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4章.Tractus
一つの終わり
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森の家に瞬間移動したミカエルは、さっそくゾフィエルから渡された手帳に書きこんだ。
思った通りの展開になり、王に任命されたデビル退治を辞めなければならない。王に会って話をつけたい、と。
リビングのソファに沈んでいたら、ルシエルがロフトから降りてきた。
「おかえり」
「ただいま」
「どうだった?」
「教会のために尽くせってよ」
椅子に座ったルシエルがじっとミカエルを見る。
「平気?」
「……腹の子のためだ。仕方ねえ」
ミカエルは彼の方を向く。
「やることはあんま変わんねえと思う。教皇の警護もやんなきゃならねえけど…。デビル退治、おまえと一緒にやっていいって」
「そう」
「次は王に話つけに行く」
手帳に目を落とすと、返事が書きこまれていた。今日の夕刻、会える時間がありそうとのこと。
「聖剣とも、これでお別れか」
軍服を着るのは好きではなかったが、聖剣は気に入っていた。手放すのは少々惜しい。
――たった数ヶ月の間に色々あった。
師匠を探すために旅を始めて、再会し、道を別れて。王族関係の者とも知り合った。妹メアリエルの護衛もやった。それは国に属していたからできたことだ。
「なりゆきだったけど、やってて良かったこともあったな」
「それは良かった」
目を閉じて、思い出すのは遠浅の美しい海のこと。
ルシエルの笑顔。
「今日はマッタリ?」
「おう。ちょっと寝る」
ミカエルはソファに横になる。目を閉じればすぐに眠気に包まれた。
真昼に見たゆめは穏やかで、優しかった。
夕刻、ゾフィエルがやって来て、ミカエルは城へ向かった。要件はゾフィエルから伝えてあるという。
ミカエルは聖剣を持って王の執務室を訪れた。これは自分で返さなければならないと思ったのだ。ゾフィエルは、ミカエルを部屋へ通して出ていった。
王と二人きりになる。
以前、こうしてここで会ったとき、ミカエルは王家の血にまつわる話を聞いたのだった。
「ミカエル、少し痩せたか」
自覚はなかったので、首を傾げる。
「何があった」
鮮青色の瞳が、まっすぐにミカエルを捉えていた。
ミカエルは重い唇を開いて言葉を紡ぐ。
「今日は、辞めるためにここに来ました」
「教会に属したいのだろう? ゾフィエルから聞いた。理由を、聞かせてくれ」
睫毛を伏せる。
「……アクレプンで、妙薬を入れられて、ここに、新たな命があります」
みるみるうちにヨハエルの目が見開かれる。
「妊娠…?」
「はい。それをラファエルに知られました。教会の人間になれば、黙っていてくれるそうです」
ヨハエルは椅子から立ち上がり、机を回ってミカエルの許へ歩み寄る。
「そなたは…、よく困難に遭う。覚えているか? 血の話を」
「はい」
ミカエルの顔をまじまじと見て、ヨハエルはため息を吐いた。
「悔いのないように生きなさい」
せめて、と聞こえるような声だった。
寿命が減るのは力を一気に使ったときだけではない。けれどそちらは、どうにもできない事のようにミカエルには思われた。
「俺、そんなに減ってますか」
「己が一番わかっておろう」
ミカエルは俯いて、諦めたように笑う。そこで聖剣の存在を思い出した。
「これ、」
差し出せば、首を振られる。
「そなたにこそ相応しい」
「俺はもう、教会の人間になるのに」
「構わぬ。それを見て、伝承のミカエルを思う者もいるだろう」
なんとなく、ヨハエルはそのためにミカエルに持たせているのではない気がした。真心なのか、他に思惑があるのか、ミカエルにはわからなかったけれど。
「ありがとうございます」
まだ聖剣を手にしていられることは、素直に嬉しかった。
帰り際、ミカエルは振り返る。
「師匠に伝えてくれますか」
「……ああ。真実を伝えて良いのだな」
ミカエルはしっかり頷く。
ヨハエルはぼやくように言った。
「辺境伯領での戦はこちらが優勢だ。このままいけば、あちらが負けるだろう。停戦となって喜ぶのはあちらだ」
教皇は全くそのような素振りを見せなかったが、内心では鴨がネギを背負ってやって来たとでも思ったかもしれない。
「そなたに、選択の余地はないか」
「……はい」
なんにせよ、戦など早く終わってほしいと思うのも本心だ。
ミカエルが衛兵となった数日後、モンテナー辺境伯領とミュラーノ公国の戦は終結した。
ゾフィエルによると、バラキエルは後始末に奔走しているらしい。暇になった傭兵に土木作業などの依頼をし、自身が率先してそれをこなすなど。第一線で活躍したであろうバラキエルのそのような姿を見たら、他の者たちも暴挙を働く暇はないだろう。
戦の終結を聞いても、ミカエルはバラキエルに会いに行かなかった。どのような顔で会えばいいのか、未だにわからないのだ。
バラキエルも、森の家を訪ねてくることはなかった。ある時ひょっこりミカエルのもとを訪れたラムエルが、「君は自分の道を歩み始めている。バラキエル殿はそう思い、干渉しないことに決めたようだよ」と教えてくれた。
