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7章.Rex tremendae
払暁
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ミカエルは驚いて目を丸くする。
「クリス可愛がったりしてただろ」
「うーん、そうなんだけど。無機質な感覚だったというかな」
「俺の目が気に入ってるって、」
「うん。自分を取り戻せてよかったって、一番思ってるところ」
にこりと笑ったルシエルに、ミカエルは眉根を寄せる。
「どういう意味だよ?」
「君が大切ってことさ」
ミカエルはウッと口を噤んだ。
たしかに、このような事を以前のルシエルが言うイメージはまったくない。それもデビル成分の影響だったとは驚きだ。
「心がとっても軽くなった感じで、自然に口角が上がってしまうんだけど。おかしいかな」
自身の心の変化には、ルシエルも戸惑っているらしい。片眉を下げ、困ったような顔をする。
それがあまりに以前の彼らしくなく自然な感じで。
それこそ本来の彼なのかもしれないと思うと切なくて。
様々な感情が巡った結果、自分でもわけがわからなくなり、ミカエルはくつくつ笑ってしまった。
「ミカ、そんなに笑うこと? 俺は真剣に悩んでるんだけど」
「っ、いいんじゃね、の」
「そんなに変なのか…」
「ちげっ、前とぜんぜんっ、ちげぇからっ」
改めてルシエルを見てみると、どこかホワッとしていて本当に別人のようである。
――それもそうか。
内にあるデビル成分のせいで、常に心に重たい錘を付けられていたようなものなのだ。本来の彼は、こんなにも穏やかで。
だから耐えられたのかもしれない。
デビル成分とあまりに自己が異なっていたから。重たい感情に引きずられても自身を保ち、呑まれずに済んでいたのだろう。幼い頃にルシファーにされてから、ずっと――。
苦しかったと思う。笑える気分になんて、なかなかなれないだろう。それでもルシエルは己を見失わず、最後には打ち勝った。
「強ぇな」
「……なに、突然」
本来の自分を取り戻した彼をまっすぐ捉え、ミカエルはクッと口角を上げる。
「ぜんぜん変じゃねえよ」
「……それならいいけど」
これからの人生、たくさん笑えるといい。ルシエルが、本来の彼らしく。
「そういえば君、洞窟に来たとき、俺に言いたいことがいっぱいあるって言ってたね」
「っあれは、」
その言葉でパッと思い出したミカエルは、にわかに言い淀む。
ルシエルが「ん?」と首を傾げた。
「……おまえと闘うまえ、ゾフィと力の融合して、」
「最後までヤったわけ」
「してねーよ。ヤる気だったけど、俺がぜんぜん、わかってねかったから…」
そこでミカエルは、ルシエルをキッと睨んだ。
「おまえ、言えよな。口付けって、ホントはそんな特別なことじゃねえんだろ」
「……彼とした?」
「してねえけど。そんで、色々話して、」
感情を逃がすように息を吐き、睫毛を伏せる。
「おまえにシてもらったとき、ぜんぜんおまえの事考えてなくて、わるかった」
「イマリゴでのことなら、謝るのは俺のほうだ」
「おまえがあんな風にしたのは、俺が何もわかってなかったからだろ。……最後、ゆっくりやってくれたとき、そういうモンじゃねえって、おまえは伝えようとしてくれたのかもなって」
今なら少し、わかる気がするのだ。
おもむろにルシエルが立ち上がり、ミカエルの隣に座る。ソファの上で握りしめていた手に彼の手が重なった。
「……重い感情に呑まれて優しくできなかったこと、後悔してる。君がツラい体験ばかりしてきたのは知っていたから。俺はそんな風にはしたくないって、思ってたんだけど」
ミカエルは首を振った。
「おまえは悪くねえよ」
「君だって悪くない」
そろりと顔を上げると、眉尻を下げた彼の顔が近くにあった。
「君は、自分を責める必要なんてない」
「おまえだってねえ」
美麗な顔がくしゃりと笑う。
「それならさ、過去の自分を責めるのは、お互いこれっきりにしよう。比べようもないほど、俺は酷い行いをたくさんしたけれど。……自分を許すよ。だからミカ、君も」
ミカエルはこくりと頷いて、彼の肩に額を寄せた。
まるで懺悔だ。
頭を撫でてくれる手が優しくて、胸が震える。後悔したり、自分を責めたり。この頃はそんなのばかりだった。そこから自分を解放するのは、どうしてか、少し勇気が必要だ。
すっかり慣れ親しんでしまった感情だからかもしれない。
許されていいのだろうかと、らしくもなく思う。けれど、ミカエルよりずっと多くの苦しみを背負ってきたルシエルが、そうすると言うのだ。
たぶんミカエルのために、彼はそう決めた。
自分を責めたままでいてほしくないと、ミカエルが思ったからだ。
「おまえはすげぇよ」
「なにが?」
「切り替えが早ぇ」
「君も早いだろう。俺の場合は、バグってるのかもね」
「バグ?」
顔を上げると、美しい紫水色の瞳がミカエルを捉えていた。
「君のためなら、世界を敵に回しても構わない」
「……は、」
「今後はパーティーでもなんでも同行するよ」
「、ホントか!?」
「ホント」
招待状が届くたび、彼も来てくれたらいいのにと思っていたのだ。
――次からルシも来てくれる…!
