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4章.Tractus
養生
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ミカエルが目覚めたのは昼過ぎだった。美味しそうな匂いに鼻腔を擽られ、意識が浮上したのかもしれない。
「メシ…?」
上体を起こすと、ベッドの足許のほうで、足を組んだルシエルが本を読んでいた。
振り返った彼と目が合う。
「おはよう」
いつものルシエルだ。
「……はよ。なんか、いい匂いするな」
「家主が戻ってね。昼食を用意してくれている」
ミカエルは近くのテーブルに置かれていた服を着て、顔を洗いに行った。ついでにリビングを覗いてみる。
「おや、起きたかい。もうじきできるよ」
マヤばぁはキッチンでも鍋をぐつぐつしていた。
「スープ?」
「栄養満点のね。パンもあるよ」
ミカエルは目を瞬いて小首を傾げる。
「俺らがまだいるの、知ってたのか」
「知らないさ。ここ来て知ったよ。もう一人の兄ちゃんと廊下で会ってね。ご飯食べてないって言うから、あたしが作るって言ったのさ」
「……ありがとう」
熟睡しており、まったく気づかなかったミカエルである。
「いいよ。あたしゃ初めて瞬間移動ってのを体験したよ。あのお兄ちゃん、無口だけどいい子だねぇ。食材見てくるって言ったら、港町に連れてってくれたんだ。ここを出たのはいつぶりだったかねぇ」
マヤばぁはご機嫌で、にこにこ笑いながら鍋をかき混ぜている。その姿は、どこの家庭にもいそうな感じだ。
「何か手伝う?」
「それじゃあ、あの棚からお皿を出しとくれ。それから、パンを切ってくれるかい」
「おう」
ミカエルはさっさとお皿を用意して、慣れた様子でパンを切る。
「へぇ、料理するのかい」
「うん」
「いいね、家庭的な男はモテるよ。その顔じゃ、何もできなくてもモテそうだけどね」
マヤばぁはミカエルの顔を覗いてケタケタ笑った。
「ルシ、できたぜ」
ドアに向かって言えば、ゆったりとルシエルが出てくる。リビングのテーブルに並べられた料理を見て、眉を上げた。言いたいことはわかる。スープの色は緑だし、グラスに注がれた何かはつぶつぶ入りの紫だ。
「意外と普通の味だったぜ」
味見させてもらったミカエルが言えば、肩をすくめて椅子に座った。
「それじゃ、お祈りしよう」
マヤばぁは手を組んで目を閉じる。
聖学校での日々を思い出したミカエルは、彼女に倣って手を組んだ。一部で魔女と呼ばれているマヤばぁは敬虔な正聖教徒らしい。ルシエルに目をやると、何もせず、彼女のお祈りが終わるのを静かに待っていた。
「よし、いただこうかね」
ミカエルはさっそくパンに手を伸ばす。ルシエルはグラスを持ち上げ、紫色の液体の匂いを嗅いでいた。
「いい食べっぷりだね」
「いくらでも食えそうだ」
彼女の料理は見た目のインパクトのわりに素朴な味で、身体が求めていると感じる。ルシエルも残さず食べたので、口に合ったのだろう。
食事を終えると、二人で片付けを手伝った。
「あんたたち大きいから狭いね。ベッドは窮屈じゃなかったかい?」
「ちょうどよかった」
「ならよかったよ」
ルシエルがチラリと視線を寄越す。狭かったと言いたげだ。その狭さがちょうどよかったので、ミカエルはクッと口角を上げた。
「料理、うまかった。ありがとな」
「また近くに来たら寄りな」
ミカエルはマヤばぁに手を振って、ルシエルと港町に瞬間移動した。
さっそく教会へ行き、神父に報告をする。
「では、彼女は魔女ではないと」
「おう。薬草に詳しいだけだ」
「そうですか。捕らえないでよかったです。ミカエル様、どうもありがとうございました」
