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4章.Tractus
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それから数日、ミカエルとルシエルは森の家でゆっくり過ごした。静かな時間。豊かな自然に癒される。
この頃は薄手の長袖でちょうど良い。
ここから離れてどのような時を過ごしても、季節は変わらず巡るのだ。
その日はゾフィエルが四角い箱を持って訪ねてきた。
箱を開けたミカエルは、美しい飾りつけを施された小さなケーキたちに目を丸くする。
「シェフの試作品らしい。君のところへ行くと言ったら持ってきてくれたんだ。ぜひ、感想を聞かせてほしいと」
なるほど、城のお抱えシェフの作品だったわけだ。
「茶を淹れよう」
ゾフィエルは茶葉まで持参したらしい。そちらは任せ、ミカエルは皿を用意することにした。
「ここは涼しくていい。城はもう暑いくらいだぞ」
「なのにその格好でいるのか?」
「制服だからな」
そのうちルシエルも降りて来て、午後の優雅なティータイムが始まった。
あまりお茶に馴染みのないミカエルは、琥珀色の水面を見下ろしスンと嗅ぐ。まろんとした芳しい匂いにはどこか気品があった。きっと、良質な茶葉なのだろう。
「甘くしたいならこれを入れてくれ」
「……おう」
チビリと口をつけたミカエルは、少しだけ甘味を足すことにした。ケーキを食べるので、そこまで甘くなくていい。
それから、小さな作品と向き合った。
小さいといっても、一口で食べるには大きい。崩れないよう、慎重にフォークを入れた。
「んまっ」
「このタルト生地の食感は私好みだ」
「なんか、実? 絶妙だな」
ルシエルも頷いている。
「好評だったとシェフに伝えよう」
ゾフィエルを交えて三人で、このように過ごすのは新鮮だ。ゾフィエルといえば任務。あとは、バディの関係か。そういえば、この間は力の融合を断ってしまった。次に誘われたときには、応じることができるだろう。
美味しいケーキを堪能し、他愛もない話を少しして、ゾフィエルは早々と席を立った。
「なんか用があったんじゃねえの?」
見上げるミカエルにクスリと笑う。
「強いて言うなら、君の顔を見に来た。元気そうで何よりだ」
ミカエルは目を瞬いて視線を彷徨わせる。
意を決して、口を開いた。
「デビル退治、あるならまたやるぜ」
ずっとこうしているのは、ルシエルのためにも良くない。それに、彼が元に戻る方法を見つけたいのだ。
「……わかった。また連絡する」
「おう」
ゾフィエルを見送ってリビングに戻ったミカエルは、思い出して言う。
「おまえのネックレス持ってるっぽい枢機卿、バードムってやつかもな。物取りに殺されたって」
「その話なら、俺もツィヴィーネで耳にした」
ルシエルはさらりと答え、ティーカップを傾ける。
「物取りって、奪ったらたぶん売るよな」
「たぶん」
「裏で取引やってる所があるかもしれねえ」
錬金術師は、そういった事にも詳しいだろうか。
「またシャボリに行ってみるか」
錬金術師から例のものを買った人物がバードムで合っているか、確かめる必要もある。
ルシエルは肩をすくめて同意してくれた。
翌日、瞬間移動でシャボリに出没した二人は、例の錬金術師を訪ねた。
「ああ、はい。そうです。バードム。バードム枢機卿でした」
彼が亡くなったことは、錬金術師も知っていた。
「物取りが奪った物を売りにいくような場所、知らねえか」
「はぁ、そういうのは、私は。しかし、ないと思います」
「ない?」
「出回れば、話に聞くかと」
ミカエルは腕を組む。
「誰かしら、錬金術師の知るところになるってことか」
「はい」
その言葉を信じるなら、盗られた物はどこにも出回っていない。
店から出たミカエルは頭を掻く。
「まだそいつが持ってんのか…?」
「自分の物にしたくて奪った可能性もある」
未だ捕まらない犯人を、ミカエルたちが探し出すことは可能だろうか。