少し前に考えていたことも忘れて、ミカエルは目を輝かせた。
「クリス可愛がったりしてただろ」
「うーん、そうなんだけど。無機質な感覚だったというかな」
「俺の目が気に入ってるって、」
「うん。自分を取り戻せてよかったって、一番思ってるところ」
にこりと笑ったルシエルに、ミカエルは眉根を寄せる。
「どういう意味だよ?」
「君が大切ってことさ」
ミカエルはウッと口を噤んだ。
たしかに、このような事を以前のルシエルが言うイメージはまったくない。それもデビル成分の影響だったとは驚きだ。
「心がとっても軽くなった感じで、自然に口角が上がってしまうんだけど。おかしいかな」
自身の心の変化には、ルシエルも戸惑っているらしい。片眉を下げ、困ったような顔をする。
それがあまりに以前の彼らしくなく自然な感じで。
それこそ本来の彼なのかもしれないと思うと切なくて。
様々な感情が巡った結果、自分でもわけがわからなくなり、ミカエルはくつくつ笑ってしまった。
「ミカ、そんなに笑うこと? 俺は真剣に悩んでるんだけど」
「っ、いいんじゃね、の」
「そんなに変なのか…」
「ちげっ、前とぜんぜんっ、ちげぇからっ」
改めてルシエルを見てみると、どこかホワッとしていて本当に別人のようである。
――それもそうか。
内にあるデビル成分のせいで、常に心に重たい錘を付けられていたようなものなのだ。本来の彼は、こんなにも穏やかで。
だから耐えられたのかもしれない。
デビル成分とあまりに自己が異なっていたから。重たい感情に引きずられても自身を保ち、呑まれずに済んでいたのだろう。幼い頃にルシファーにされてから、ずっと――。
苦しかったと思う。笑える気分になんて、なかなかなれないだろう。それでもルシエルは己を見失わず、最後には打ち勝った。
「強ぇな」
「……なに、突然」
本来の自分を取り戻した彼をまっすぐ捉え、ミカエルはクッと口角を上げる。
「ぜんぜん変じゃねえよ」
「……それならいいけど」
これからの人生、たくさん笑えるといい。ルシエルが、本来の彼らしく。
「そういえば君、洞窟に来たとき、俺に言いたいことがいっぱいあるって言ってたね」
「っあれは、」
その言葉でパッと思い出したミカエルは、にわかに言い淀む。
ルシエルが「ん?」と首を傾げた。
「……おまえと闘うまえ、ゾフィと力の融合して、」
「最後までヤったわけ」
「してねーよ。ヤる気だったけど、俺がぜんぜん、わかってねかったから…」
そこでミカエルは、ルシエルをキッと睨んだ。
「おまえ、言えよな。口付けって、ホントはそんな特別なことじゃねえんだろ」
「……彼とした?」
「してねえけど。そんで、色々話して、」
感情を逃がすように息を吐き、睫毛を伏せる。
「おまえにシてもらったとき、ぜんぜんおまえの事考えてなくて、わるかった」
「イマリゴでのことなら、謝るのは俺のほうだ」
「おまえがあんな風にしたのは、俺が何もわかってなかったからだろ。……最後、ゆっくりやってくれたとき、そういうモンじゃねえって、おまえは伝えようとしてくれたのかもなって」
今なら少し、わかる気がするのだ。
おもむろにルシエルが立ち上がり、ミカエルの隣に座る。ソファの上で握りしめていた手に彼の手が重なった。
「……重い感情に呑まれて優しくできなかったこと、後悔してる。君がツラい体験ばかりしてきたのは知っていたから。俺はそんな風にはしたくないって、思ってたんだけど」
ミカエルは首を振った。
「おまえは悪くねえよ」
「君だって悪くない」
そろりと顔を上げると、眉尻を下げた彼の顔が近くにあった。
「君は、自分を責める必要なんてない」
「おまえだってねえ」
美麗な顔がくしゃりと笑う。
「それならさ、過去の自分を責めるのは、お互いこれっきりにしよう。比べようもないほど、俺は酷い行いをたくさんしたけれど。……自分を許すよ。だからミカ、君も」
ミカエルはこくりと頷いて、彼の肩に額を寄せた。
まるで懺悔だ。
頭を撫でてくれる手が優しくて、胸が震える。後悔したり、自分を責めたり。この頃はそんなのばかりだった。そこから自分を解放するのは、どうしてか、少し勇気が必要だ。
すっかり慣れ親しんでしまった感情だからかもしれない。
許されていいのだろうかと、らしくもなく思う。けれど、ミカエルよりずっと多くの苦しみを背負ってきたルシエルが、そうすると言うのだ。
たぶんミカエルのために、彼はそう決めた。
自分を責めたままでいてほしくないと、ミカエルが思ったからだ。
「おまえはすげぇよ」
「なにが?」
「切り替えが早ぇ」
「君も早いだろう。俺の場合は、バグってるのかもね」
「バグ?」
顔を上げると、美しい紫水色の瞳がミカエルを捉えていた。
「君のためなら、世界を敵に回しても構わない」
「……は、」
「今後はパーティーでもなんでも同行するよ」
「、ホントか!?」
「ホント」
招待状が届くたび、彼も来てくれたらいいのにと思っていたのだ。
――次からルシも来てくれる…!
少し前に考えていたことも忘れて、ミカエルは目を輝かせた。
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