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6章.Tuba mirum
処暑
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昼ごろ、町を通りかかったので、三人は店に入って昼食を取ることにした。修道士姿の二人を見ると、店の人は丁寧に空いているテーブルへ案内してくれる。
出された水で喉を潤したハニエルが、ふと口を開いた。
「そういえば、サクラムの王が亡くなったってな。死因は川の冷たい水を飲んだこと。あの勇猛果敢な王が、戦場で死ぬならともかく、水に当たって死ぬなんて。人生わからないものさ」
「ナンバラでの戦の帰りでしたっけ」
「ああ。戦で負けて弱ってたのかもな」
――ブランリスの王が勝ったのか。
因縁の対決がどうのと、ゾフィエルが話していたのを思い出す。
ゾフィエルとはしばらく会っていない。
感覚的に彼は無事なようだし、戦の後始末やらでまだナンバラにいるのかもしれない。
食事を終えた三人は、それぞれ旅に必要な物を補充するため別行動になった。
ミカエルは真っ先に水を手に入れに行く。暑いので、すぐに飲んでしまうのだ。それから靴屋へ向かった。履き換えるのが面倒で山道も靴のまま歩くことがしばしばあり、そろそろ手入れしなければと思っていた。
「ちょいと掛かるぞ」
「金? 時間?」
「どっちもだ」
靴屋の店主は熊のような男だったが、サンダルを貸してくれたり水を出してくれたりと、見た目に反して気遣いのできる人である。
ミカエルは椅子に座って男の作業をぼぅっと眺めた。
大きな手が器用に靴を扱うのを見ていたら、バラキエルが裁縫に挑戦したときのことを思い出した。布は赤く染まるし、糸が絡まってどうにもならず、結局ミカエルがやったのだ。
ふっと笑って窓の外へ目をやると、サンゼルが通りがかった。ミカエルに気づかず、細い路地に入っていく。
――あっちに店屋なんてあったか?
靴はもう少し時間が掛かりそうだ。ミカエルはサンゼルが行った路地に入ってみることにした。
建物と建物の間の狭い道。人影はなく、彼はどこへ行ったのだろうと首を傾げて進んでいると、曲がり角が見えてきた。
かすかに話し声が聞こえる。
ミカエルは気配を消して近づいた。
「――君も、さっさと暗部なんてやめて彼を追うといい」
どこかで聞いたような声だ。
「……信じられると思うか? 本当に逃げ出せたなら、あなたに伝言など頼まず、俺の所に来ればいい。会えるまで教会との繋がりは切れない」
この声はサンゼル…。
「彼は、君が自分のために苦しい思いをしているのを知っている。傍にいなくても、君をずっと見てきたんだよ」
「俺を、見ている? 俺が、してきたことを、全部知ってるっていうのか…?」
「そう、神のように天の目で君を見てきた。君がどんな体験をしてここにいるのか、彼はすべて知っている。教会のために手を汚す姿は、もう見ていられないと…」
「そんなっ、だけど!」
「君の行いは彼を苦しめる」
「……それでも、俺は…」
一つの気配がなくなり、サンゼルだけが取り残された。
ハッと振り返る。
そこに佇んでいたミカエルと目が合うと、クシャリと顔を歪めた。
「いたのか」
「誰か教会に囚われてんの」
「……ああ」
サンゼルは俯いて唇を引き結ぶ。そこへハニエルの気配が近づいて、サンゼルは何も語らず通りに戻っていった。
ミカエルも靴屋に向かう。
「おお…」
果たして、預けた靴は新品のようにピンピカになっていた。
「裏底、もっと丈夫なのにしてやったぞ。大事に使え」
「ありがと」
店を出たら、二人が待っていた。
「準備はいいかい?」
「おう」
睫毛を伏せているサンゼルと、陽気なハニエル。
