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6章.Tuba mirum
王族ぞくぞく
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「ところで、そなたは衛兵になったのだな」
「おう。色々あってな。まぁ、仕方なく」
「うむ…。少し痩せたか? 例の件の影響か?」
「あのことはもう、自分の中でちゃんと終わってる」
「それにしては、イファノエで会ったときより線が細くなったような…」
フェルナンデルは顎に手を当て、ミカエルをジロジロ見る。
「印象がどこか違う。……儚げ、とでもいうのか。そなたはもっとツンツンで、エネルギッシュなイメージだったのだ」
「呼んだか? フェルナンデル」
唐突に話に入ってきたのは、男装の令嬢、女騎士のゼベルである。グラスを手に佇む姿は相変わらず男勝りで麗しい。フェルナンデルは肩をすくめている。
「呼んでいない」
「つれないねぇ。お、ミカエル。ついに衛兵になったんだな。……ん?」
おもむろにミカエルに近づいた彼女は、すっと指を伸ばしてミカエルの頤を持ち上げ、顔を寄せてきた。
「綺麗になったな。恋でもしたか。いやいや、おまえは男だし…」
「おい、近えよ」
「おまえが女だったらこのまま浚ってやるところだが」
「俺は男だ」
「はぁ…、惜しいな」
半目で言えば、ようやく顔を解放された。そこにイザベルがやって来る。
「ごきげんよう。パーティーは満喫しているかしら?」
「ああ、イザベル。楽しんでるぜ」
「ゼベル、そなたはお酒があれば満足なのでしょ」
そうしてミカエルに目をやると、イザベルはかすかに眉を上げた。
「綺麗になったよな」
すかさずゼベルが揶揄する。
「……そうね。以前は磨き抜かれた天然石のような輝きを感じたけれど、いまは硝子細工のようだわ」
「ああ?」
ミカエルは片眉を上げる。
「強い志はどうしたの」
「は?」
「人々のために励んでいると言っていたでしょう」
――いや、言ってねえけど。
それはさておき、揃いも揃ってこのような事を言われれば、ミカエルも認めざるを得なかった。
ルシエルがいなくなってからよく眠れないし、食欲もあまりない。それが恋かは知らないが、ルシエルのことばかり考えてしまうのだ。
「環境が変わって、疲れが出ているのかもしれんな」
フェルナンデルの言葉で軽やかな会話が戻った。それから彼女たちは一通り好き勝手に話すと、それぞれ去った。
「すまない」
ふと落とされた言葉に顔を上げる。
フェルナンデルは、苦しそうな顔をしていた。
「一人で溜め込まないようにな。私でよければ、話を聞くぞ」
「どーも」
ミカエルは睫毛を伏せる。
フェルナンデルが苦笑したとき、麗しい美貌の女性がやって来て、彼の隣に並んだ。
ローズピンクの髪がふわりと揺れる。柔らかな印象の女性である。
「アンナ」
フェルナンデルは目を瞬いて、ミカエルの方を向いた。
「紹介しよう。エルアンナ。我が妻だ。アンナ、彼はミカエル」
「はじめまして。彼からあなたの話を聞いて、お会いしてみたいと思っていたの」
「……はじめまして」
ミカエルは小さくお辞儀した。フェルナンデルの結婚相手についてイメージしたことなどなかったが、なんというか、意外な気がする。
「何か言いたそうな顔だな」
フェルナンデルが悪戯に目を細めた。
「いや、……」
「良い、散々言われたことだ。私の妻にしては愛らしく、清純そうで驚きだ。だろう?」
「結婚当初は、よく嫁いできてくれたと方々から言われたわ」
フェルナンデルの話に乗って、エルアンナがくすりと笑った。
「結婚後は態度を改めたのだから、もうよかろう」
社交的で明るいフェルナンデルは、どうにも遊び人風情がある。そしてどうやら、実際にそのような時期があったらしい。
「サクラムの料理はお口に合って?」
菜の花色の大きな瞳に見上げられ、ミカエルは視線を彷徨わせてしまった。
「……まだ、食べてないです」
「まぁ。この暑さで食欲が湧かないのかしら」
