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5章.Dies irae
青く青い
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ラファエルはバルコニーまで来て、振り返った。
「何があったんですか」
「……俺を護って、逝っちまったよ」
ミカエルはバルコニーの手すりに凭れる。
真っ青な空へ目をやった。
もくもく浮かぶ白い雲。吹き抜ける風は生暖かい。
経緯を語る口は淡々と言葉を紡ぎ、空虚な心を感じた。
「体調に変化は?」
ミカエルは首を振る。ラファエルは手すりに手を付き、おもむろに口を開いた。
「妙薬について調べてみました。あれは一度子を宿す能力を与えるだけで、身体の作りを永久に変えてしまうものではないようです」
その後のことをまったく考えていなかったミカエルは、「ああ…」とぼんやり呟いた。
「ですが、中出しされた精液を養分に変えて取り込める能力は、今後も持続される」
「……へえ」
「君は今後も、いちいち掻き出さなくても平気ということです。よかったですね」
「、ああ?」
べつに嬉しくない。
眉根を寄せたミカエルに、ラファエルは笑みを深める。
「相棒の彼とは、そのような関係なんじゃないですか」
「……ちげぇよ。妙薬のこと、よく知らねかったから協力してもらっただけだ」
「そうなんですか?」
「そうなんデス」
ミカエルは半目で答え、踵を返す。
「これでもう、おまえの研究に付き合うのは終わりだな」
「そうですね。また何かあれば、頼ってください」
「誰が頼るかよ」
頼るならウリエルにする。
それでも今回、子を宿しているとき、ラファエルの存在は心強く感じたような気もするので、ミカエルは一言言っておくことにした。
「じゃ、どーも」
そうして、振り返らずに家に帰った。
リビングに入るとルシエルがソファで寛いでいた。ロフトにいることが多い彼なので、目を瞬く。
「だたいま」
「おかえり」
「ラファエルに会ったぜ」
ミカエルは椅子に座って、さっそく教えてもらった話をした。
「ぜんぜん考えてなかったけど、一度のみの効果でよかった」
「そうだね」
鳶色の瞳がじっとミカエルを見ている。
「なんだよ」
「……君が普通に話すから」
「おう?」
「もう辛くない?」
ミカエルはぼぅっとして、自分の心を感じようとした。
「……わかんねえ」
悲しみも怒りも喜びもない。
感じようとするほど空虚な穴が広がるようだ。
「ゾフィにも伝えないとな」
ミカエルは手帳を取り出し、お腹にあった命が亡くなったことを簡潔に書き込んだ。ラファエルから教えられた話も添え、心配しなくていいと続ける。
「なぁ、まだ昼間だし、旅の続きに行こうぜ」
「……ああ」
そうして二人は家を出た。
強い日差し。青い空。白い雲。吹き抜ける生暖かい風。陽炎が立ち上る。
仕事の合間に会いに来てくれたゾフィエルは、やっぱり心配そうな顔をしていた。忙しいだろうからわざわざ来なくていいと書いたのに、昼間のうちに来て驚く。平気だからと言って、少し笑った。
町を見つけては寄り道し、ツーコーに呼び出されてデビル退治をし。
身体を動かしていても、心は止まっているようだ。
そのような日々が続いたある夜、風呂上りのミカエルは、ルシエルに髪を拭いてもらいながら口を開いた。
「抱いてくれねえ?」
タオルごしに彼の手がピタリと止まる。
「……なぜ」
「埋まらねえんだ。ずっと。ここが空っぽで…」
ミカエルは腹の辺りに手をやった。
「子どもがほしい?」
「そういうんじゃねえよ。……なくなったのは俺じゃねえのに、なんで自分の一部がなくなったみてえに感じるんだろうな」
タオルが取られ、ルシエルと目が合う。
「一時期、君の中にあったんだ。自分の一部のように感じてしまってもおかしくない」
ミカエルは頷いて睫毛を伏せた。
「おまえので腹ん中いっぱいになったら、マシな気分になる気がする」
「君が感じているのは心のことだろう。物理的な行為で満たされるとは思えない」
俯いたまま何も言えずにいると、小さなため息が降ってきた。
「俺にやらせてくれるなら、やってもいい」
ミカエルはようやく顔を上げる。
「構わねえよ」
苦しいのも痛いのも平気だ。ルシエルが相手なら構わない。
するとルシエルは、かすかに眉根を寄せた。
