God & Devil-Ⅱ.森でのどかに暮らしたいミカエルの巻き込まれ事変-

日灯

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4章.Tractus

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 ルシエルは皇帝の首を捕まえていた手をようやく下ろした。
 代わりに、皇帝の周囲に闇が展開される。

「ここで死んだらどうなる?」

 明日は晴れるかな。そんな軽さで問われた皇帝は、ゴクリと喉を鳴らした。 

「……精神が、破壊されよう」
「へえ」

 答えた皇帝の顔に、初めて恐怖が滲んでいた。
 ヤグニエが一歩前へ出る。

「ま、待て、」
「おまえは殺さない。彼に関わる記憶は忘れてもらうがな。行け」

 その言葉でヤグニエは消えた。
 ルシエルが皇帝に背を向け、ミカエルの前に立つ。ミカエルからは、皇帝の姿が見えなくなった。

「、話し合おぅっ」
「もう少し早く気付けばよかった」

 皇帝の気配が消え、暗闇に二人きり。
 そっと髪を撫でる手が優しくて、ミカエルは思わず掴んで握りしめていた。

「なんかの、術? なのか」
「……ああ。眠る君から異国の香りがして、もしやと思った」

 そういえば、ヤグニエの部屋にいるとき、いつも同じ香が焚かれていた。

「俺が悪夢と思ってたのは、ゆめじゃなかった…?」
「ゆめには違いない。彼らに主導権を握られていたゆめだ」

 ならばミカエルは、アクレプン帝国を去ってからも、彼らに実際、犯されていたということになる。

 ――ゆめだけど、ゆめじゃなかった…。

 膝の力が抜けて崩れ落ちそうになったところを、腕を引かれて抱き締められた。

「悪夢はこれで終わりだ。目覚めたら、奴らはなにも覚えていない。現実で君と会ったことも、したことも」
「……ようやく、終わった」
「そう、これで終わりだ。君も忘れるか?」

 ミカエルはなんとか自分で立って、人外じみた美貌を見上げる。

「おまえは?」
「……俺は、覚えている」
「それなら俺も覚えてる。それに…、身体が忘れねえだろ」

 視線が下がると、長い指に髪を梳かれた。指の背で頬を撫でられる。

「世話になっている家に、治癒に関する本が幾つかあってね。君の身体を、体験する前の状態に戻すことができると思う」

 ミカエルはハッと顔を上げる。

「じゃあ、」
「妙薬については不明な点が多い。あの男の言う通り、下手に触らないほうがいいだろう」

 真摯な眼差しで言われ、ミカエルは小さく息を吐く。気持ちを切り替え、口を開いた。

「……それ以外の、色んなヤツに色んなことされた感覚とかが消せるってことか」
「そう。それによって変化した身体の部分も」
「変化?」
「君のここ、見ればたくさんヤってる事がわかる状態になっている」

 ズボンの上からお尻の谷間に指を入れられ、ギクリと身体が揺れる。
 そういえば、使い込んだ感じになったとかなんとか、言われたかもしれない。

「そ、れが、戻る?」
「戻したいなら」
「戻してえ」
「それなら戻そう」

 ルシエルは事もなげに言って肩をすくめた。それから、改めてミカエルを見詰める。

「今日もずいぶん酷い目に遭っただろう。本当に、覚えたままでいる?」
「……おう」

 思い出すだけで冷や汗が出るような体験だ。けれどそれは、今度こそ自分を手放さなかった証でもある。
 
「……わかった」

 頷いたルシエルはかすかに眉根を寄せて、どこか諦めたような、それでいて安堵したような表情をした。

「戻ろう」

 差し伸ばされた手を取る。
 目蓋を上げるとベッドの上だった。
 横を向けばルシエルがいる。狭いベッドでひっついて、ミカエルは安らぎに目を閉じた。

「二度寝?」
「今度こそ、ちゃんと寝れる」

 布団の中で手の甲に彼の手が重なって、身体が温かなエネルギァに包まれた。

「次に目覚めたとき、君の身体は悪夢のような日々の体験をすっかり忘れているだろう」
「また "しょじょ" に戻れるってことだよな」
「……そうだね」

 安心したからか、心地良い眠気がやってくる。

「新しい俺のしょじょはおまえが奪えよ」
「なぜ、」
「また何があるかわかんねえし。奪われんなら、おまえがいい…」

 重ねられた手がピクリと揺れる。目蓋を上げようとしたら、彼の手のひらに目許を覆われた。
 
「ルシ?」
「おやすみ」

 急激に眠気が強くなる。
 ありがとなと動かした唇は、ちゃんと言葉を届けられただろうか。
 意識はとろけ、光に染まった。
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