまってな、行方は不明だ」
ゾフィエルが答えれば、ルシエルが肩をすくめる。
「どこかでこれまで通り、生きてるだろう」
「ああ。致命傷となるような傷ではなかった」
ベリアルだったか。
ミカエルは少しだけ彼に同情してしまう。研究所から抜け出して、やっと同胞に会えたのに、その相手は彼といることを選ばなかったのだ。
「彼が気になる?」
「……ちょっとな」
フォークに刺していた野菜を口に突っ込んでルシエルに目をやると、彼は笑みを深めた。
「俺は、君の味方だ」
――そのような事を考えていたわけではないのだが。
ミカエルはコクリと頷いて、もぐもぐ口を動かした。
白い箱の蓋を持って外すと、ロイヤルブルーのクッションの上に金色の翼型のブローチのような物が鎮座していた。
ミカエルは手に取ってひっくり返す。
裏側にはフックのようなものがついており、目を瞬いた。
「なんだ?」
「飾り…、剣を固定するホルダーとベルトを繋ぐ皮ひもの先につけるものだろうか」
「……ああ」
ミカエルはベルトを持ってきてつけてみる。
なるほど、ちょっとしたアクセントに最適だ。フックのないベルトを使用する際には、この飾りが留めの役割を果たしてくれる。
「わるくねぇな」
それから、今度はゾフィエルからもらった包みを開けてみた。
「コーヒー豆」
「ああ。ナンバラで見つけてな。少量しか採れない貴重なものらしく、なかなか国外に出回らないらしい」
「へぇ」
袋を開けて匂いを嗅ぐと、どこか花のような香りである。
「こんな豆もあるんだな」
「気に入ってもらえたか」
「おう。ありがと」
くっと口角を上げたとき、ルシエルが口を開いた。
「ミカ、明日は街に出よう」
「あ?」
「俺にも贈らせてくれ」
ミカエルは目を瞬く。
「べつにもらわなくても」
「俺がよくない」
この生活にルシエルがいる。それだけで嬉しいミカエルは、わざわざ街へ出なくてもいいのにと思ったのだが。
美麗な顔が、有無を言わさぬ笑みを浮かべるので。
「……おう」
結局、頷いてしまった。
ゾフィエルなどは、ルシエルの笑顔に固まっている。
「ゾフィ、おいゾフィ、メシ食ってくか?」
「ああ、すまない」
胸に手を当て、深呼吸。
「君は本当に変わったな」
視線の先のルシエルは、目を瞬いて小さく苦笑する。
「生まれ変わった気分です」
「っそんな、これまで通りにしてくれ。敬語は不要だ」
「今後は普通の人間として、礼節をわきまえようと思ったんですけど?」
「私には不要。ただでさえ、ルシ……前のルシエルに雰囲気が似て、落ち着かないというのに…」
ゾフィエルの動揺のもとは、どうやらそれらしい。
「俺、そんなに似てる?」
一方ルシエルは、サラッと敬語をやめてラフな感じだ。
「髪色や声に加えて、雰囲気や氣質がな。いよいよルシエルといった感じがする」
「前のルシエルは、いい人だったとか」
「ああ。慕う者は多かった」
「へぇ」
顎に手をやるルシエルは、どことなく企みでもあるような雰囲気である。
「なに考えてんだよ」
「味方は多いに越したことはない」
「あ?」
「前のルシエルがいい人でよかったよ」
前のミカエルと比べられ、妙な反応をよくされたミカエルは片眉を上げた。
「さ、料理料理」
ルシエルの目はすでにキッチンへ向いている。
「突然来てしまったが、材料は足りるか? 食材も持って来ればよかったな」
「平気。だろ? ミカ」
「……おう」
ミカエルはルシエルの後を追い、キッチンに立つ。ただ座って待ってなどいられないとゾフィエルが言い、料理は三人でやった。と言っても、ミカエルはほぼ指示を出していただけだ。
「君は誕生日なんだから」
とのことで、ルシエルがだいたいやってくれたのだ。
包丁を持ったゾフィエルは新鮮だった。一人暮らしが長いため、料理の腕は上々。ルシエルと並んで料理する彼は、ちょっと嬉しそうだ。
「君が自分らしくいられるようになって、本当によかった」
「 "ルシエル" だから?」
「違うとは言いきれないが、それだけではない。私のバディ…、ミカには君が必要だ。それに、本当の君を知ることができて純粋に嬉しくもある」
「その彼を殺めようとした相手なのに?」
「それは君が入れられたデビルのせいだろう。私は、君もミカもそれと闘っていたのだと思う」
ルシエルはかすかに目を丸くして、「……なるほど」と呟いた。
「それに。あの闘いはミカから始めたものだ。彼の思いが行動となり、今がある。その過程で彼の身に起こったことは、彼の招いた結果であって、他の誰にも責任を負うことはできないだろう」
野菜を切り終えたゾフィエルは、静かに包丁を置く。
ミカエルは、彼が前のルシエルに関する真相を追っていることを思い出した。
「それがおまえの出した結論?」
「……あの方は、己の意思を全うされたのだと信じている。その死を、誰かのせいになどしたくない。そのように軽々しいものだとは思わない」
何者にも奪われていない。彼の意思は、彼の命は、最期まで彼のものだった。
緑味を帯びた群青色の瞳が、凛とミカエルを映している。
例え命を落としても、誰のせいでもない。本人の責任だと言い切る言葉は、一見冷たく感じるが、命への最大限の敬意なのだ。
「俺もそう思うぜ」
ミカエルはふっと笑む。
もしルシエルに殺されていたとしても、少しも彼を憎む気持ちは湧かなかっただろう。――命が尽きる最後の瞬間まで思いのままに生きた。そんな充実感すら、あったかもしれない。
そこでおもむろにルシエルが口を開いた。
「死を語るのはその辺にして、そろそろ生に目を向けない? 命の話には違いないけれど」
そう、今日はミカエルの誕生日なのである。
「そうだな、すまん」
ゾフィエルは苦笑して料理を続けた。
そうして、いつもと同じような晩飯を三人でいただく。
「ミカ、誕生日おめでとう」
「おめでとう」
ルシエルとゾフィエルはお酒で乾杯だ。
こうしてまた三人でいることができること。そのことこそ、ミカエルは祝いたい気分だった。料理が美味しく感じられるのもひさしぶりだ。
「そういや、おまえと闘ってたヤツはどうなったんだ?」
「瞬間移動でいなくなってしまってな、行方は不明だ」
ゾフィエルが答えれば、ルシエルが肩をすくめる。
「どこかでこれまで通り、生きてるだろう」
「ああ。致命傷となるような傷ではなかった」
ベリアルだったか。
ミカエルは少しだけ彼に同情してしまう。研究所から抜け出して、やっと同胞に会えたのに、その相手は彼といることを選ばなかったのだ。
「彼が気になる?」
「……ちょっとな」
フォークに刺していた野菜を口に突っ込んでルシエルに目をやると、彼は笑みを深めた。
「俺は、君の味方だ」
――そのような事を考えていたわけではないのだが。
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