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5章.Dies irae
新らしく異なる日々
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どこまでも続いていそうな平らな道。
ミカエルとルシエルは、通りがかった荷馬車をヒッチハイクして荷台に乗せてもらった。
「長閑だな」
二人は立ったまま木製の囲いに肘をつき、過ぎ去る景色を見ている。
見渡すかぎり緑だ。その向こうに山と空。強い日差しが降り注ぎ、そよぐ風が心地よい。
――教会の人間になって早一ヵ月。
やっていることは、王権下でデビル退治をしていた頃と変わらない。気ままに旅をし、時に呼ばれてデビル退治の応援に行ったりする。
わかりやすい変化は着ている制服だ。
青いイメージだった制服が、赤いイメージになっている。特徴的なのはシャツや上着の腕の上部がふわっとなっていることだ。そこから覗く黒。最初に着たときは、どうなっているのだろうと思った。腕の下のほうはピッタリしているので、動きにくさはない。
この制服の良い点は、気温が高い時期は上着を着なくていいことだ。しかしながら、黒いアクセントの入った赤いベストは着なくてはならない。それから、ズボンも短い。ダボッとした黒いズボンを膝の辺りで縛って留める。ブーツではなく靴でも良いのもありがたかった。
「教皇領は比較的温かい地域にあるからね」
とは、ルシエルの言葉である。山に行くときにはブーツを履くなど、衛兵は柔軟に対応しているらしかった。
教会のためにやっているのではない。デビル退治はやるべきだと思うし、お腹の子を護るためだ。そう思えば、制服の色はあまり気にならなかった。
「おや、移動中ですか」
「……おう」
いきなり荷台に現れたのはラファエルだ。ミカエルのエネルギァは見つけやすいという。
「君の衛兵姿も見慣れましたね」
「おまえは暑くねえのか?」
修道士のラファエルは相変わらず全身真っ黒の制服姿。
見ているだけで暑苦しい。
「暑いですよ」
貼り付けられた微笑が、なにを当然のことをと言いたげだ。ミカエルは眉を上げ、沈黙した。
お腹に手を当てられて、いつものように診察が始まる。
「順調です。体調の変化は?」
「ねーよ」
「そろそろ、自身のエネルギァでここを覆うように意識したほうがいいかもしれません」
「おう」
自分で感じる身体的変化はない。よく寝るようになったことくらいだろうか。ただ、異なるエネルギァは常に腹に感じており、そこに命が宿っていることを主張していた。
「それでは、神のご加護があらんことを」
お決まりの言葉を残し、ラファエルはさっと消えた。
なんだか眠くなってきた。
「こっから、ちぃと揺れるぞ」
「おー」
ミカエルは欠伸して、荷馬車前方から掛かった声に適当に返す。そちらを向けば、山道に差し掛かっていた。
不意にガタガタと揺れ始めた荷台。
「ぅおっ」
たまに石に乗り上げ、身体が一瞬ふっと浮き上がることもしばしばだ。
「気ぃつけなー!」
「オッサンがな!」
ただでさえくねくねした道なのに、平らな道と同じ速度で走っているのだから堪らない。よくコースアウトしないものだ。
「ヒーハー!」
前方から奇妙な叫び声が聞こえてくる。
「……絶好調っらしい」
ルシエルが浮いた木箱を抑えてボソリと落とした。
「別人じゃねえかっ」
平地で声をかけた時は、おっとりした雰囲気の優しそうなおじさんだったのだ。
「っ」
急カーブ。
片側の車輪が浮いている。
倒れそうで倒れない。そのスレスレを荷馬車はキープした。
「おいオッサン、気ィつけろよ!」
ガタンと戻った荷台で叫ぶミカエル。二人が抑えていなかったら、三分の一の荷が落ちていただろう。
「ありがとな坊主たち! けどよ、山賊に襲われるよかマシだ!」
「山賊?」
そのとき、素晴らしいスピードで過ぎ去る風景のなかに武器を手にした人影を見た。
彼らは荷馬車の前に飛び出そうとして慌てて引っ込んだり、木の上からこちらをポカンと見下ろしている。
山道を抜け平地へ戻ると、男は先ほどのハッスル振りが嘘のような、おっとり口調で語ってくれた。
「オイラっちしがない商人は、護衛を雇う金もねえんで、山賊の餌食になるんだな。ちぃと落としても、全部取られるよりぁマシってもんだ」
それで、あのようなスピードだったらしい。
「何よりよ、あのスリルがいいんだな。一度やったら、やみつきだぁ」
