God & Devil-Ⅱ.森でのどかに暮らしたいミカエルの巻き込まれ事変-

日灯

文字の大きさ
上 下
129 / 174
5章.Dies irae

一人の家

しおりを挟む
 翌朝、目覚めたとき、ベッドにルシエルはいなかった。

「ルシ…?」

 手作りの小さなテーブルに、いつかルシエルに渡した十字架…。それから、丸薬の入った巾着袋が置かれていた。
 ハッとして気配を探る。
 辺りにそれらしき人はいない。ミカエルは残された十字架をポケットに入れ、ロフトを飛び出した。

 ――いない。いない、いない。

 ルシエルがいない。
 辺りの森まで探してみたが、彼の姿を捉えることはできなかった。

「……ンで急に」

 何かあったのだろうか。それとも、一緒にいるのがイヤになった?
 
『見事な金髪もいいけれど、その目が一番気に入っている』

 聖学校を出てから色々あって、ミカエルはどう生きればいいのかわからなくなってしまった。ルシエルを元に戻したい。そう思ってはいたが、自分自身のこととなると、襲いかかる現実をやっとでこなして、流されて。

 ――ルシはいなくならないと思ってた。

 いや、そう思いたかっただけかもしれない。
 ミカエルは唖然と立ち尽くす。
 無意識の内に、ポケットの十字架に触れていた。昨日の夜、それはルシエルの首にかけられていた――。

「ミカ?」

 耳に届いた涼しげな声に顔を上げる。

「何があった」

 ゾフィエルだ。

「……ルシがいなくなった」

 数秒ののち、群青色のつり目が今度こそ見開かれた。

「なぜ?」

 ミカエルは緩く首を振る。

「もう、戻る気ねえのかも」
「居場所を特定できるか?」
「そりゃ、判るかもしれねぇけど…」

 果たして、瞬間移動で追いかけていいものか。
 平穏な日々は、ルシエルをより苦しめる。ここにいない方が、ルシエルにはいいのかもしれない。

「会いたくないのか」
「……そうじゃねえよ」

 聖学校から脱出した頃は、ルシエルもきっとここを気に入るだろうと思った。彼もミカエルといることを前向きに捉えていたし、ミカエルもそうだった。けれどもう――。

「あいつにこれ以上苦しんでほしくねえ」

 ミカエルの身勝手な思いで、彼をこれ以上苦しませることはできない。ルシエルはいつもミカエルを助けてくれた。救ってくれた。支えてくれた。受け入れてくれた。

「……俺も力になりたかったんだけどな」

 肩を落とす。
 その肩に、ゾフィエルがぽんと手を置いた。

「まだ戻らないと決まったわけじゃない。何か理由があって、どこかへ行かなければならなかった可能性もある」
「……おう」

 任務中だったらしいゾフィエルが消え、静かな森に一人。家に帰っても、誰もいない。一人分のコーヒーを用意していると、寂しさがこみ上げる。

 ――ルシ…。

 すぐに帰ってくる。
 その願いは数日で絶たれ、家で待つばかりの日々に遣る瀬なさがこみ上げた頃、ミカエルは一人でデビル退治に出るようになっていた。
 当てもなく、目の前に続いている道を歩き続ける。
 そうして山道を登っていたときである。

「こんにちは。お一人ですか」

 アズラエル。こんな所でも、貴公子のような佇まいは健在だ。怪しげな眼帯も相変わらずである。

「……おう」

 ミカエルはすっと目をそらす。
 最後に彼と会ったとき、ミカエルはあられもない姿を彼に晒していたのだ。
 
「あのときは、すぐに助けを呼ばず、申し訳ない」
「……いや。協力してくれたんだってな。どうも」

 蔑むような顔。苦しげな顔。あのときアズラエルが見せた表情は、今も覚えている。

「あれから、アクレプンは代替わりがありました。表沙汰になっていないが、皇帝が錯乱したとか」

 ミカエルはハッと顔を上げる。

貴方きほうと何か関係が?」
「……まぁ、おう」

 皇帝はゆめの中で、精神が破壊されると言っていた。その彼を、躊躇ちゅうちょなく闇に呑みこんだルシエル。何も考えないようにしてきたが、現実にそのような事を聞くと少々動揺してしまう。

「宴に出席した商人が、誰も貴方の話をしないのも奇妙なことです」
「ああ、だろうな」

 彼らは忘れているのだから当然だ。
 アズラエルが嗅ぎ回って何か不都合なことが起きては不味い。ミカエルはゆめにあった事を、彼に話すことにした。

「……貴方はゆめにまで…」
「そういう事だから、蒸し返すなよ」
「承知しました」

 アズラエルは憐れむような声で頷いた。

「それで、ルシフェル殿はいずこに?」

 彼には話しても平気だろう。
 ミカエルは肩をすくめる。

「いなくなっちまった」
「何かありましたか」
「ねえ、と思う。……俺にはわかんねえ」
「探さないのですか」

 息を吐いて頷く。

「きっと、ルシにはその方がいいんだ」

 アズラエルはうむと唸って、口を開いた。

「貴方はどうなのです」
「……あ?」
「このままで良いのですか」
「俺は…」

 ミカエルの心は沈んだままだ。彼のために、その方がいいんだと自分を納得させて、諦めて、なんとか現状を受け入れようとしている。

 ――どうしてルシが家を出ていったのか、理由すらわからない。

 本当はぜんぜん納得していないのに。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!

梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。 あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。 突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。 何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……? 人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。 僕って最低最悪な王子じゃん!? このままだと、破滅的未来しか残ってないし! 心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!? これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!? 前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー! 騎士×王子の王道カップリングでお送りします。 第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。 本当にありがとうございます!! ※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

処理中です...