-4章 end-
思った通りの展開になり、王に任命されたデビル退治を辞めなければならない。王に会って話をつけたい、と。
リビングのソファに沈んでいたら、ルシエルがロフトから降りてきた。
「おかえり」
「ただいま」
「どうだった?」
「教会のために尽くせってよ」
椅子に座ったルシエルがじっとミカエルを見る。
「平気?」
「……腹の子のためだ。仕方ねえ」
ミカエルは彼の方を向く。
「やることはあんま変わんねえと思う。教皇の警護もやんなきゃならねえけど…。デビル退治、おまえと一緒にやっていいって」
「そう」
「次は王に話つけに行く」
手帳に目を落とすと、返事が書きこまれていた。今日の夕刻、会える時間がありそうとのこと。
「聖剣とも、これでお別れか」
軍服を着るのは好きではなかったが、聖剣は気に入っていた。手放すのは少々惜しい。
――たった数ヶ月の間に色々あった。
師匠を探すために旅を始めて、再会し、道を別れて。王族関係の者とも知り合った。妹メアリエルの護衛もやった。それは国に属していたからできたことだ。
「なりゆきだったけど、やってて良かったこともあったな」
「それは良かった」
目を閉じて、思い出すのは遠浅の美しい海のこと。
ルシエルの笑顔。
「今日はマッタリ?」
「おう。ちょっと寝る」
ミカエルはソファに横になる。目を閉じればすぐに眠気に包まれた。
真昼に見たゆめは穏やかで、優しかった。
夕刻、ゾフィエルがやって来て、ミカエルは城へ向かった。要件はゾフィエルから伝えてあるという。
ミカエルは聖剣を持って王の執務室を訪れた。これは自分で返さなければならないと思ったのだ。ゾフィエルは、ミカエルを部屋へ通して出ていった。
王と二人きりになる。
以前、こうしてここで会ったとき、ミカエルは王家の血にまつわる話を聞いたのだった。
「ミカエル、少し痩せたか」
自覚はなかったので、首を傾げる。
「何があった」
鮮青色の瞳が、まっすぐにミカエルを捉えていた。
ミカエルは重い唇を開いて言葉を紡ぐ。
「今日は、辞めるためにここに来ました」
「教会に属したいのだろう? ゾフィエルから聞いた。理由を、聞かせてくれ」
睫毛を伏せる。
「……アクレプンで、妙薬を入れられて、ここに、新たな命があります」
みるみるうちにヨハエルの目が見開かれる。
「妊娠…?」
「はい。それをラファエルに知られました。教会の人間になれば、黙っていてくれるそうです」
ヨハエルは椅子から立ち上がり、机を回ってミカエルの許へ歩み寄る。
「そなたは…、よく困難に遭う。覚えているか? 血の話を」
「はい」
ミカエルの顔をまじまじと見て、ヨハエルはため息を吐いた。
「悔いのないように生きなさい」
せめて、と聞こえるような声だった。
寿命が減るのは力を一気に使ったときだけではない。けれどそちらは、どうにもできない事のようにミカエルには思われた。
「俺、そんなに減ってますか」
「己が一番わかっておろう」
ミカエルは俯いて、諦めたように笑う。そこで聖剣の存在を思い出した。
「これ、」
差し出せば、首を振られる。
「そなたにこそ相応しい」
「俺はもう、教会の人間になるのに」
「構わぬ。それを見て、伝承のミカエルを思う者もいるだろう」
なんとなく、ヨハエルはそのためにミカエルに持たせているのではない気がした。真心なのか、他に思惑があるのか、ミカエルにはわからなかったけれど。
「ありがとうございます」
まだ聖剣を手にしていられることは、素直に嬉しかった。
帰り際、ミカエルは振り返る。
「師匠に伝えてくれますか」
「……ああ。真実を伝えて良いのだな」
ミカエルはしっかり頷く。
ヨハエルはぼやくように言った。
「辺境伯領での戦はこちらが優勢だ。このままいけば、あちらが負けるだろう。停戦となって喜ぶのはあちらだ」
教皇は全くそのような素振りを見せなかったが、内心では鴨がネギを背負ってやって来たとでも思ったかもしれない。
「そなたに、選択の余地はないか」
「……はい」
なんにせよ、戦など早く終わってほしいと思うのも本心だ。
ミカエルが衛兵となった数日後、モンテナー辺境伯領とミュラーノ公国の戦は終結した。
ゾフィエルによると、バラキエルは後始末に奔走しているらしい。暇になった傭兵に土木作業などの依頼をし、自身が率先してそれをこなすなど。第一線で活躍したであろうバラキエルのそのような姿を見たら、他の者たちも暴挙を働く暇はないだろう。
戦の終結を聞いても、ミカエルはバラキエルに会いに行かなかった。どのような顔で会えばいいのか、未だにわからないのだ。
バラキエルも、森の家を訪ねてくることはなかった。ある時ひょっこりミカエルのもとを訪れたラムエルが、「君は自分の道を歩み始めている。バラキエル殿はそう思い、干渉しないことに決めたようだよ」と教えてくれた。
-4章 end-
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