考えながら小道を歩いていたミカエルは、ハッと足を止めた。
腹の奥に、唐突に、自分でないエネルギァを感じた。意識するとそこにある。
この頃は薄手の長袖でちょうど良い。
ここから離れてどのような時を過ごしても、季節は変わらず巡るのだ。
その日はゾフィエルが四角い箱を持って訪ねてきた。
箱を開けたミカエルは、美しい飾りつけを施された小さなケーキたちに目を丸くする。
「シェフの試作品らしい。君のところへ行くと言ったら持ってきてくれたんだ。ぜひ、感想を聞かせてほしいと」
なるほど、城のお抱えシェフの作品だったわけだ。
「茶を淹れよう」
ゾフィエルは茶葉まで持参したらしい。そちらは任せ、ミカエルは皿を用意することにした。
「ここは涼しくていい。城はもう暑いくらいだぞ」
「なのにその格好でいるのか?」
「制服だからな」
そのうちルシエルも降りて来て、午後の優雅なティータイムが始まった。
あまりお茶に馴染みのないミカエルは、琥珀色の水面を見下ろしスンと嗅ぐ。まろんとした芳しい匂いにはどこか気品があった。きっと、良質な茶葉なのだろう。
「甘くしたいならこれを入れてくれ」
「……おう」
チビリと口をつけたミカエルは、少しだけ甘味を足すことにした。ケーキを食べるので、そこまで甘くなくていい。
それから、小さな作品と向き合った。
小さいといっても、一口で食べるには大きい。崩れないよう、慎重にフォークを入れた。
「んまっ」
「このタルト生地の食感は私好みだ」
「なんか、実? 絶妙だな」
ルシエルも頷いている。
「好評だったとシェフに伝えよう」
ゾフィエルを交えて三人で、このように過ごすのは新鮮だ。ゾフィエルといえば任務。あとは、バディの関係か。そういえば、この間は力の融合を断ってしまった。次に誘われたときには、応じることができるだろう。
美味しいケーキを堪能し、他愛もない話を少しして、ゾフィエルは早々と席を立った。
「なんか用があったんじゃねえの?」
見上げるミカエルにクスリと笑う。
「強いて言うなら、君の顔を見に来た。元気そうで何よりだ」
ミカエルは目を瞬いて視線を彷徨わせる。
意を決して、口を開いた。
「デビル退治、あるならまたやるぜ」
ずっとこうしているのは、ルシエルのためにも良くない。それに、彼が元に戻る方法を見つけたいのだ。
「……わかった。また連絡する」
「おう」
ゾフィエルを見送ってリビングに戻ったミカエルは、思い出して言う。
「おまえのネックレス持ってるっぽい枢機卿、バードムってやつかもな。物取りに殺されたって」
「その話なら、俺もツィヴィーネで耳にした」
ルシエルはさらりと答え、ティーカップを傾ける。
「物取りって、奪ったらたぶん売るよな」
「たぶん」
「裏で取引やってる所があるかもしれねえ」
錬金術師は、そういった事にも詳しいだろうか。
「またシャボリに行ってみるか」
錬金術師から例のものを買った人物がバードムで合っているか、確かめる必要もある。
ルシエルは肩をすくめて同意してくれた。
翌日、瞬間移動でシャボリに出没した二人は、例の錬金術師を訪ねた。
「ああ、はい。そうです。バードム。バードム枢機卿でした」
彼が亡くなったことは、錬金術師も知っていた。
「物取りが奪った物を売りにいくような場所、知らねえか」
「はぁ、そういうのは、私は。しかし、ないと思います」
「ない?」
「出回れば、話に聞くかと」
ミカエルは腕を組む。
「誰かしら、錬金術師の知るところになるってことか」
「はい」
その言葉を信じるなら、盗られた物はどこにも出回っていない。
店から出たミカエルは頭を掻く。
「まだそいつが持ってんのか…?」
「自分の物にしたくて奪った可能性もある」
未だ捕まらない犯人を、ミカエルたちが探し出すことは可能だろうか。
考えながら小道を歩いていたミカエルは、ハッと足を止めた。
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