God & Devil-Ⅱ.森でのどかに暮らしたいミカエルの巻き込まれ事変-

日灯

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6章.Tuba mirum

王族ぞくぞく

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「ところで、そなたは衛兵になったのだな」
「おう。色々あってな。まぁ、仕方なく」
「うむ…。少し痩せたか? 例の件の影響か?」
「あのことはもう、自分の中でちゃんと終わってる」
「それにしては、イファノエで会ったときより線が細くなったような…」

 フェルナンデルは顎に手を当て、ミカエルをジロジロ見る。

「印象がどこか違う。……儚げ、とでもいうのか。そなたはもっとツンツンで、エネルギッシュなイメージだったのだ」
「呼んだか? フェルナンデル」

 唐突に話に入ってきたのは、男装の令嬢、女騎士のゼベルである。グラスを手に佇む姿は相変わらず男勝りで麗しい。フェルナンデルは肩をすくめている。

「呼んでいない」
「つれないねぇ。お、ミカエル。ついに衛兵になったんだな。……ん?」

 おもむろにミカエルに近づいた彼女は、すっと指を伸ばしてミカエルのおとがいを持ち上げ、顔を寄せてきた。

「綺麗になったな。恋でもしたか。いやいや、おまえは男だし…」
「おい、近えよ」
「おまえが女だったらこのまま浚ってやるところだが」
「俺は男だ」
「はぁ…、惜しいな」

 半目で言えば、ようやく顔を解放された。そこにイザベルがやって来る。

「ごきげんよう。パーティーは満喫しているかしら?」
「ああ、イザベル。楽しんでるぜ」
「ゼベル、そなたはお酒があれば満足なのでしょ」

 そうしてミカエルに目をやると、イザベルはかすかに眉を上げた。

「綺麗になったよな」

 すかさずゼベルが揶揄する。

「……そうね。以前は磨き抜かれた天然石のような輝きを感じたけれど、いまは硝子細工のようだわ」
「ああ?」

 ミカエルは片眉を上げる。

「強い志はどうしたの」
「は?」
「人々のために励んでいると言っていたでしょう」

 ――いや、言ってねえけど。

 それはさておき、揃いも揃ってこのような事を言われれば、ミカエルも認めざるを得なかった。
 ルシエルがいなくなってからよく眠れないし、食欲もあまりない。それが恋かは知らないが、ルシエルのことばかり考えてしまうのだ。

「環境が変わって、疲れが出ているのかもしれんな」

 フェルナンデルの言葉で軽やかな会話が戻った。それから彼女たちは一通り好き勝手に話すと、それぞれ去った。

「すまない」

 ふと落とされた言葉に顔を上げる。
 フェルナンデルは、苦しそうな顔をしていた。

「一人で溜め込まないようにな。私でよければ、話を聞くぞ」
「どーも」

 ミカエルは睫毛を伏せる。
 フェルナンデルが苦笑したとき、麗しい美貌の女性がやって来て、彼の隣に並んだ。
 ローズピンクの髪がふわりと揺れる。柔らかな印象の女性である。

「アンナ」

 フェルナンデルは目を瞬いて、ミカエルの方を向いた。

「紹介しよう。エルアンナ。我が妻だ。アンナ、彼はミカエル」
「はじめまして。彼からあなたの話を聞いて、お会いしてみたいと思っていたの」
「……はじめまして」

 ミカエルは小さくお辞儀した。フェルナンデルの結婚相手についてイメージしたことなどなかったが、なんというか、意外な気がする。

「何か言いたそうな顔だな」

 フェルナンデルが悪戯に目を細めた。

「いや、……」
「良い、散々言われたことだ。私の妻にしては愛らしく、清純そうで驚きだ。だろう?」
「結婚当初は、よく嫁いできてくれたと方々ほうぼうから言われたわ」

 フェルナンデルの話に乗って、エルアンナがくすりと笑った。

「結婚後は態度を改めたのだから、もうよかろう」

 社交的で明るいフェルナンデルは、どうにも遊び人風情がある。そしてどうやら、実際にそのような時期があったらしい。

「サクラムの料理はお口に合って?」

 菜の花色の大きな瞳に見上げられ、ミカエルは視線を彷徨わせてしまった。

「……まだ、食べてないです」
「まぁ。この暑さで食欲が湧かないのかしら」
「あー、そんな感じで…」
「それなら、あちらにゼリーがあるわ。新鮮な果実や、清らかな山の水で作られていて、美味しいの」
「ありがとうございます。あとで食べてみます」

 心配そうに寄った眉根に心苦しくなって、ミカエルはペコリとお辞儀し、彼らのもとを去った。
 そのとき、そっと後ろから。

「お兄様っ」
「、メアリ」

 振り返ったミカエルは驚いて目を丸くした。まさかメアリエルまで来ていたとは。

「お兄様、なにかあって? なんだか元気がないみたい」

 メアリエルは海のような瞳をかすかに揺らし、眉尻を下げる。

「……なんもねえよ。メアリは少し見ないうちに大人っぽくなったな」

 レグリア共和国で別れるとき、メアリエルは全力でミカエルに抱き着いた。いま目の前にいる彼女はしとやかで、まったく雰囲気が異なる。顔の印象などに変化はないのに、それだけで少女から女性になったようだった。

 ――結婚したんだもんな。

 大人びて当然かもしれない。ミカエルはなんだか寂しさを覚えてしまった。
 するとメアリエルは目を瞬いて、小さく笑う。

「少しは侯爵夫人らしく見えるかしら」
「……ああ。向こうでの生活には慣れたか?」
「少しずつ、慣れているところよ」
「オスタンリチード卿とはどうだ?」
「彼は優しくしてくれるわ」

 かすかに寄った眉。
 ミカエルが小首を傾げると、メアリエルはふさふさの睫毛を伏せた。

「……たくさん気を使わせているように感じるの。わたしも早く、彼を支えられるようにならなくちゃ」

 少し前までお姫様だったのだから、生活はずいぶん異なることだろう。そこへの不満を溢すどころか、新しい生活のなかで自分の役割を果たすことを考えている。そんな妹に、ミカエルは言葉を失った。

「お兄様?」
「……ああ、メアリはスゴいな」
「お兄様もスゴいわ。戴冠式で一番輝いて見えたのはお兄様だったもの。お兄様は不服かもしれないけれど、それでも、お役目をまっとうされているのでしょう?」

 レリエルに聞かれたら、今度こそ絞め殺されそうな言葉である。
 ミカエルは頭を掻いて息を吐く。

「俺は、仕方ねえからテキトーにやってるだけだ」
「それでも様になってしまうのが、さすがお兄様ね」

 メアリエルはくつくつ笑った。
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