God & Devil-Ⅱ.森でのどかに暮らしたいミカエルの巻き込まれ事変-

日灯

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6章.Tuba mirum

闇中

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 †††

 その頃、ルシエルは真っ赤に染まる街を見下ろす時計塔の屋根にいた。

「おまたせ」

 灰色髪の少年が、フードをかぶったオリーブ色の肌の商人とともに瞬間移動で現れる。
 少年の名前はベリアル。
 ルシエルと同じく、デビルとブレンドされた存在だ。

『まぁボクは、アンタほど上手くいかなかったようだけど』

 出会ったとき、彼はそう言った。
 ベリアルは少し年下に感じられる。髪の色は灰色。瞳の色は、黒かった。たくさんの装飾品をチャラチャラさせているのは、精神を安定させるためらしい。それらには、聖石が練り込まれているという。

「この人がアクセサリーや邪石のこと、教えてくれたんだよ」
「アスラだ。なにか入用な物があれば言ってくれ」

 ベリアルが連れてきた商人の顔はフードの影になっていたが、夜目の効くルシエルには問題なく見ることができた。

 ――アズラエル…?

 ルシエルは眉を上げる。
 アスラも眼帯をしているが、肌の色が違う。しかし、その声や氣質が彼を思わせた。

「べつに」

 ルシエルは素っ気なく答えて眼下に目を落とした。

「邪石がほしいって客はいた?」

 さっそく、ベリアルが商売の話に入る。

「ああ。石の用意はできているか?」
「もちろん。サイズにもよるけど、四件はイケるよ」
「それは頼もしい」

 二人は付き合いが長いのか、親しげだ。どうやらベリアルは、アスラを信用しきっている。肌の色からして、アスラは多分、異国の人間だろう。

「なにか言いたそうだな」

 アスラは悪戯な微笑がよく似合う。

「なぜ、こんな商売を?」
「……復讐、かな」

 思いもよらない解答に、ルシエルはかすかに目を見開く。

「ジョークだよ」

 アスラは軽やかに笑み、商談を続けた。
 ルシエルはぼんやり街を見下ろす。
 そのうち話が済んで、ベリアルが元気よく立ちあがった。

「ルシファー、パブ行こ!」
「昨日も行っただろう。そして今朝までそこにいた」
「パブは一軒じゃないでしょ。今日はまた違うトコっ」

 はやくはやくっと腕を引かれて、ルシエルはよいせと立ち上がる。
 アスラがふっと笑った。

「貴方らは兄弟のようだな」

『君の兄でも構わないけど?』
『それを言うなら弟だ』

 ゆめのような記憶がチラつく。

「へへっ、いいでしょ! ボクがお兄ちゃんだよ」
「弟ではなく?」
「ボクのほうが年上だもん」

 これにはルシエルも思わず彼を凝視した。

「なんだよ、見ればわかるでしょ」
「これは失敬」

 アスラが肩をすくめる。

「もうっ。ボク、先に行ってるから」
 
 ルシエルが息を吐いて後を追おうとしたとき、「ルシファー殿」とアスラに呼ばれた。振り返ったルシエルは、彼が眼帯を外そうとするのを手で止める。

「世の中には、知らないほうが良いこともある」
「……私の能力を知っているのか」
「想像はつく。俺は残忍な闇を知っている。知ったところで、どうにもできない闇だ。知らないほうがいい」

 アスラは眼帯から手を下ろし、じっとルシエルの顔を見た。

「いまは正気のようだな」

 ルシエルは肩をすくめた。

「彼のもとへ戻らぬのか」

 重い感情に意識を呑まれて、残忍なことをした。
 この手は血まみれだ。
 ルシエルはすでに、ミカエルとはまったく異なる世界にいる。

 ――あの光に近づくことは、もう許されない。

 再び会うときがあるとすれば、それはきっと己の最期だ。そうであるべきだし、それがいい。
 すっと身を翻したルシエルに、アスラが再び声を掛けることはなかった。

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