God & Devil-Ⅱ.森でのどかに暮らしたいミカエルの巻き込まれ事変-

日灯

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7章.Rex tremendae

晨光

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 着替えてリビングに向かうと、ルシエルがコーヒー豆を取り出していた。
 彼は振り返ってかすかに笑む。

「二人分って、どれくらい? 思い返してみたら、君がやるのを最初から見たことがなかった」
「……ああ、」

 ミカエルは麻袋から必要な量を取り、コーヒーミルに入れる。
 ダイアルを回して、ガラガラと豆を挽き始めた。

「この音…、それから、香りにつられて起きていたんだ」
「これがなかったら、もっと寝てたのか?」
「そうだね。俺は君のように早起きじゃない」
「へぇ」

 目を細めてミカエルの手許を覗きこんでいるのを見るに、早起きが苦痛だったわけではなさそうだ。

「そういうの、もっと話せよ。朝メシの時間、明日からもうちょい遅くする」
「お腹空かない?」
「べつに」
「そしたら、朝食までどうするの?」

 ルシエルは話し方まで柔らかになった気がする。

「剣の稽古でもするかな…」
「一人で?」
「おう。イメトレは大事だろ」
「ふぅん」

 彼にちらと目をやり、手許に視線を戻す。

「あと、瞑想とか」
「やってるんだ」
「師匠がやってたんだよ。そんで、俺もやるようになった。……ここ出て、すっかり忘れてたけどな」

 何はともあれ、再び二人分のコーヒーを淹れられることに喜びを感じ、ミカエルの口角は自然と上がっていた。
 リビングのソファに落ち着いて、コーヒーを飲みながら一人で過ごした日々を思い出す。ルシエルに促され、湖畔の村で絶体絶命になったところをハニエルたちに助けられた話もした。
 静かに聞いていたルシエルの顔が強張る。

「まさか君が、そんな危機におちいるなんて」
「一人になって痛感した。俺はぜんぜん強くねえんだ」

 ミカエルは睫毛を伏せて息を吐く。
 それから、戴冠式に出た話や、アクレプンに行っていたことも話した。けれどレリエルに首を絞められたことは、どうしてか言えなかった。

「ヤグニエも忘れてたけど、妹に聞いて、何があったか知ってるようだった」
「彼といて、ツラくなかった?」
「おう。あいつの別荘、全部忘れるくらい良い所だったぜ」

 ルシエルはヤグニエの話をしても穏やかなままである。ミカエルは不思議な気分で彼を眺めた。

「なに?」
「……いや、普通に聞いてるから」
「彼は良くしてくれたんだろう? 君に逃避行先があったのは幸いだ。俺のせいで…、聖正教圏に戻らざるを得なかったんだな」

 眉根を寄せるルシエルに、ミカエルはクッと笑む。

「あそこは確かにいい所だったけど、おまえといる方がいい」
「窮屈な世界でも?」
「どこだっていいぜ。おまえはおまえしかいねえんだ」

 彼がいるだけで、こんなにも心が落ち着く。それを今、ミカエルはまざまざと実感していた。

「……ミカ、ハグしていい?」
「おう?」

 ミカエルを抱き締めたルシエルは、首の後ろで大きなため息を溢した。

「なんだよ」
「君の無邪気は素晴らしい魅力で、とっても性質たちがわるい」
「……褒められてんのか貶されてんのかわかんねえ」
「褒めてる」

 ――無邪気とは。
 ハグされている間、ミカエルは眉根を寄せて考えてしまった。


 ソファに落ち着いて、人心地。

「おまえ、雰囲気まで変わってねえ?」

 コーヒーを啜りながら、ミカエルはじーっとルシエルを見てしまう。
 こちらを向いたルシエルはかすかに笑みを浮かべており、色味の変化などを差し置いても、だいたいいつも無表情だった以前とは別人のようなのだ。

「それも光氣のおかげだ」

 ルシエルは穏やかに笑った。

「……性格まで変えちまったのか?」
「デビル成分がかなり減って、いつも居座っていた重たい感情がなくなったんだ。今はもう、意識しないと出てこない」

 そう言って目を瞑ると、数秒で黒髪になり、ゾワリとする氣質になった。目蓋がゆっくり上げられて、紅の瞳が現れる。

「っ、」

 日溜りのような氣質から一気に変わったこともあり、鳥肌が立った。
 彼がふっと息を吐くと、色味や氣質が一瞬で温かなものに戻る。

「……なくなったわけじゃねえんだな」
「集中していないと維持できないくらい、些細なものだ」

 ミカエルはホッと息を吐くように頷く。ルシエルは、ふっと笑って口を開いた。

「君の光氣に触れて、光を取り戻したようだった。好きとか愛おしいとか、そういう感情もわかるようになったんだ」
「これまでわかんなかったのか?」
「そういう感情があるのは知ってたし、理解してたんだけどね。感じることは…」

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