「あー、そんな感じで…」
「それなら、あちらにゼリーがあるわ。新鮮な果実や、清らかな山の水で作られていて、美味しいの」
「ありがとうございます。あとで食べてみます」
心配そうに寄った眉根に心苦しくなって、ミカエルはペコリとお辞儀し、彼らのもとを去った。
そのとき、そっと後ろから。
「お兄様っ」
「、メアリ」
振り返ったミカエルは驚いて目を丸くした。まさかメアリエルまで来ていたとは。
「お兄様、なにかあって? なんだか元気がないみたい」
メアリエルは海のような瞳をかすかに揺らし、眉尻を下げる。
「……なんもねえよ。メアリは少し見ないうちに大人っぽくなったな」
レグリア共和国で別れるとき、メアリエルは全力でミカエルに抱き着いた。いま目の前にいる彼女はしとやかで、まったく雰囲気が異なる。顔の印象などに変化はないのに、それだけで少女から女性になったようだった。
――結婚したんだもんな。
大人びて当然かもしれない。ミカエルはなんだか寂しさを覚えてしまった。
するとメアリエルは目を瞬いて、小さく笑う。
「少しは侯爵夫人らしく見えるかしら」
「……ああ。向こうでの生活には慣れたか?」
「少しずつ、慣れているところよ」
「オスタンリチード卿とはどうだ?」
「彼は優しくしてくれるわ」
かすかに寄った眉。
ミカエルが小首を傾げると、メアリエルはふさふさの睫毛を伏せた。
「……たくさん気を使わせているように感じるの。わたしも早く、彼を支えられるようにならなくちゃ」
少し前までお姫様だったのだから、生活はずいぶん異なることだろう。そこへの不満を溢すどころか、新しい生活のなかで自分の役割を果たすことを考えている。そんな妹に、ミカエルは言葉を失った。
「お兄様?」
「……ああ、メアリはスゴいな」
「お兄様もスゴいわ。戴冠式で一番輝いて見えたのはお兄様だったもの。お兄様は不服かもしれないけれど、それでも、お役目をまっとうされているのでしょう?」
レリエルに聞かれたら、今度こそ絞め殺されそうな言葉である。
ミカエルは頭を掻いて息を吐く。
「俺は、仕方ねえからテキトーにやってるだけだ」
「それでも様になってしまうのが、さすがお兄様ね」
メアリエルはくつくつ笑った。
「おう。色々あってな。まぁ、仕方なく」
「うむ…。少し痩せたか? 例の件の影響か?」
「あのことはもう、自分の中でちゃんと終わってる」
「それにしては、イファノエで会ったときより線が細くなったような…」
フェルナンデルは顎に手を当て、ミカエルをジロジロ見る。
「印象がどこか違う。……儚げ、とでもいうのか。そなたはもっとツンツンで、エネルギッシュなイメージだったのだ」
「呼んだか? フェルナンデル」
唐突に話に入ってきたのは、男装の令嬢、女騎士のゼベルである。グラスを手に佇む姿は相変わらず男勝りで麗しい。フェルナンデルは肩をすくめている。
「呼んでいない」
「つれないねぇ。お、ミカエル。ついに衛兵になったんだな。……ん?」
おもむろにミカエルに近づいた彼女は、すっと指を伸ばしてミカエルの頤を持ち上げ、顔を寄せてきた。
「綺麗になったな。恋でもしたか。いやいや、おまえは男だし…」
「おい、近えよ」
「おまえが女だったらこのまま浚ってやるところだが」
「俺は男だ」
「はぁ…、惜しいな」
半目で言えば、ようやく顔を解放された。そこにイザベルがやって来る。
「ごきげんよう。パーティーは満喫しているかしら?」
「ああ、イザベル。楽しんでるぜ」
「ゼベル、そなたはお酒があれば満足なのでしょ」
そうしてミカエルに目をやると、イザベルはかすかに眉を上げた。
「綺麗になったよな」
すかさずゼベルが揶揄する。
「……そうね。以前は磨き抜かれた天然石のような輝きを感じたけれど、いまは硝子細工のようだわ」
「ああ?」
ミカエルは片眉を上げる。
「強い志はどうしたの」
「は?」
「人々のために励んでいると言っていたでしょう」
――いや、言ってねえけど。
それはさておき、揃いも揃ってこのような事を言われれば、ミカエルも認めざるを得なかった。
