God & Devil-Ⅱ.森でのどかに暮らしたいミカエルの巻き込まれ事変-

日灯

文字の大きさ
上 下
158 / 174
7章.Rex tremendae

昼日中

しおりを挟む
 コーヒーを飲み干す頃には森で過ごしていた日々の感覚を取り戻し、二人の足は自然に畑へ向いた。

「げ、」
「うわぁ、懐かしい光景だ」

 それはまるで聖学校から帰還したときのよう。
 好き勝手に伸びた雑草たちに、育てていた野菜たちが呑みこまれている。

 ――すっかり忘れてた。

「そんなに長い間アクレプンにいたんだ?」
「……おまえがいなくなってから、あんま家に帰ってなかったんだ」

 ムスッと言えばちらりと視線が寄越され、慰めるように肩に腕を回された。
 そっと耳許で落とされる。

「さびしかった?」
「っうるせえ」

 ミカエルは眉根を寄せて彼を押しのけ、さっさと雑草取りに向かった。
 耳が熱い。
 ルシエルがくつくつ笑っている。

「突っ立ってねえでおまえもやれよ」
「はいはい、ただいま」

 どことなく、わがままなお姫様にお仕えしている従者感のある受け答えに、ミカエルの眉がピクリと動く。彼の靴目掛け、げしっと土を蹴り上げた。

「……ミカ、靴に入るだろ」
「へーへーわるかった、な」

 おざなりに言葉を発したミカエルの顔面にかかった土。ルシエルが思い切り雑草を引き抜いた拍子に飛んだのだ。

「あ、ごめん」

 ミカエルは思わず手に持っていた雑草の束をルシエルに投げつけた。

「っわざとじゃないって!」
「そいつはスゲェ偶然だ」
「おっと、うっかり」

 再び飛んできた土は偶然ではないだろう。

「……いい度胸だな」

 こうして雑草取りはいつしか土かけ合戦の様相となり、たびたび土に混じって飛んでくる虫たちを交え、ますますヒートアップしていった。

「ッギャ、」
「ッハ、どっから声出てん゛ブッ」
「油断したな。口を開けてるのが悪い」
「っのッ」

 そうしてすっかり雑草がなくなった頃、肩で息をする二人は互いの汚れっぷりを見て動きを止める。

「っく、」
「っふふ、っは、」

 笑い出したら止まらなかった。

「おまっ、ひでぇ顔…っ」
「っ君もだ、」

 こんなに笑ったのはいつぶりだろう。

「はぁあ、全身土だらけ」
「川行こうぜ」
「寒くない時期でよかったよ」

 二人は手で服についた土を払いつつ、小川の下流へ向かう。川幅は徐々に広がり、ちょっとした滝のようになっていた。

「……まさか?」

 ルシエルがミカエルに顔を向けると、ミカエルはニッと笑み、えいやと滝壺にジャンプした。

 ザバーンッ

 水の轟きを掻き分け水面に顔を出す。
 冷たい水が気持ちいい。少し泳いでルシエルのいる方を見上げた。手を上げてやれば、肩をすくめて彼も飛ぶ。
 滝壺に呑まれた水しぶき。
 少しして、ぷはっと水面から顔を出した。 

「きもちぃだろ」
「水っ、冷たすぎ! っと、待って、靴脱げそう」
「おまえ、そこで足着くのかよ」
「ギリギリね」

 ミカエルは脱いだ靴を両手に持ってやって来たルシエルを半目で迎え、靴を乾かすために川から上がることにした。
 身体にべっちょりくっつくシャツも脱ぎ去り、手で絞る。ズボンに手を掛けたとき、ふとルシエルの方を向くと目を閉じて集中していた。
 彼を中心に結界が広がる。

「ここに誰も来ないように」

 にこりと笑みを浮かべた顔が有無を言わさぬ様子だったので、ミカエルは言葉を呑んでズボンを脱いだ。
 すべすべした大きな岩肌に服を広げて干しておく。下履き一枚で川に戻って、清らかな水の心地良さに目を閉じた。
 暑い時期には、よくここに来て飛び込んだりなんだり、一人で遊んでいたものだ。聖学校に行くまでは、そうやって自然の中で過ごすのが日常だった。

 ――なんか色々、考えるようになっちまったな。

 ふと大きな岩の方へ目をやれば、同じく服を脱いだルシエルが片膝を立てて座っており、そよぐ風に心地よさそうに目を閉じていた。
 そういえば、以前、海で水をかけようとしたとき、彼は闇を展開して防いでいた。

「なぁ、なんで防がなかったんだ?」

 声を掛ければ、目蓋が開いて紫水色の瞳がミカエルを捉える。

「防ぐ?」
「土」
「……ああ、その方が楽しそうだったから」

 たしかに、雑草取りもとい土かけ合戦は大いに白熱した。それは、彼が同じ土俵に乗ってくれたからだったのだ。

「それに、このままだと、前みたいに無尽蔵に力が使えなくてね」
「あ?」

 そうだ、彼の底なしの力は、重い感情をエネルギァに換える能力によって得られていた。

「家で見してくれたみてぇに、前の姿になる必要があるってことか」
「そう。今の俺には、集中してあの状態を保つのは大変なんだ」

 それでも、ミカエルよりキャパシティが大きいことには変わりないのだが。

「……不便になったんだな」
「これが普通なんだし、そんな風には思わないさ」

 ルシエルは濡れ髪を掻き上げ、穏やかに微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!

梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。 あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。 突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。 何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……? 人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。 僕って最低最悪な王子じゃん!? このままだと、破滅的未来しか残ってないし! 心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!? これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!? 前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー! 騎士×王子の王道カップリングでお送りします。 第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。 本当にありがとうございます!! ※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...