God & Devil-Ⅱ.森でのどかに暮らしたいミカエルの巻き込まれ事変-

日灯

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5章.Dies irae

なだめの香りの

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 フードの男はふわりと浮き上がり、ミカエルの頭の上に手を置いた。そうして着地すると、ミカエルをはりつけにした十字架に向け、手を翳す。

「主よ、ここに我らが生贄を捧げます。どうか安息を。ご恩寵により、我らに慈しみをほどこしたまえ」

 たちまち十字架の周りに炎が上がり、ミカエルを包み込んでいく。
 ミカエルは目を丸くした。
 絶体絶命だというのに笑いがこみ上げる。まさか自身の得意とする炎に焼かれて死ぬことになろうとは。

「なにを笑っているッ」
「いや、滑稽こっけいだなと思ってよ」

 熱気が迫り、肌が焼かれる感じがしてきた。激しい痛みを感じる前に意識が飛べばいいのだが――。
 そんなことを考え始めたとき、炎の向こうから何かが飛んできて、扉の方へ目をやれば黒い修道士姿が二人いるのが見えた。

「ッ何なにどういうことだこれ!? サンゼルっ、水! 人がッ…! ってあれ、まさかミカエルか!?」
「チッ、あんたが行ってください。俺はあのフードを捕まえる」
「っそうだな!」

 桃色頭が外へ駆けていく。
 突然の修道士の登場に、その場にいた人々は唖然としていた。炎の向こうでフードの男が剣を抜き、闘う姿勢を見せる。しかし、対峙した修道士の強さを感じとったのか、すぐに瞬間移動で消えてしまった。
 横からガシャァンと大きな音がして、見れば桃色頭の修道士が外から窓を叩き割っていた。

「っ井戸があった! そこの人たち、ぼうっとしてないで手伝ってくれ!」

 ミカエルが灰になるのを望んでいる人たちだ。協力するはずがない。皆、ぼぅっとミカエルを見上げている。

「もうっなんなんだよ!」

 破壊した窓の向こうからホースが差し入れられる。もう一人の長髪の修道士がそれを受け取り、ミカエル目掛けて水が放たれた。
 二人とも若い。長髪の方など、同じくらいの年齢ではなかろうか。
 どこか他人事で見ていたミカエルは、もう一度身体を動かしてみた。少しくらい力が入っても、縛られている手足の縄はどうにもできない。

「先輩、もっと出ませんか!?」
「がんばってッ、出してるッ!」

 どうやら、手動のポンプで水を出しているらしい。彼らのがんばりのおかげで徐々に火は収まり、ミカエルは手足を火傷する程度で済んだ。

「いま治癒するからな」

 二人が十字架に磔にされたミカエルを下ろして、拘束を解いてくれる。

「ケホッ……どーも」
「いや、間に合ってよかった。それより君、最強のボディガードはどうしたんだい。いつも一緒なんだろう?」

 桃色頭がミカエルの腕を治癒しながら首を傾げた。人好きのする甘いマスクだ。
 ミカエルはしばし考え、ルシエルのことかと思いつく。

「べつに、いつも一緒なわけじゃねえよ」
「なんだって? 君は強いが、単独行動は危険だ。ああ、身を持って知っただろうけど。君が例の…」
「ルシフェル」
「そう、ルシフェルと一緒だと言うから、自由行動を許されているんじゃないか。彼のお目付け役という一面もあるだろうけど、つまり二人でいることに意味があるんだ」
「……そんなこと言われなかったんだよ」

 ミカエルは舌打ちしたい気分で手の平に炎を宿す。どうやら、使えるようになったようだ。身体も普通に動くようになっている。自分で手を翳し、足の治癒を始めた。
 桃色頭がチラと視線を寄越して口を開く。

「僕らも、デビル退治をして回ってるんだ。ここに来たのは偶然だった。術のエネルギァを感じて、踏み込んだらこれさ」
「修道士もデビル退治してんだな」

 意外に思って言うと、彼は肩をすくめる。

「こういう小さな村は報告が遅れるからな。僕らのような存在も必要だろう? それはそうと、どうしてこうなった。君はミカエルだよな? 簡単に捕まるはずがない」

 ミカエルは治癒に専念しながら経緯を話した。

「……ハメられたってわけか。なるほどな」
「迂闊だな」

 長髪がボソリと落とすので、つい睨んでしまった。
 桃色頭がゆるゆる首を振る。

「問題は彼らだ。熱心な信徒なのは結構なことだけど、ミカエルを狙うなんて…」

 ミカエルは小さく息を吐きだした。

「企てたのはさっきのフードだろ。他は力も強くねえし。そいつの言うように、俺の落ち度だ」
「君はあんな目に遭っておきながら、野放しにしていいって言うのかい」
「取っ捕まえてどうすんだよ。一人一人説教して、考えを変えさせんのか?」
「それも不可能じゃないさ」

 ミカエルは彼の目をじっと見て、何か方法があることを悟った。
 メシアの会の考えは間違っているとミカエルは思う。しかし彼らは、それを心から信じて生きているのだ。それが彼らの生き方で、彼らの真実。無理やり変えてしまうのは、あまりに横暴ではないか。

「あのフードがいなきゃ、だいそれたことはできねえだろう」

 聖学校に入れられてから、ミカエルは己の意思を強く自覚するようになった。箱庭のような所で、辛い日々に囚われず、己を保っていられたのはそのためだ。アクレプン帝国で自分の心に背いたときには苦しかったし、後悔した。教会に尽くすよう言われて仕方なく答えたときも、とても苦しかった。
 苦しいと感じたのは、ちゃんと自分の心があるからだ。
 自分の考えがあるから、それに背くと苦しくなる。その、核の部分を勝手に換えられてしまったら。あるいは、強制的に変えさせられたら。
 聖学校で、記憶を失ったミカエルは別人のようになった。今でも、あのときの自分は自分とは言い難いと感じる。その苦しみを知っているのに、誰かが同じような体験をすることを、どうして望めるだろう。
 
「……わかったよ。彼らのことは報告しない。君は見かけによらず、お人好しだな」

 桃色頭はミカエルの目力に負け、最後には降参ポーズをした。
 ミカエルは片眉を上げて立ち上がる。
 桃色頭の助けもあり、すっかり手足は治った。服が所々焦げている。新しいのをもらいに行った方がいいだろうか。

「どうも」
「なんのこれしき」

 桃色頭もよいせと立ち上がった。
 
「僕はハニエル。彼はサンゼルだ。旅の目的は同じわけだし、同行させてくれ」
「……あ?」
「君のボディガードが戻るまででいい。君を一人にして何かあったら、寝覚めが悪いだろ」

 ミカエルは口を噤んで、仕方なく頷いた。
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