ルシエルがいなくなってからよく眠れないし、食欲もあまりない。それが恋かは知らないが、ルシエルのことばかり考えてしまうのだ。
「環境が変わって、疲れが出ているのかもしれんな」
フェルナンデルの言葉で軽やかな会話が戻った。それから彼女たちは一通り好き勝手に話すと、それぞれ去った。
「すまない」
ふと落とされた言葉に顔を上げる。
フェルナンデルは、苦しそうな顔をしていた。
「一人で溜め込まないようにな。私でよければ、話を聞くぞ」
「どーも」
ミカエルは睫毛を伏せる。
フェルナンデルが苦笑したとき、麗しい美貌の女性がやって来て、彼の隣に並んだ。
ローズピンクの髪がふわりと揺れる。柔らかな印象の女性である。
「アンナ」
フェルナンデルは目を瞬いて、ミカエルの方を向いた。
「紹介しよう。エルアンナ。我が妻だ。アンナ、彼はミカエル」
「はじめまして。彼からあなたの話を聞いて、お会いしてみたいと思っていたの」
「……はじめまして」
ミカエルは小さくお辞儀した。フェルナンデルの結婚相手についてイメージしたことなどなかったが、なんというか、意外な気がする。
「何か言いたそうな顔だな」
フェルナンデルが悪戯に目を細めた。
「いや、……」
「良い、散々言われたことだ。私の妻にしては愛らしく、清純そうで驚きだ。だろう?」
「結婚当初は、よく嫁いできてくれたと方々から言われたわ」
フェルナンデルの話に乗って、エルアンナがくすりと笑った。
「結婚後は態度を改めたのだから、もうよかろう」
社交的で明るいフェルナンデルは、どうにも遊び人風情がある。そしてどうやら、実際にそのような時期があったらしい。
「サクラムの料理はお口に合って?」
菜の花色の大きな瞳に見上げられ、ミカエルは視線を彷徨わせてしまった。
「……まだ、食べてないです」
「まぁ。この暑さで食欲が湧かないのかしら」
「あー、そんな感じで…」
「それなら、あちらにゼリーがあるわ。新鮮な果実や、清らかな山の水で作られていて、美味しいの」
「ありがとうございます。あとで食べてみます」
心配そうに寄った眉根に心苦しくなって、ミカエルはペコリとお辞儀し、彼らのもとを去った。
そのとき、そっと後ろから。
「お兄様っ」
「、メアリ」
振り返ったミカエルは驚いて目を丸くした。まさかメアリエルまで来ていたとは。
「お兄様、なにかあって? なんだか元気がないみたい」
メアリエルは海のような瞳をかすかに揺らし、眉尻を下げる。
「……なんもねえよ。メアリは少し見ないうちに大人っぽくなったな」
レグリア共和国で別れるとき、メアリエルは全力でミカエルに抱き着いた。いま目の前にいる彼女はしとやかで、まったく雰囲気が異なる。顔の印象などに変化はないのに、それだけで少女から女性になったようだった。
――結婚したんだもんな。
大人びて当然かもしれない。ミカエルはなんだか寂しさを覚えてしまった。
するとメアリエルは目を瞬いて、小さく笑う。
「少しは侯爵夫人らしく見えるかしら」
「……ああ。向こうでの生活には慣れたか?」
「少しずつ、慣れているところよ」
「オスタンリチード卿とはどうだ?」
「彼は優しくしてくれるわ」
かすかに寄った眉。
ミカエルが小首を傾げると、メアリエルはふさふさの睫毛を伏せた。
「……たくさん気を使わせているように感じるの。わたしも早く、彼を支えられるようにならなくちゃ」
少し前までお姫様だったのだから、生活はずいぶん異なることだろう。そこへの不満を溢すどころか、新しい生活のなかで自分の役割を果たすことを考えている。そんな妹に、ミカエルは言葉を失った。
「お兄様?」
「……ああ、メアリはスゴいな」
「お兄様もスゴいわ。戴冠式で一番輝いて見えたのはお兄様だったもの。お兄様は不服かもしれないけれど、それでも、お役目をまっとうされているのでしょう?」
レリエルに聞かれたら、今度こそ絞め殺されそうな言葉である。
ミカエルは頭を掻いて息を吐く。
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