はっはっはっ
朗らかな笑い声に脱力し、空を仰いだミカエルだった。
ミカエルとルシエルは、通りがかった荷馬車をヒッチハイクして荷台に乗せてもらった。
「長閑だな」
二人は立ったまま木製の囲いに肘をつき、過ぎ去る景色を見ている。
見渡すかぎり緑だ。その向こうに山と空。強い日差しが降り注ぎ、そよぐ風が心地よい。
――教会の人間になって早一ヵ月。
やっていることは、王権下でデビル退治をしていた頃と変わらない。気ままに旅をし、時に呼ばれてデビル退治の応援に行ったりする。
わかりやすい変化は着ている制服だ。
青いイメージだった制服が、赤いイメージになっている。特徴的なのはシャツや上着の腕の上部がふわっとなっていることだ。そこから覗く黒。最初に着たときは、どうなっているのだろうと思った。腕の下のほうはピッタリしているので、動きにくさはない。
この制服の良い点は、気温が高い時期は上着を着なくていいことだ。しかしながら、黒いアクセントの入った赤いベストは着なくてはならない。それから、ズボンも短い。ダボッとした黒いズボンを膝の辺りで縛って留める。ブーツではなく靴でも良いのもありがたかった。
「教皇領は比較的温かい地域にあるからね」
とは、ルシエルの言葉である。山に行くときにはブーツを履くなど、衛兵は柔軟に対応しているらしかった。
教会のためにやっているのではない。デビル退治はやるべきだと思うし、お腹の子を護るためだ。そう思えば、制服の色はあまり気にならなかった。
「おや、移動中ですか」
「……おう」
いきなり荷台に現れたのはラファエルだ。ミカエルのエネルギァは見つけやすいという。
「君の衛兵姿も見慣れましたね」
「おまえは暑くねえのか?」
修道士のラファエルは相変わらず全身真っ黒の制服姿。
見ているだけで暑苦しい。
「暑いですよ」
貼り付けられた微笑が、なにを当然のことをと言いたげだ。ミカエルは眉を上げ、沈黙した。
お腹に手を当てられて、いつものように診察が始まる。
「順調です。体調の変化は?」
「ねーよ」
「そろそろ、自身のエネルギァでここを覆うように意識したほうがいいかもしれません」
「おう」
自分で感じる身体的変化はない。よく寝るようになったことくらいだろうか。ただ、異なるエネルギァは常に腹に感じており、そこに命が宿っていることを主張していた。
「それでは、神のご加護があらんことを」
お決まりの言葉を残し、ラファエルはさっと消えた。
なんだか眠くなってきた。
「こっから、ちぃと揺れるぞ」
「おー」
ミカエルは欠伸して、荷馬車前方から掛かった声に適当に返す。そちらを向けば、山道に差し掛かっていた。
不意にガタガタと揺れ始めた荷台。
「ぅおっ」
たまに石に乗り上げ、身体が一瞬ふっと浮き上がることもしばしばだ。
「気ぃつけなー!」
「オッサンがな!」
ただでさえくねくねした道なのに、平らな道と同じ速度で走っているのだから堪らない。よくコースアウトしないものだ。
「ヒーハー!」
前方から奇妙な叫び声が聞こえてくる。
「……絶好調っらしい」
ルシエルが浮いた木箱を抑えてボソリと落とした。
「別人じゃねえかっ」
平地で声をかけた時は、おっとりした雰囲気の優しそうなおじさんだったのだ。
「っ」
急カーブ。
片側の車輪が浮いている。
倒れそうで倒れない。そのスレスレを荷馬車はキープした。
「おいオッサン、気ィつけろよ!」
ガタンと戻った荷台で叫ぶミカエル。二人が抑えていなかったら、三分の一の荷が落ちていただろう。
「ありがとな坊主たち! けどよ、山賊に襲われるよかマシだ!」
「山賊?」
そのとき、素晴らしいスピードで過ぎ去る風景のなかに武器を手にした人影を見た。
彼らは荷馬車の前に飛び出そうとして慌てて引っ込んだり、木の上からこちらをポカンと見下ろしている。
山道を抜け平地へ戻ると、男は先ほどのハッスル振りが嘘のような、おっとり口調で語ってくれた。
「オイラっちしがない商人は、護衛を雇う金もねえんで、山賊の餌食になるんだな。ちぃと落としても、全部取られるよりぁマシってもんだ」
それで、あのようなスピードだったらしい。
「何よりよ、あのスリルがいいんだな。一度やったら、やみつきだぁ」
はっはっはっ
朗らかな笑い声に脱力し、空を仰いだミカエルだった。
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