God & Devil-Ⅱ.森でのどかに暮らしたいミカエルの巻き込まれ事変-

日灯

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6章.Tuba mirum

影と光

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 瞬間移動で出現した先は、宮殿のようだった。ここが式場なのだろう。建物の装飾に異国情緒があり、ミカエルは目を瞬く。

「ここがサクラム…?」

 ブランリスの隣国のはずだが、東方近くにでもいるような感覚なのだ。

「サクラムは異教の国に支配されていた時期がある。このような建造物は、その頃建てられたのだろう」
「へえ」

 繊細で見事な装飾である。あんまり見事なので、異教の国を感じさせても取り壊さなかったのかもしれない。

「ミカエル、早ぉ来い」
「……ハイ、セーカ」

 本日の任務は、教皇の傍に付き従うこと。ボニファティエルは周囲に見せつけるようにミカエルを顎で使うので、うんざりした。
 式典が始まり、教皇の後ろに控える。
 参列者の前列にフェルナンデルがおり、目が合うと眉を上げられた。好きでやっているのではないミカエルは思わず半目になる。教皇の一番の配下のような立ち位置にいるのは実に心外だ。しかし、それが周囲の目から見た現状なのだった。
 レリエルが教皇の前にひざまずき、頭上に冠をいただく。
 相変わらず黒が基調の服を着た彼は、晴れ晴れしい式の主役にも関わらず重たい雰囲気だ。服装や雰囲気に目を奪われがちだが、その顔はやはり蒼白い。式の間、ミカエルは一度も彼と目が合わなかった。

 式が無事に終了し、ミカエルは控室で任を解かれた。

「ご苦労」
「失礼します」

 ウリエルにペコリと頭を下げて廊下を行く。
 燦々と日の注ぐ、明るい廊下だ。
 以前フェルナンデルに会ったとき、ミカエルはまだ王権下でデビル退治をしていた。教会の人間になったことをどう伝えよう。
 そんな事を考えながら歩いていると、あちらの角からレリエルが出てきた。眩しさに一瞬足を止め、すぐさま日陰に入っている。そこにあった花瓶の花の葉に手が触れて、ビクリと引っ込めた。
 指の先から滴る血。
 ミカエルは思わず歩み寄る。
 レリエルはミカエルの存在に気づいていなかったらしく、ハッとして身を翻そうとした。

「手、血が出てます」

 言えば、足を止める。彼はマントの中に手を隠そうか、一瞬迷ったようだった。
 そこまで酷い怪我ではないだろう。レリエルも治癒が不得意なのかもしれない。

「治します」

 ミカエルは近寄って手を差し伸べる。
 レリエルがなかなか動かないのでその顔を見上げると、忌々しいとでも言いたげに歪んでいた。

「これしき治せないのかと、嘲笑っているのだろう」
「俺はそんな、」
「光に弱い忌まわしき血で、治癒もできない。そのような者が王になるのかと」
「っそんなこと、」

 おもむろに彼の両手がミカエルの首に伸びる。ミカエルはそれをただ見ていた。
 レリエルを捉える瞳にさしたる感情はない。
 向けられる眼差しに畏怖を抱いたかのようにレリエルの手がかすかに震える。彼は我に返って手を離し、ゆらりと後ろに下がった。
 足早に去った後ろ姿をぼんやり眺め、ミカエルは小さく息を吐く。
 首に纏わりつく手の感覚。
 かすかに眉根を寄せた。

 ――殺してぇほど俺が憎いのか。

 一族の特質について、いつかフェルナンデルが話してくれた。

『そなたは対極にいるような存在だから、どうにも強く当たってしまうのかもしれない』

 レリエルの思い違いだ。
 何もかも。
 ミカエルはぼんやりと足を動かし、パーティー会場へ向かった。
 そこは鮮やかな黄色い壁が特徴的な、明るい部屋だった。すでに多くの人が寛いで談笑している。

「ミカエル、ようこそサクラム王国へ」

 さっそくフェルナンデルがやって来て手を上げた。

「どーも。いきなりここに来たから、ぜんぜん実感ねえけど」
「はっはっ、衛兵は大変そうだな。あとで街を案内しよう」
「いいって。あなたは皇子だろ。一緒にいたら、面倒そうだ」
「ひどいな。私の誘いを断るのはそなたくらいだ」

 そこでふと、フェルナンデルがミカエルの首に手を伸ばした。
 先ほどの出来事が頭を過る。
 けれどミカエルは、されるに任せた。

「何かついていたぞ。赤い…、血か?」

 ミカエルの首筋を撫でた指を見て、フェルナンデルが首を傾げる。
 そういえば、レリエルの指を治癒しようと思って彼に近づいたのだった。結局、治癒は施せず、血の付いた指のままレリエルはミカエルの首を締めようとしたのだ。

「あー、さっき廊下の花瓶の花で指切って。そのまま首触っちまったから…」
「花瓶の花で?」
「葉っぱでな。見かけない、珍しい花だと思ったんだよ」

 フェルナンデルは指先に落としていた視線をミカエルに移し、「そうか」と言った。その、微妙な間が。ミカエルに閃きのような思考をもたらす。

 ――さっき、見てたのか。
 
 フェルナンデルは兄のレリエルと親しい。あのようなことがあり、ミカエルがどう出るか心配になったのかもしれない。

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