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4章.Tractus
露呈
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要求を呑まなければ、教会の知るところとなる。
そしたらもっと多くの人がこの事を知り、ミカエルはお腹の子を護りながら逃げる日々になる。
「……おまえは、どう思う?」
「君がいいなら、それでいい」
――胸が苦しい。
ミカエルは顔を上げられなかった。
「話はまとまったようですね」
「……いきなり会うって言い出すのは、妙じゃねえのか」
「私の説得に応じたということで」
片眉を上げてラファエルを見ると、肩をすくめる。
「よりそれらしい理由がほしいなら、モンテナー辺境伯領のことを持ち出せばいい」
「ああ?」
「もしかして、知らないんですか」
「何を…」
戦になっているらしい事なら知っている。それもあり、バラキエルは森の家を出て行ったのだ。
「あの地に宣戦布告したミュラーノ公国の現国主は、聖下の庶子です。彼はずいぶん聖下を慕っていましてね。半ば教皇領のようになっています」
「……バラキエルの故郷だから、戦になったって言うのか」
ミカエルは目を丸くした。
教会から逃げ続けているバラキエル。それを良く思わなかったから、教皇の庶子は戦を――。
「それが理由の全てではないでしょうけど。教会に背き、ミカエルを国のものにした。そんな相手の故郷が隣の領地なのです。開戦の時期を鑑みるに、聖下から何かお言葉をいただいた可能性もあるでしょう」
「俺が、王権下にいるから、」
「ミカエルは教会に尽くす者。一般的な認識です」
『ミカエルなんて大層な名前、もらっちまうとは思わねえから』
きっとそれが全てなのだ。
この名でなければ、バラキエルは今も森の家で静かに暮らしていただろう。王から託された、無名の子と一緒に。ミカエルがミカエルであったばかりに、バラキエルは再び世に出ることになってしまった。戦に赴くことになってしまった。
「ちなみに、君が教会の人間になったとして。任命式はやらないと思います。聖下の身辺警護でもやることになるんじゃないですかね」
ミカエルは茫然と佇んでいる。
ラファエルは気楽に言って踵を返した。
「それでは、また。神のご加護があらんことを」
そうして消えた。
ミカエルは額に手を当て、前髪をくしゃりと握る。
「ミカ、とりあえず家に帰ろう」
ミカエルはかすかに頷いて瞬間移動した。
教会を嫌悪してきたが、本当に恨むべきはこの名を与えられた自分かもしれない。
「……ルシ、ごめん」
「どうして?」
「せっかく学校脱出して、避けてきたのに…」
「俺はどこにいようと同じだ。気にする必要はない」
虚しさが押し寄せる。
「君がミカエルでなければ、聖学校に来ることもなかった」
ふと落とされた声にぼんやりと顔を向けた。
焦げ茶色の髪が風に揺れる。
かすかに寄った眉。
「君がミカエルでよかった」
視界が滲む。
「……こんな、俺でもか?」
声が震えた。
ルシエルには様々なものを見られている。ミカエルが受け入れがたいと感じた自分の姿さえ、彼には晒してしまった。
彼が気に入っていると言ってくれた部分が今も自分にあるのか、ミカエルにはわからない。――もう、わからなかった。
「君だからだ」
髪を撫でた手が、そっと目許を拭う。
「鍵を開けて。中へ入ろう」
家に入る。そんな事すら、促されるまで思考になかった。
ミカエルはコクリと頷き、鍵を取り出す。
鍵穴に差しこみカチャリと解除。ドアノブを回して…。目の前のことをやっているうちに、少しずつ思考が動きだしてきた。
「デビル退治やるって、言ったばっかなのに…」
「……仕方がない」
靴を脱ぎ、リビングへ向かう。
「……ゾフィには、話すしかねえな」
ラファエルに知られたのだ。ゾフィエルには本当のことを話そう。
その前に、気持ちの整理が必要だ。
ミカエルはソファに沈む。両腿に肘をつき、両の手のひらで目許を覆った。自分のことだというのに、急な展開に動揺している。
