God & Devil-Ⅱ.森でのどかに暮らしたいミカエルの巻き込まれ事変-

日灯

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5章.Dies irae

一人の家

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 翌朝、目覚めたとき、ベッドにルシエルはいなかった。

「ルシ…?」

 手作りの小さなテーブルに、いつかルシエルに渡した十字架…。それから、丸薬の入った巾着袋が置かれていた。
 ハッとして気配を探る。
 辺りにそれらしき人はいない。ミカエルは残された十字架をポケットに入れ、ロフトを飛び出した。

 ――いない。いない、いない。

 ルシエルがいない。
 辺りの森まで探してみたが、彼の姿を捉えることはできなかった。

「……ンで急に」

 何かあったのだろうか。それとも、一緒にいるのがイヤになった?
 
『見事な金髪もいいけれど、その目が一番気に入っている』

 聖学校を出てから色々あって、ミカエルはどう生きればいいのかわからなくなってしまった。ルシエルを元に戻したい。そう思ってはいたが、自分自身のこととなると、襲いかかる現実をやっとでこなして、流されて。

 ――ルシはいなくならないと思ってた。

 いや、そう思いたかっただけかもしれない。
 ミカエルは唖然と立ち尽くす。
 無意識の内に、ポケットの十字架に触れていた。昨日の夜、それはルシエルの首にかけられていた――。

「ミカ?」

 耳に届いた涼しげな声に顔を上げる。

「何があった」

 ゾフィエルだ。

「……ルシがいなくなった」

 数秒ののち、群青色のつり目が今度こそ見開かれた。

「なぜ?」

 ミカエルは緩く首を振る。

「もう、戻る気ねえのかも」
「居場所を特定できるか?」
「そりゃ、判るかもしれねぇけど…」

 果たして、瞬間移動で追いかけていいものか。
 平穏な日々は、ルシエルをより苦しめる。ここにいない方が、ルシエルにはいいのかもしれない。

「会いたくないのか」
「……そうじゃねえよ」

 聖学校から脱出した頃は、ルシエルもきっとここを気に入るだろうと思った。彼もミカエルといることを前向きに捉えていたし、ミカエルもそうだった。けれどもう――。

「あいつにこれ以上苦しんでほしくねえ」

 ミカエルの身勝手な思いで、彼をこれ以上苦しませることはできない。ルシエルはいつもミカエルを助けてくれた。救ってくれた。支えてくれた。受け入れてくれた。

「……俺も力になりたかったんだけどな」

 肩を落とす。
 その肩に、ゾフィエルがぽんと手を置いた。

「まだ戻らないと決まったわけじゃない。何か理由があって、どこかへ行かなければならなかった可能性もある」
「……おう」

 任務中だったらしいゾフィエルが消え、静かな森に一人。家に帰っても、誰もいない。一人分のコーヒーを用意していると、寂しさがこみ上げる。

 ――ルシ…。

 すぐに帰ってくる。
 その願いは数日で絶たれ、家で待つばかりの日々に遣る瀬なさがこみ上げた頃、ミカエルは一人でデビル退治に出るようになっていた。
 当てもなく、目の前に続いている道を歩き続ける。
 そうして山道を登っていたときである。

「こんにちは。お一人ですか」

 アズラエル。こんな所でも、貴公子のような佇まいは健在だ。怪しげな眼帯も相変わらずである。

「……おう」

 ミカエルはすっと目をそらす。
 最後に彼と会ったとき、ミカエルはあられもない姿を彼に晒していたのだ。
 
「あのときは、すぐに助けを呼ばず、申し訳ない」
「……いや。協力してくれたんだってな。どうも」

 蔑むような顔。苦しげな顔。あのときアズラエルが見せた表情は、今も覚えている。

「あれから、アクレプンは代替わりがありました。表沙汰になっていないが、皇帝が錯乱したとか」

 ミカエルはハッと顔を上げる。

貴方きほうと何か関係が?」
「……まぁ、おう」

 皇帝はゆめの中で、精神が破壊されると言っていた。その彼を、躊躇ちゅうちょなく闇に呑みこんだルシエル。何も考えないようにしてきたが、現実にそのような事を聞くと少々動揺してしまう。

「宴に出席した商人が、誰も貴方の話をしないのも奇妙なことです」
「ああ、だろうな」

 彼らは忘れているのだから当然だ。
 アズラエルが嗅ぎ回って何か不都合なことが起きては不味い。ミカエルはゆめにあった事を、彼に話すことにした。

「……貴方はゆめにまで…」
「そういう事だから、蒸し返すなよ」
「承知しました」

 アズラエルは憐れむような声で頷いた。

「それで、ルシフェル殿はいずこに?」

 彼には話しても平気だろう。
 ミカエルは肩をすくめる。

「いなくなっちまった」
「何かありましたか」
「ねえ、と思う。……俺にはわかんねえ」
「探さないのですか」

 息を吐いて頷く。

「きっと、ルシにはその方がいいんだ」

 アズラエルはうむと唸って、口を開いた。

「貴方はどうなのです」
「……あ?」
「このままで良いのですか」
「俺は…」

 ミカエルの心は沈んだままだ。彼のために、その方がいいんだと自分を納得させて、諦めて、なんとか現状を受け入れようとしている。

 ――どうしてルシが家を出ていったのか、理由すらわからない。

 本当はぜんぜん納得していないのに。


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