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5章.Dies irae
悪魔がお好き
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次に通りがかった町は、静かな場所だった。荷馬車はまだ先の町へ行くと言う。
「寄っていく?」
「何もなさそうだな」
スルーしてしまおうか。ミカエルが口を開きかけた時、御者の商人がボソリと落とした。
「そこの町は、怖ぇ噂があるだよ」
ミカエルは片眉を上げる。彼は俯きかげんで続けた。
「悪魔崇拝をな、やってるんだと。夜な夜な叫び声が聞こえたり…。ここらの町で、子らがいなくなったりよ」
「こら」
「悪魔に捧げるんだ」
前に一度、ここらでデビルが目撃され、修道士がやって来た。当時、悪魔崇拝をしていた人がたくさん捕まったらしい。
「そんで、もうなくなったと思ったんだが、近頃また噂になってるんだな」
二人は目を見合わせる。
ルシエルはちょっと嫌そうな雰囲気だ。しかし、悪魔崇拝に興味を抱いたミカエルは、
「行ってみようぜ」
クッと口角を上げたのだった。
そうして、すぐさま御者に声をかける。
「ウリエルに報告して任せればいい」
ルシエルはゆるゆると首を振った。
「俺らで充分だろ」
「本当にやっているなら、おぞましいものを目にすることになるかもしれない」
「おまえが儀式で見てるような?」
ミカエルはじっとルシエルの顔を見上げる。
感情を隠した瞳がミカエルを映していた。
「関わらないほうがいい」
彼はいつもそう言って、ミカエルを守ろうとしてくれる。
――ルシエルが言うなら。
彼のためにも自分のためにも、関わらないほうがいいと思っていた。
けれど、今はちがう。
悪夢のような日々を彼に打ち明けたあと、心が軽くなったのだ。自分一人で抱え込んでいた重荷を下ろせたような気になった。嫌な体験や、やりたくない事をした自分のことも、受け入れられた。それらも自分の一部だと、ルシエルに晒したことで認められたのだ。
「俺にも関わらせろよ」
鳶色の瞳がかすかに見開かれる。唇が開かれ、彼が何か言おうとしたとき、ちょうど荷馬車が止まった。
「行こうぜ」
ミカエルはニッと笑って飛び降りる。ルシエルは小さく息を吐き、それに続いた。
挨拶を交わして荷馬車の男を見送る。
振り返ったルシエルは割り切った様子で腕を広げた。
「この格好で?」
「俺らは何も知らねえ一般人だ」
ベストのボタンに手をかけたミカエルに倣い、ルシエルも肩をすくめてボタンを外しにかかった。羽織りを着て、帽子を被れば準備満タン。
「うっし、行くぜ」
ミカエルは揚々と足を踏み出す。
もしかしたら、いつかの町で子どもがたくさん消えたカラクリもわかるかもしれない。
ウキウキな帽子姿をしばし眺めて、ルシエルもその後をゆったり追った。
灰色の石が積み上げられた壁で囲まれた町である。
最初こそゴーストタウンといった風だったが、昼時ということもあり、店屋が並ぶ通りには人がいた。
ぼそぼそと話す声が聞こえる。会話の内容までは分からない。一つ言えるのは、閉鎖的な町では、他所から来た者はよく目立つということだ。
毒を盛られたこともある。
ミカエルは警戒を怠らないようにした。
「ここの食い物は安全だと思うか?」
「視線は君に集中していない。単によそ者を警戒してるんだろう」
「んじゃ、大丈夫そうだな」
二人が食事処を探して歩いていたところ、向こうからやって来た前方不注意な子どもがルシエルにぶつかった。
ルシエルは思わず抱きとめる。
「ご、ごめんなさいっ」
性別不詳なその子は顔を上げ、ルシエルの異質な氣を感じたのか、零れ落ちそうなくらい目を見開いた。
ルシエルは子どもから手を離すと、何事もなかったかのように歩み始める。ミカエルは彼に続いた。
二人の後ろから、ふと高い声が響く。
「すっげー!」
そうして走ってきた小さな子は、ルシエルの上着の裾を躊躇なく掴んだ。ルシエルはかすかに眉根を寄せ、その子を見下ろす。
「おにぃちゃん、アクマとなかいいの? アクマに会ったことある!? けーやくしてるの?」
キラキラと目を輝かせて言われた言葉に、ルシエルは足を止めた。子どもは質問を浴びせてやまない。
「俺は、」
ルシエルが口を開きかけたその時、ミカエルが子どもの襟首を後ろからヒョイと掴み上げた。
「おらガキ。悪魔なんていねえよ。会ったことあるわけねえだろ。契約ってなんだ」
「ぼく、見たことあるもん! けーやくするとね、おねがいをきいてくれるんだって!」
ミカエルの顔の高さまで持ち上げられて、近距離で目つきの悪い顔と顔を突き合わすことになっても、子どもの元気は収まらなかった。
「お願いって、例えば?」
「わるい人をこらしめたり、しかえししてくれるの!」
不意に、目の前の子どもが横からかっ拐われた。見れば、黒服の女性が青ざめた顔でその子を抱いている。