教会に属すのをバラキエルが知ったらどう思うだろう。――お腹の子について知られるよりマシか。
そしたらもっと多くの人がこの事を知り、ミカエルはお腹の子を護りながら逃げる日々になる。
「……おまえは、どう思う?」
「君がいいなら、それでいい」
――胸が苦しい。
ミカエルは顔を上げられなかった。
「話はまとまったようですね」
「……いきなり会うって言い出すのは、妙じゃねえのか」
「私の説得に応じたということで」
片眉を上げてラファエルを見ると、肩をすくめる。
「よりそれらしい理由がほしいなら、モンテナー辺境伯領のことを持ち出せばいい」
「ああ?」
「もしかして、知らないんですか」
「何を…」
戦になっているらしい事なら知っている。それもあり、バラキエルは森の家を出て行ったのだ。
「あの地に宣戦布告したミュラーノ公国の現国主は、聖下の庶子です。彼はずいぶん聖下を慕っていましてね。半ば教皇領のようになっています」
「……バラキエルの故郷だから、戦になったって言うのか」
ミカエルは目を丸くした。
教会から逃げ続けているバラキエル。それを良く思わなかったから、教皇の庶子は戦を――。
「それが理由の全てではないでしょうけど。教会に背き、ミカエルを国のものにした。そんな相手の故郷が隣の領地なのです。開戦の時期を鑑みるに、聖下から何かお言葉をいただいた可能性もあるでしょう」
「俺が、王権下にいるから、」
「ミカエルは教会に尽くす者。一般的な認識です」
『ミカエルなんて大層な名前、もらっちまうとは思わねえから』
きっとそれが全てなのだ。
この名でなければ、バラキエルは今も森の家で静かに暮らしていただろう。王から託された、無名の子と一緒に。ミカエルがミカエルであったばかりに、バラキエルは再び世に出ることになってしまった。戦に赴くことになってしまった。
「ちなみに、君が教会の人間になったとして。任命式はやらないと思います。聖下の身辺警護でもやることになるんじゃないですかね」
ミカエルは茫然と佇んでいる。
ラファエルは気楽に言って踵を返した。
「それでは、また。神のご加護があらんことを」
そうして消えた。
ミカエルは額に手を当て、前髪をくしゃりと握る。
「ミカ、とりあえず家に帰ろう」
ミカエルはかすかに頷いて瞬間移動した。
教会を嫌悪してきたが、本当に恨むべきはこの名を与えられた自分かもしれない。
「……ルシ、ごめん」
「どうして?」
「せっかく学校脱出して、避けてきたのに…」
「俺はどこにいようと同じだ。気にする必要はない」
虚しさが押し寄せる。
「君がミカエルでなければ、聖学校に来ることもなかった」
ふと落とされた声にぼんやりと顔を向けた。
焦げ茶色の髪が風に揺れる。
かすかに寄った眉。
「君がミカエルでよかった」
視界が滲む。
「……こんな、俺でもか?」
声が震えた。
ルシエルには様々なものを見られている。ミカエルが受け入れがたいと感じた自分の姿さえ、彼には晒してしまった。
彼が気に入っていると言ってくれた部分が今も自分にあるのか、ミカエルにはわからない。――もう、わからなかった。
「君だからだ」
髪を撫でた手が、そっと目許を拭う。
「鍵を開けて。中へ入ろう」
家に入る。そんな事すら、促されるまで思考になかった。
ミカエルはコクリと頷き、鍵を取り出す。
鍵穴に差しこみカチャリと解除。ドアノブを回して…。目の前のことをやっているうちに、少しずつ思考が動きだしてきた。
「デビル退治やるって、言ったばっかなのに…」
「……仕方がない」
靴を脱ぎ、リビングへ向かう。
「……ゾフィには、話すしかねえな」
ラファエルに知られたのだ。ゾフィエルには本当のことを話そう。
その前に、気持ちの整理が必要だ。
ミカエルはソファに沈む。両腿に肘をつき、両の手のひらで目許を覆った。自分のことだというのに、急な展開に動揺している。
教会に属すのをバラキエルが知ったらどう思うだろう。――お腹の子について知られるよりマシか。
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