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5章.Dies irae
救助
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その内、辺りが橙色になってきた。
「そろそろ帰ろう」
「そうだな」
その時、ルシエルがおもむろに足を止め、辺りを見渡した。
「あ?」
ミカエルも振り返って足を止めた。氣を研ぎ澄ませると、今しがた自分たちが歩いて来た方向に複数の人の気配がする。
二人は目配せして気配を消すと、そちらへ向かった。
木々の向こう。
黒いマントを羽織った人たちが、次々と洞穴の中へ入ってゆくではないか。最後の人が入って姿が見えなくなると、ミカエルが口を開いた。
「儀式でもやるかもな」
「……行くのか」
ミカエルはおうと頷く。ルシエルは気が進まないようだったが、何も言わずにミカエルに続いた。
そうして二人は、洞穴に潜入した。
暗い洞窟内を、側面に手をついて進む。
細い道だ。
しばらく行くと、奥に灯りが見えた。
かすかに漂ってくる独特の匂い。
何か焚いたのだろうか。ミカエルは湾曲した部分でこっそりと向こう側を覗く。
そこは開けた空間になっていた。黒いマントの人々が円を描くように丸くなっている。その中央には祭壇らしき場所があり、黒光りする鉱石が鎮座していた。
「………、…――」
彼らはボソボソと何か言いながら、次々に黒い鉱石へ近づいては離れるを順繰りに繰り返す。後ろでルシエルの気配が揺れた。よく見ると黒マントたちは指を切り、そこから滴る血を鉱石へ捧げているようだった。
その時、一人が隅の方から布に包まれた何かを持ってきた。開かれた中身は裸の少年だ。眠っているのか、動かない。
場が、一気に活気づいた。
彼らはその子を抱いて黒い鉱石のもとへ行く。そこに釘付けになっていたミカエルの耳に、ふと荒い息遣いが届いた。振り返ると、ルシエルが俯き加減で胸を抑えていた。
その腕を掴んで声をかけようとしたとき、彼が顔を上げる。
ギラつく瞳は光っているようだ。不意に口許に浮かんだ艶美な微笑――。
彼の纏う異質な氣がざわめいて、ミカエルはハッと我に返った。ルシエルの腕を掴む手に力を込める。寄越された視線。その顔が、歓喜に輝いている。
「ギヤァ―――!」
不意に後ろから絶叫が響き、ミカエルはギョッとして振り返った。
四肢を固定されて祭壇に乗せられている少年の柔肌から、鮮血が溢れ出ている。
その脇に立つ黒マントの手元にチラつく鈍い光。
ミカエルはハッとして炎の刃を放った。ナイフを持った黒マントの腕が裂かれ、祭壇の黒い鉱石が打ち砕かれる。
砕かれた黒い鉱石は、光になって消えた。
「なんだ!? どうなってる!」
「侵入者か!?」
「悪魔が来たの?」
「石が…、石が…!」
響き渡る絶叫の嵐。
パニックになった人々が一斉に押し寄せる。そんな中、ミカエルはルシエルの腕を引っ張って流れに逆らい祭壇へ向かった。
「よそ者か!?」
マントを被っていないため、気付かれたのかもしれない。
「おい、こいつらだ! 石を壊しやがった!」
捕まえようと伸ばされた腕を掻い潜る。多くの人はミカエルたちを素通りして、一刻も早く洞窟の外へ出ようとしていた。彼らにぶつかりながら進むミカエルは、ルシエルの腕を放さないよう必死だ。
早く祭壇のほうへ。少年が血を流している。
そちらに気がいっており、不意に感じた殺気に振り返ったときには、黒マントの男が振り上げた鎌がミカエルの脳天に突き刺さろうとしていた。
瞬間移動すら間に合わないであろう距離。
その一瞬がスローモーションのように見えた。
唐突に死と対面した気分になったまさにその時、腹の奥から光が広がり、あまりの眩しさにミカエルは目を閉じた。
「……っ、」
思っていた衝撃は訪れない。
ゆっくりと目蓋を上げる。
黒マントの男は、人波の向こうに吹っ飛ばされていた。
ルシエルが助けてくれた。反射的にそう思ったが、すぐにわかった。お腹にずっと感じていた自分でないエネルギァがなくなっていたのだ。
――俺を護って…?