「……旅の方かしら?」
警戒を露に、観察するように自分たちを見てくる女性に、ミカエルは眉尻を下げて微笑んだ。
「寄っていく?」
「何もなさそうだな」
スルーしてしまおうか。ミカエルが口を開きかけた時、御者の商人がボソリと落とした。
「そこの町は、怖ぇ噂があるだよ」
ミカエルは片眉を上げる。彼は俯きかげんで続けた。
「悪魔崇拝をな、やってるんだと。夜な夜な叫び声が聞こえたり…。ここらの町で、子らがいなくなったりよ」
「こら」
「悪魔に捧げるんだ」
前に一度、ここらでデビルが目撃され、修道士がやって来た。当時、悪魔崇拝をしていた人がたくさん捕まったらしい。
「そんで、もうなくなったと思ったんだが、近頃また噂になってるんだな」
二人は目を見合わせる。
ルシエルはちょっと嫌そうな雰囲気だ。しかし、悪魔崇拝に興味を抱いたミカエルは、
「行ってみようぜ」
クッと口角を上げたのだった。
そうして、すぐさま御者に声をかける。
「ウリエルに報告して任せればいい」
ルシエルはゆるゆると首を振った。
「俺らで充分だろ」
「本当にやっているなら、おぞましいものを目にすることになるかもしれない」
「おまえが儀式で見てるような?」
ミカエルはじっとルシエルの顔を見上げる。
感情を隠した瞳がミカエルを映していた。
「関わらないほうがいい」
彼はいつもそう言って、ミカエルを守ろうとしてくれる。
――ルシエルが言うなら。
彼のためにも自分のためにも、関わらないほうがいいと思っていた。
けれど、今はちがう。
悪夢のような日々を彼に打ち明けたあと、心が軽くなったのだ。自分一人で抱え込んでいた重荷を下ろせたような気になった。嫌な体験や、やりたくない事をした自分のことも、受け入れられた。それらも自分の一部だと、ルシエルに晒したことで認められたのだ。
「俺にも関わらせろよ」
鳶色の瞳がかすかに見開かれる。唇が開かれ、彼が何か言おうとしたとき、ちょうど荷馬車が止まった。
「行こうぜ」
ミカエルはニッと笑って飛び降りる。ルシエルは小さく息を吐き、それに続いた。
挨拶を交わして荷馬車の男を見送る。
振り返ったルシエルは割り切った様子で腕を広げた。
「この格好で?」
「俺らは何も知らねえ一般人だ」
ベストのボタンに手をかけたミカエルに倣い、ルシエルも肩をすくめてボタンを外しにかかった。羽織りを着て、帽子を被れば準備満タン。
「うっし、行くぜ」
ミカエルは揚々と足を踏み出す。
もしかしたら、いつかの町で子どもがたくさん消えたカラクリもわかるかもしれない。
ウキウキな帽子姿をしばし眺めて、ルシエルもその後をゆったり追った。
灰色の石が積み上げられた壁で囲まれた町である。
最初こそゴーストタウンといった風だったが、昼時ということもあり、店屋が並ぶ通りには人がいた。
ぼそぼそと話す声が聞こえる。会話の内容までは分からない。一つ言えるのは、閉鎖的な町では、他所から来た者はよく目立つということだ。
毒を盛られたこともある。
ミカエルは警戒を怠らないようにした。
「ここの食い物は安全だと思うか?」
「視線は君に集中していない。単によそ者を警戒してるんだろう」
「んじゃ、大丈夫そうだな」
二人が食事処を探して歩いていたところ、向こうからやって来た前方不注意な子どもがルシエルにぶつかった。
ルシエルは思わず抱きとめる。
「ご、ごめんなさいっ」
性別不詳なその子は顔を上げ、ルシエルの異質な氣を感じたのか、零れ落ちそうなくらい目を見開いた。
ルシエルは子どもから手を離すと、何事もなかったかのように歩み始める。ミカエルは彼に続いた。
二人の後ろから、ふと高い声が響く。
「すっげー!」
そうして走ってきた小さな子は、ルシエルの上着の裾を躊躇なく掴んだ。ルシエルはかすかに眉根を寄せ、その子を見下ろす。
「おにぃちゃん、アクマとなかいいの? アクマに会ったことある!? けーやくしてるの?」
キラキラと目を輝かせて言われた言葉に、ルシエルは足を止めた。子どもは質問を浴びせてやまない。
「俺は、」
ルシエルが口を開きかけたその時、ミカエルが子どもの襟首を後ろからヒョイと掴み上げた。
「おらガキ。悪魔なんていねえよ。会ったことあるわけねえだろ。契約ってなんだ」
「ぼく、見たことあるもん! けーやくするとね、おねがいをきいてくれるんだって!」
ミカエルの顔の高さまで持ち上げられて、近距離で目つきの悪い顔と顔を突き合わすことになっても、子どもの元気は収まらなかった。
「お願いって、例えば?」
「わるい人をこらしめたり、しかえししてくれるの!」
不意に、目の前の子どもが横からかっ拐われた。見れば、黒服の女性が青ざめた顔でその子を抱いている。
「……旅の方かしら?」
警戒を露に、観察するように自分たちを見てくる女性に、ミカエルは眉尻を下げて微笑んだ。
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