「……まぁいい。どこでする?」
「おまえのベッド」
こうして二人は、ロフトに向かった。
「何があったんですか」
「……俺を護って、逝っちまったよ」
ミカエルはバルコニーの手すりに凭れる。
真っ青な空へ目をやった。
もくもく浮かぶ白い雲。吹き抜ける風は生暖かい。
経緯を語る口は淡々と言葉を紡ぎ、空虚な心を感じた。
「体調に変化は?」
ミカエルは首を振る。ラファエルは手すりに手を付き、おもむろに口を開いた。
「妙薬について調べてみました。あれは一度子を宿す能力を与えるだけで、身体の作りを永久に変えてしまうものではないようです」
その後のことをまったく考えていなかったミカエルは、「ああ…」とぼんやり呟いた。
「ですが、中出しされた精液を養分に変えて取り込める能力は、今後も持続される」
「……へえ」
「君は今後も、いちいち掻き出さなくても平気ということです。よかったですね」
「、ああ?」
べつに嬉しくない。
眉根を寄せたミカエルに、ラファエルは笑みを深める。
「相棒の彼とは、そのような関係なんじゃないですか」
「……ちげぇよ。妙薬のこと、よく知らねかったから協力してもらっただけだ」
「そうなんですか?」
「そうなんデス」
ミカエルは半目で答え、踵を返す。
「これでもう、おまえの研究に付き合うのは終わりだな」
「そうですね。また何かあれば、頼ってください」
「誰が頼るかよ」
頼るならウリエルにする。
それでも今回、子を宿しているとき、ラファエルの存在は心強く感じたような気もするので、ミカエルは一言言っておくことにした。
「じゃ、どーも」
そうして、振り返らずに家に帰った。
リビングに入るとルシエルがソファで寛いでいた。ロフトにいることが多い彼なので、目を瞬く。
「だたいま」
「おかえり」
「ラファエルに会ったぜ」
ミカエルは椅子に座って、さっそく教えてもらった話をした。
「ぜんぜん考えてなかったけど、一度のみの効果でよかった」
「そうだね」
鳶色の瞳がじっとミカエルを見ている。
「なんだよ」
「……君が普通に話すから」
「おう?」
「もう辛くない?」
ミカエルはぼぅっとして、自分の心を感じようとした。
「……わかんねえ」
悲しみも怒りも喜びもない。
感じようとするほど空虚な穴が広がるようだ。
「ゾフィにも伝えないとな」
ミカエルは手帳を取り出し、お腹にあった命が亡くなったことを簡潔に書き込んだ。ラファエルから教えられた話も添え、心配しなくていいと続ける。
「なぁ、まだ昼間だし、旅の続きに行こうぜ」
「……ああ」
そうして二人は家を出た。
強い日差し。青い空。白い雲。吹き抜ける生暖かい風。陽炎が立ち上る。
仕事の合間に会いに来てくれたゾフィエルは、やっぱり心配そうな顔をしていた。忙しいだろうからわざわざ来なくていいと書いたのに、昼間のうちに来て驚く。平気だからと言って、少し笑った。
町を見つけては寄り道し、ツーコーに呼び出されてデビル退治をし。
身体を動かしていても、心は止まっているようだ。
そのような日々が続いたある夜、風呂上りのミカエルは、ルシエルに髪を拭いてもらいながら口を開いた。
「抱いてくれねえ?」
タオルごしに彼の手がピタリと止まる。
「……なぜ」
「埋まらねえんだ。ずっと。ここが空っぽで…」
ミカエルは腹の辺りに手をやった。
「子どもがほしい?」
「そういうんじゃねえよ。……なくなったのは俺じゃねえのに、なんで自分の一部がなくなったみてえに感じるんだろうな」
タオルが取られ、ルシエルと目が合う。
「一時期、君の中にあったんだ。自分の一部のように感じてしまってもおかしくない」
ミカエルは頷いて睫毛を伏せた。
「おまえので腹ん中いっぱいになったら、マシな気分になる気がする」
「君が感じているのは心のことだろう。物理的な行為で満たされるとは思えない」
俯いたまま何も言えずにいると、小さなため息が降ってきた。
「俺にやらせてくれるなら、やってもいい」
ミカエルはようやく顔を上げる。
「構わねえよ」
苦しいのも痛いのも平気だ。ルシエルが相手なら構わない。
するとルシエルは、かすかに眉根を寄せた。
「……まぁいい。どこでする?」
「おまえのベッド」
こうして二人は、ロフトに向かった。
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