「たすけ…たすけ…た けて…」
かすかに耳に届いた声のほうを向く。血濡れの少年の存在を思い出し、ミカエルは急いで向かい、治癒を始めた。
少年はピントの合わない目でたすけてと言い続ける。
ミカエルはそこまで治癒が得意ではない。少しの傷なら治せるが、少年の傷はあまりに深かった。
「そろそろ帰ろう」
「そうだな」
その時、ルシエルがおもむろに足を止め、辺りを見渡した。
「あ?」
ミカエルも振り返って足を止めた。氣を研ぎ澄ませると、今しがた自分たちが歩いて来た方向に複数の人の気配がする。
二人は目配せして気配を消すと、そちらへ向かった。
木々の向こう。
黒いマントを羽織った人たちが、次々と洞穴の中へ入ってゆくではないか。最後の人が入って姿が見えなくなると、ミカエルが口を開いた。
「儀式でもやるかもな」
「……行くのか」
ミカエルはおうと頷く。ルシエルは気が進まないようだったが、何も言わずにミカエルに続いた。
そうして二人は、洞穴に潜入した。
暗い洞窟内を、側面に手をついて進む。
細い道だ。
しばらく行くと、奥に灯りが見えた。
かすかに漂ってくる独特の匂い。
何か焚いたのだろうか。ミカエルは湾曲した部分でこっそりと向こう側を覗く。
そこは開けた空間になっていた。黒いマントの人々が円を描くように丸くなっている。その中央には祭壇らしき場所があり、黒光りする鉱石が鎮座していた。
「………、…――」
彼らはボソボソと何か言いながら、次々に黒い鉱石へ近づいては離れるを順繰りに繰り返す。後ろでルシエルの気配が揺れた。よく見ると黒マントたちは指を切り、そこから滴る血を鉱石へ捧げているようだった。
その時、一人が隅の方から布に包まれた何かを持ってきた。開かれた中身は裸の少年だ。眠っているのか、動かない。
場が、一気に活気づいた。
彼らはその子を抱いて黒い鉱石のもとへ行く。そこに釘付けになっていたミカエルの耳に、ふと荒い息遣いが届いた。振り返ると、ルシエルが俯き加減で胸を抑えていた。
その腕を掴んで声をかけようとしたとき、彼が顔を上げる。
ギラつく瞳は光っているようだ。不意に口許に浮かんだ艶美な微笑――。
彼の纏う異質な氣がざわめいて、ミカエルはハッと我に返った。ルシエルの腕を掴む手に力を込める。寄越された視線。その顔が、歓喜に輝いている。
「ギヤァ―――!」
不意に後ろから絶叫が響き、ミカエルはギョッとして振り返った。
四肢を固定されて祭壇に乗せられている少年の柔肌から、鮮血が溢れ出ている。
その脇に立つ黒マントの手元にチラつく鈍い光。
ミカエルはハッとして炎の刃を放った。ナイフを持った黒マントの腕が裂かれ、祭壇の黒い鉱石が打ち砕かれる。
砕かれた黒い鉱石は、光になって消えた。
「なんだ!? どうなってる!」
「侵入者か!?」
「悪魔が来たの?」
「石が…、石が…!」
響き渡る絶叫の嵐。
パニックになった人々が一斉に押し寄せる。そんな中、ミカエルはルシエルの腕を引っ張って流れに逆らい祭壇へ向かった。
「よそ者か!?」
マントを被っていないため、気付かれたのかもしれない。
「おい、こいつらだ! 石を壊しやがった!」
捕まえようと伸ばされた腕を掻い潜る。多くの人はミカエルたちを素通りして、一刻も早く洞窟の外へ出ようとしていた。彼らにぶつかりながら進むミカエルは、ルシエルの腕を放さないよう必死だ。
早く祭壇のほうへ。少年が血を流している。
そちらに気がいっており、不意に感じた殺気に振り返ったときには、黒マントの男が振り上げた鎌がミカエルの脳天に突き刺さろうとしていた。
瞬間移動すら間に合わないであろう距離。
その一瞬がスローモーションのように見えた。
唐突に死と対面した気分になったまさにその時、腹の奥から光が広がり、あまりの眩しさにミカエルは目を閉じた。
「……っ、」
思っていた衝撃は訪れない。
ゆっくりと目蓋を上げる。
黒マントの男は、人波の向こうに吹っ飛ばされていた。
ルシエルが助けてくれた。反射的にそう思ったが、すぐにわかった。お腹にずっと感じていた自分でないエネルギァがなくなっていたのだ。
――俺を護って…?
「たすけ…たすけ…た けて…」
かすかに耳に届いた声のほうを向く。血濡れの少年の存在を思い出し、ミカエルは急いで向かい、治癒を始めた。
少年はピントの合わない目でたすけてと言い続ける。
ミカエルはそこまで治癒が得意ではない。少しの傷なら治せるが、少年の傷はあまりに深かった。
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