マヤばぁには世話になった。ミカエルはホッと息を吐くように頷いて、教会をあとにした。
「メシ…?」
上体を起こすと、ベッドの足許のほうで、足を組んだルシエルが本を読んでいた。
振り返った彼と目が合う。
「おはよう」
いつものルシエルだ。
「……はよ。なんか、いい匂いするな」
「家主が戻ってね。昼食を用意してくれている」
ミカエルは近くのテーブルに置かれていた服を着て、顔を洗いに行った。ついでにリビングを覗いてみる。
「おや、起きたかい。もうじきできるよ」
マヤばぁはキッチンでも鍋をぐつぐつしていた。
「スープ?」
「栄養満点のね。パンもあるよ」
ミカエルは目を瞬いて小首を傾げる。
「俺らがまだいるの、知ってたのか」
「知らないさ。ここ来て知ったよ。もう一人の兄ちゃんと廊下で会ってね。ご飯食べてないって言うから、あたしが作るって言ったのさ」
「……ありがとう」
熟睡しており、まったく気づかなかったミカエルである。
「いいよ。あたしゃ初めて瞬間移動ってのを体験したよ。あのお兄ちゃん、無口だけどいい子だねぇ。食材見てくるって言ったら、港町に連れてってくれたんだ。ここを出たのはいつぶりだったかねぇ」
マヤばぁはご機嫌で、にこにこ笑いながら鍋をかき混ぜている。その姿は、どこの家庭にもいそうな感じだ。
「何か手伝う?」
「それじゃあ、あの棚からお皿を出しとくれ。それから、パンを切ってくれるかい」
「おう」
ミカエルはさっさとお皿を用意して、慣れた様子でパンを切る。
「へぇ、料理するのかい」
「うん」
「いいね、家庭的な男はモテるよ。その顔じゃ、何もできなくてもモテそうだけどね」
マヤばぁはミカエルの顔を覗いてケタケタ笑った。
「ルシ、できたぜ」
ドアに向かって言えば、ゆったりとルシエルが出てくる。リビングのテーブルに並べられた料理を見て、眉を上げた。言いたいことはわかる。スープの色は緑だし、グラスに注がれた何かはつぶつぶ入りの紫だ。
「意外と普通の味だったぜ」
味見させてもらったミカエルが言えば、肩をすくめて椅子に座った。
「それじゃ、お祈りしよう」
マヤばぁは手を組んで目を閉じる。
聖学校での日々を思い出したミカエルは、彼女に倣って手を組んだ。一部で魔女と呼ばれているマヤばぁは敬虔な正聖教徒らしい。ルシエルに目をやると、何もせず、彼女のお祈りが終わるのを静かに待っていた。
「よし、いただこうかね」
ミカエルはさっそくパンに手を伸ばす。ルシエルはグラスを持ち上げ、紫色の液体の匂いを嗅いでいた。
「いい食べっぷりだね」
「いくらでも食えそうだ」
彼女の料理は見た目のインパクトのわりに素朴な味で、身体が求めていると感じる。ルシエルも残さず食べたので、口に合ったのだろう。
食事を終えると、二人で片付けを手伝った。
「あんたたち大きいから狭いね。ベッドは窮屈じゃなかったかい?」
「ちょうどよかった」
「ならよかったよ」
ルシエルがチラリと視線を寄越す。狭かったと言いたげだ。その狭さがちょうどよかったので、ミカエルはクッと口角を上げた。
「料理、うまかった。ありがとな」
「また近くに来たら寄りな」
ミカエルはマヤばぁに手を振って、ルシエルと港町に瞬間移動した。
さっそく教会へ行き、神父に報告をする。
「では、彼女は魔女ではないと」
「おう。薬草に詳しいだけだ」
「そうですか。捕らえないでよかったです。ミカエル様、どうもありがとうございました」
マヤばぁには世話になった。ミカエルはホッと息を吐くように頷いて、教会をあとにした。
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