134 / 174
5章.Dies irae
旅のお仲間
しおりを挟む
目当ての町まで瞬間移動したミカエルたちは、小さな隠れ家のようなカフェにいた。ハニエルが少し休憩をしたいと言ったのだ。
「そういえば、君とバラキエル殿はどういう関係なんだい?」
「あ?」
「一時期、彼のお方に討伐令が出てただろ。詳しい理由は知らされてなくてさ。君が一緒に暮らしてたらしいことは、風の噂で聞いたんだけど」
ミカエルは片眉を上げ、手元のジュースに目を落とした。
「血縁はねえ」
「それじゃあ、バラキエル殿は君にとって、育ての親ってわけか」
「ああ」
「それで、一体何があったんだ?」
青磁色の瞳にはかすかな好奇心が見えるが、暇つぶしに話を聞くような軽さだ。
ミカエルは半目になってジュースを喉に流す。
知られて困るようなこともないので、バラキエルが追われることになってしまった理由を簡単に話してやった。
「まさかそんな理由だったとは」
ハニエルは感心したように唸り、カップを傾ける。
「"ミカエル"、か…」
ぼんやり呟くので、ミカエルはその瞳をじっと見た。視線に気付いたハニエルは、意志の強そうな真っ直ぐな瞳に一瞬固まって、苦笑した。
「僕は前のミカエルを知ってるからさ。いや、君とはぜんぜん似てないんだ。あー、なんて言うかな…」
彼は髪型を整えるかのように桃色頭に手をやって、器用に片方の眉を上げ、もう片方を下げる。
「それこそ、バラキエル殿の意向のような気がしてね」
カップを手に取り、琥珀色の水面へ集中している様子の彼は、それ以上語る気はないらしい。
そこで今度はミカエルが口を開いた。
「いつから修道士やってんだ?」
「んー、もうどのくらいになるかねぇ。サンゼルと組むようになったのは三、四年前だな」
ハニエルから視線を受け、サンゼルが小さく頷いた。
「おまえ、年いくつ?」
「見ての通り」
「十七、八?」
「まぁな」
やはり、サンゼルは同じくらいの年齢らしい。
四年前といえば、十三だ。そんな子どもの頃から修道士をやる者がいるとは驚きである。というか、答えた時の雰囲気がどうにも曖昧だったような…。
「……孤児だったんだよ。年なんてどうでもいいだろ」
サンゼルは長い睫毛を伏せる。
そういえば、聖学校で出会ったサリエルも一人で生きてきたと言っていた。親なしの者というのは、けっこういるのだろうか。ルシエルも育ての親はすでに亡くなっている。
ミカエルは、なんだか妙な気分になった。
三人は店へ出て、旅を続ける。
選んだのは、ミカエルもハニエルたちもまだ通っていない道だ。
長閑な田舎道である。
途中、デビルに出くわすことはなく、日が沈むころに辿り着いた村で宿を取ることにした。ハニエルが当然のように三人で宿に泊まろうとするので、ミカエルもそれに任せたのだ。一人で森の家にいるのは気が滅入る。だから、ちょうど良かった。
そこはほんの小さな宿で、生憎、二人部屋の一室しか空きがないという。
「先輩、床で寝てください」
「ちょ、そこは後輩が気を利かせて床を選ぶところだろ」
「どこでも寝られるのが特技って、まえに言ってたじゃないですか」
「たしかにね、言ったけどね。その特技を披露する場は今じゃないから」
ハニエルはベッドを譲る気などない。とはいえ、中性的で子綺麗な顔を見ていると、「お前が床で寝ろ」とも言えず。
「……一緒に寝るか」
「それなら、俺が」
「そこは頷けよ!」
結局、サンゼルとハニエルが同じベッドで寝るということで落ち着いた。
サンゼルは嫌そうな顔をしたが、心の底から嫌がっているわけではなさそうだ。ミカエルはボソリと落とす。
「おまえら、デキてんの?」
ゾフィエルが意外といると言っていたのを思い出したのだ。
「単なるバディだよ」
大して関心のなさそうな声に、ハニエルは苦笑した。
こうして、二人部屋に泊まることになった三人。ミカエルはさっそく聖剣を手に、備え付けのシャワールームへ向かった。
冷静に考えると、修道士と一緒に旅をしている現状を妙に感じる。
――早くルシに会わねえと。
勝手にいなくなってしまったことを教会に知られたら、何を言われるだろう。気ままな旅もできなくなるかもしれない。
ため息はシャワーの音に紛れて排水溝の向こうに消えた。
ミカエルが髪を拭きながら部屋に戻ろうとしたとき、中から話し声が聞こえた。いつの間にもう一人来たのだろう。――いや、もしかしたらツーコーで話しているのかもしれない。
ミカエルはドアノブに伸ばした手を止め、気配を消して耳を澄ませる。
「ちょうど近くの村ですね」
《いま潰しておかないと面倒なことになる、とのことだ》
「では、そいつらのリーダーを、」
《殺せ》
「後処理は?」
《必要ない》
「了解です」
ガチャリとドアを開けて部屋に入ると、ハニエルがギクリと肩を揺らして振り返った。
「や、やぁ、早いな」
「それがおまえらの本来の任務か」
ハニエルは短く息を吐き、降参したように肩をすくめる。
「……その通り。参ったな、君に同行できない」
「必要ねえよ。もう油断しねえし」
ミカエルはボフリとベッドに座った。
ハニエルが腰に手を当てる。
「そのルシフェルって相棒、すぐに戻るんだろうね?」
「おう」
ミカエルは適当に答え、タオルで視界を覆った。
-5章 end-
「そういえば、君とバラキエル殿はどういう関係なんだい?」
「あ?」
「一時期、彼のお方に討伐令が出てただろ。詳しい理由は知らされてなくてさ。君が一緒に暮らしてたらしいことは、風の噂で聞いたんだけど」
ミカエルは片眉を上げ、手元のジュースに目を落とした。
「血縁はねえ」
「それじゃあ、バラキエル殿は君にとって、育ての親ってわけか」
「ああ」
「それで、一体何があったんだ?」
青磁色の瞳にはかすかな好奇心が見えるが、暇つぶしに話を聞くような軽さだ。
ミカエルは半目になってジュースを喉に流す。
知られて困るようなこともないので、バラキエルが追われることになってしまった理由を簡単に話してやった。