「僕は服に動物避けの術をかけてもらったんだ」
「効くのか?」
「効いてくれなきゃ困る。けっこうしたんだぞ」
ミカエルは肩をすくめて歩みだした。
出された水で喉を潤したハニエルが、ふと口を開いた。
「そういえば、サクラムの王が亡くなったってな。死因は川の冷たい水を飲んだこと。あの勇猛果敢な王が、戦場で死ぬならともかく、水に当たって死ぬなんて。人生わからないものさ」
「ナンバラでの戦の帰りでしたっけ」
「ああ。戦で負けて弱ってたのかもな」
――ブランリスの王が勝ったのか。
因縁の対決がどうのと、ゾフィエルが話していたのを思い出す。
ゾフィエルとはしばらく会っていない。
感覚的に彼は無事なようだし、戦の後始末やらでまだナンバラにいるのかもしれない。
食事を終えた三人は、それぞれ旅に必要な物を補充するため別行動になった。
ミカエルは真っ先に水を手に入れに行く。暑いので、すぐに飲んでしまうのだ。それから靴屋へ向かった。履き換えるのが面倒で山道も靴のまま歩くことがしばしばあり、そろそろ手入れしなければと思っていた。
「ちょいと掛かるぞ」
「金? 時間?」
「どっちもだ」
靴屋の店主は熊のような男だったが、サンダルを貸してくれたり水を出してくれたりと、見た目に反して気遣いのできる人である。
ミカエルは椅子に座って男の作業をぼぅっと眺めた。
大きな手が器用に靴を扱うのを見ていたら、バラキエルが裁縫に挑戦したときのことを思い出した。布は赤く染まるし、糸が絡まってどうにもならず、結局ミカエルがやったのだ。
ふっと笑って窓の外へ目をやると、サンゼルが通りがかった。ミカエルに気づかず、細い路地に入っていく。
――あっちに店屋なんてあったか?
靴はもう少し時間が掛かりそうだ。ミカエルはサンゼルが行った路地に入ってみることにした。
建物と建物の間の狭い道。人影はなく、彼はどこへ行ったのだろうと首を傾げて進んでいると、曲がり角が見えてきた。
かすかに話し声が聞こえる。
ミカエルは気配を消して近づいた。
「――君も、さっさと暗部なんてやめて彼を追うといい」
どこかで聞いたような声だ。
「……信じられると思うか? 本当に逃げ出せたなら、あなたに伝言など頼まず、俺の所に来ればいい。会えるまで教会との繋がりは切れない」
この声はサンゼル…。
「彼は、君が自分のために苦しい思いをしているのを知っている。傍にいなくても、君をずっと見てきたんだよ」
「俺を、見ている? 俺が、してきたことを、全部知ってるっていうのか…?」
「そう、神のように天の目で君を見てきた。君がどんな体験をしてここにいるのか、彼はすべて知っている。教会のために手を汚す姿は、もう見ていられないと…」
「そんなっ、だけど!」
「君の行いは彼を苦しめる」
「……それでも、俺は…」
一つの気配がなくなり、サンゼルだけが取り残された。
ハッと振り返る。
そこに佇んでいたミカエルと目が合うと、クシャリと顔を歪めた。
「いたのか」
「誰か教会に囚われてんの」
「……ああ」
サンゼルは俯いて唇を引き結ぶ。そこへハニエルの気配が近づいて、サンゼルは何も語らず通りに戻っていった。
ミカエルも靴屋に向かう。
「おお…」
果たして、預けた靴は新品のようにピンピカになっていた。
「裏底、もっと丈夫なのにしてやったぞ。大事に使え」
「ありがと」
店を出たら、二人が待っていた。
「準備はいいかい?」
「おう」
睫毛を伏せているサンゼルと、陽気なハニエル。
「僕は服に動物避けの術をかけてもらったんだ」
「効くのか?」
「効いてくれなきゃ困る。けっこうしたんだぞ」
ミカエルは肩をすくめて歩みだした。
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