「まさかそんな理由だったとは」
ハニエルは感心したように唸り、カップを傾ける。
「"ミカエル"、か…」
ぼんやり呟くので、ミカエルはその瞳をじっと見た。視線に気付いたハニエルは、意志の強そうな真っ直ぐな瞳に一瞬固まって、苦笑した。
「僕は前のミカエルを知ってるからさ。いや、君とはぜんぜん似てないんだ。あー、なんて言うかな…」
彼は髪型を整えるかのように桃色頭に手をやって、器用に片方の眉を上げ、もう片方を下げる。
「それこそ、バラキエル殿の意向のような気がしてね」
カップを手に取り、琥珀色の水面へ集中している様子の彼は、それ以上語る気はないらしい。
そこで今度はミカエルが口を開いた。
「いつから修道士やってんだ?」
「んー、もうどのくらいになるかねぇ。サンゼルと組むようになったのは三、四年前だな」
ハニエルから視線を受け、サンゼルが小さく頷いた。
「おまえ、年いくつ?」
「見ての通り」
「十七、八?」
「まぁな」
やはり、サンゼルは同じくらいの年齢らしい。
四年前といえば、十三だ。そんな子どもの頃から修道士をやる者がいるとは驚きである。というか、答えた時の雰囲気がどうにも曖昧だったような…。
「……孤児だったんだよ。年なんてどうでもいいだろ」
サンゼルは長い睫毛を伏せる。
そういえば、聖学校で出会ったサリエルも一人で生きてきたと言っていた。親なしの者というのは、けっこういるのだろうか。ルシエルも育ての親はすでに亡くなっている。
ミカエルは、なんだか妙な気分になった。
三人は店へ出て、旅を続ける。
選んだのは、ミカエルもハニエルたちもまだ通っていない道だ。
長閑な田舎道である。
途中、デビルに出くわすことはなく、日が沈むころに辿り着いた村で宿を取ることにした。ハニエルが当然のように三人で宿に泊まろうとするので、ミカエルもそれに任せたのだ。一人で森の家にいるのは気が滅入る。だから、ちょうど良かった。
そこはほんの小さな宿で、生憎、二人部屋の一室しか空きがないという。
「先輩、床で寝てください」
「ちょ、そこは後輩が気を利かせて床を選ぶところだろ」
「どこでも寝られるのが特技って、まえに言ってたじゃないですか」
「たしかにね、言ったけどね。その特技を披露する場は今じゃないから」
ハニエルはベッドを譲る気などない。とはいえ、中性的で子綺麗な顔を見ていると、「お前が床で寝ろ」とも言えず。
「……一緒に寝るか」
「それなら、俺が」
「そこは頷けよ!」
結局、サンゼルとハニエルが同じベッドで寝るということで落ち着いた。
サンゼルは嫌そうな顔をしたが、心の底から嫌がっているわけではなさそうだ。ミカエルはボソリと落とす。
「おまえら、デキてんの?」
ゾフィエルが意外といると言っていたのを思い出したのだ。
「単なるバディだよ」
大して関心のなさそうな声に、ハニエルは苦笑した。
こうして、二人部屋に泊まることになった三人。ミカエルはさっそく聖剣を手に、備え付けのシャワールームへ向かった。
冷静に考えると、修道士と一緒に旅をしている現状を妙に感じる。
――早くルシに会わねえと。
勝手にいなくなってしまったことを教会に知られたら、何を言われるだろう。気ままな旅もできなくなるかもしれない。
ため息はシャワーの音に紛れて排水溝の向こうに消えた。
ミカエルが髪を拭きながら部屋に戻ろうとしたとき、中から話し声が聞こえた。いつの間にもう一人来たのだろう。――いや、もしかしたらツーコーで話しているのかもしれない。
ミカエルはドアノブに伸ばした手を止め、気配を消して耳を澄ませる。
「ちょうど近くの村ですね」
《いま潰しておかないと面倒なことになる、とのことだ》
「では、そいつらのリーダーを、」
《殺せ》
「後処理は?」
《必要ない》
「了解です」
ガチャリとドアを開けて部屋に入ると、ハニエルがギクリと肩を揺らして振り返った。
「や、やぁ、早いな」
「それがおまえらの本来の任務か」
ハニエルは短く息を吐き、降参したように肩をすくめる。
「……その通り。参ったな、君に同行できない」
「必要ねえよ。もう油断しねえし」
ミカエルはボフリとベッドに座った。
ハニエルが腰に手を当てる。
「そのルシフェルって相棒、すぐに戻るんだろうね?」
「おう」
ミカエルは適当に答え、タオルで視界を覆った。
-5章 end-
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!
梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。
あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。
突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。
何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……?
人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。
僕って最低最悪な王子じゃん!?
このままだと、破滅的未来しか残ってないし!
心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!?
これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!?
前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー!
騎士×王子の王道カップリングでお送りします。
第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。
本当にありがとうございます!!
※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる