94 / 174
4章.Tractus
魔女がいるらしい村
しおりを挟む
神父から聞いた村に入ったのは夕刻だった。静かな山間の村だ。勢いのある川が流れており、水車が回っている。
ぽつりぽつりと並ぶ民家の間に、一軒の店を見つけた。
「とりあえず、晩飯にするか」
その言葉は、ミカエルの口からすんなり発せられた。食事処で情報を得るのは、旅の常とう手段だ。
「そうしよう」
ルシエルはかすかに目許を緩め、ミカエルに続いて開け放たれたドアから店に入った。
温かな雰囲気。仕事終わりの人々で賑わっている。彼らは食べに来たというより、飲みに来たのだろう。ジョッキ片手に陽気に語らっている。
奥の席に落ち着いたミカエルは、店内を見渡して見知った二人組に目を留めた。
「船で一緒だったやつらだ」
「……本当だ」
彼らはミカエルたちに気づいてないようだ。顔を寄せ合い、何やら真剣に話し合っている。
「いらっしゃいね。何にする?」
ウェイターに声を掛けられ、ミカエルは顔を上げた。
「おすすめを二つ。酒じゃなくて、料理な」
「飲み物は?」
ルシエルがメニュー表を指し、酒とジュースを注文してくれた。
この村に、魔女かもしれない女性がいる。しかし、人々の雰囲気に違和感はない。聞こえてくるのは、畑や家族の話など、なにげない日常の話題ばかりだ。
少しして、若い女性が料理を運んできた。ミカエルはそれとなく聞いてみる。
「噂で聞いたんだけど、この村に魔女がいるって」
女性は片眉を上げ、口を開いた。
「……ああ、村はずれに住んでるマヤばぁのことね。魔女じゃないわよ」
「そうなのか」
「ええ。薬草なんかに詳しくて、よく何かを煎じてるわ。それがあやしげに見えただけじゃない?」
「……そうか」
女性がおもむろに腰を屈める。帽子の下でまっすぐに目が合い、ミカエルは身体を引いた。
「やだ、美形じゃない! 俺様って感じ。あたし好きよ。彼女いる?」
「っいねえよ」
ぐいと顔を寄せられ、さらに身を引く。
「ね、あたしと付き合ってみない?」
「みねえ」
「ふぅん、好きな子がいるんだ」
「……そういうんじゃねえよ」
好奇心に輝く瞳は、簡単には引き下がりそうにない。どうしようかと思ったとき、後ろから肩に腕が回された。
「食事しに来たんだが?」
女性が声のほうへ目をやり、ことさら瞳を輝かせた。きっとまた、「やだ、美形!」とでも思ったのだろう。けれども、冷たい眼差しを前に、彼女がその言葉を口にすることはなかった。
「ご、ごゆっくり!」
彼女は頬を染め、意味深にミカエルとルシエルを交互に見やり、そそくさ去った。
ミカエルは首を傾げつつ、振り返る。そこにあったのは、いつもの無表情に近い美貌だ。
「どうも」
「冷める前にいただこう」
「おう」
煮込み料理はしっかりした味付けで、食欲をそそられる。きちんとした料理はひさしぶりだが、すべて食べきることができた。
「もう、腹いっぱいだ」
ミカエルはほぅっと息を吐く。
こんなに満腹になったのはいつぶりだろう。
「ジュースが残ってる」
「ムリ。おまえ、飲む?」
ルシエルは酒の入ったグラスをひょいと上げ、無言で辞退した。
食事を終えた二人は、例のウェイターに "マヤばぁ" の家の場所を聞き、行ってみることにした。彼女は、ミカエルたちをうっとり眺めて話してくれた。
「日が沈むまえに行けそうだな」
「そしたら、どこか泊まる場所を探さそう」
「……ああ、家に帰れねえんだっけ」
いつもの旅の調子でいたミカエルは、息を吐く。
「じゃあ、今夜はダメか?」
「……そういう宿があればいいけど」
「コルセで行ったみてえな所か。こんな田舎じゃ、なさそうだな」
淡い紫に染まりゆく空をぼんやり見上げていると、ルシエルが口を開いた。
「今のところ、そういった変化はないんだろう?」
「おう」
「何か、満たしていない条件があるのか、時間がかかるものなのか」
「……俺が孕みてえって言えば、孕めるって。あいつは言ってた」
すっと視線が寄越される。
「言ったわけ」
「……言った」
いつも、抱かれるときに言わされていた。それを伝えると、ルシエルは遠い目をして「へぇ」と言った。
ぽつりぽつりと並ぶ民家の間に、一軒の店を見つけた。
「とりあえず、晩飯にするか」
その言葉は、ミカエルの口からすんなり発せられた。食事処で情報を得るのは、旅の常とう手段だ。
「そうしよう」
ルシエルはかすかに目許を緩め、ミカエルに続いて開け放たれたドアから店に入った。
温かな雰囲気。仕事終わりの人々で賑わっている。彼らは食べに来たというより、飲みに来たのだろう。ジョッキ片手に陽気に語らっている。
奥の席に落ち着いたミカエルは、店内を見渡して見知った二人組に目を留めた。
「船で一緒だったやつらだ」
「……本当だ」
彼らはミカエルたちに気づいてないようだ。顔を寄せ合い、何やら真剣に話し合っている。
「いらっしゃいね。何にする?」
ウェイターに声を掛けられ、ミカエルは顔を上げた。
「おすすめを二つ。酒じゃなくて、料理な」
「飲み物は?」
ルシエルがメニュー表を指し、酒とジュースを注文してくれた。
この村に、魔女かもしれない女性がいる。しかし、人々の雰囲気に違和感はない。聞こえてくるのは、畑や家族の話など、なにげない日常の話題ばかりだ。
少しして、若い女性が料理を運んできた。ミカエルはそれとなく聞いてみる。
「噂で聞いたんだけど、この村に魔女がいるって」
女性は片眉を上げ、口を開いた。
「……ああ、村はずれに住んでるマヤばぁのことね。魔女じゃないわよ」
「そうなのか」
「ええ。薬草なんかに詳しくて、よく何かを煎じてるわ。それがあやしげに見えただけじゃない?」
「……そうか」
女性がおもむろに腰を屈める。帽子の下でまっすぐに目が合い、ミカエルは身体を引いた。
「やだ、美形じゃない! 俺様って感じ。あたし好きよ。彼女いる?」
「っいねえよ」
ぐいと顔を寄せられ、さらに身を引く。
「ね、あたしと付き合ってみない?」
「みねえ」
「ふぅん、好きな子がいるんだ」
「……そういうんじゃねえよ」
好奇心に輝く瞳は、簡単には引き下がりそうにない。どうしようかと思ったとき、後ろから肩に腕が回された。
「食事しに来たんだが?」
女性が声のほうへ目をやり、ことさら瞳を輝かせた。きっとまた、「やだ、美形!」とでも思ったのだろう。けれども、冷たい眼差しを前に、彼女がその言葉を口にすることはなかった。
「ご、ごゆっくり!」
彼女は頬を染め、意味深にミカエルとルシエルを交互に見やり、そそくさ去った。
ミカエルは首を傾げつつ、振り返る。そこにあったのは、いつもの無表情に近い美貌だ。
「どうも」
「冷める前にいただこう」
「おう」
煮込み料理はしっかりした味付けで、食欲をそそられる。きちんとした料理はひさしぶりだが、すべて食べきることができた。
「もう、腹いっぱいだ」
ミカエルはほぅっと息を吐く。
こんなに満腹になったのはいつぶりだろう。
「ジュースが残ってる」
「ムリ。おまえ、飲む?」
ルシエルは酒の入ったグラスをひょいと上げ、無言で辞退した。
食事を終えた二人は、例のウェイターに "マヤばぁ" の家の場所を聞き、行ってみることにした。彼女は、ミカエルたちをうっとり眺めて話してくれた。
「日が沈むまえに行けそうだな」
「そしたら、どこか泊まる場所を探さそう」
「……ああ、家に帰れねえんだっけ」
いつもの旅の調子でいたミカエルは、息を吐く。
「じゃあ、今夜はダメか?」
「……そういう宿があればいいけど」
「コルセで行ったみてえな所か。こんな田舎じゃ、なさそうだな」
淡い紫に染まりゆく空をぼんやり見上げていると、ルシエルが口を開いた。
「今のところ、そういった変化はないんだろう?」
「おう」
「何か、満たしていない条件があるのか、時間がかかるものなのか」
「……俺が孕みてえって言えば、孕めるって。あいつは言ってた」
すっと視線が寄越される。
「言ったわけ」
「……言った」
いつも、抱かれるときに言わされていた。それを伝えると、ルシエルは遠い目をして「へぇ」と言った。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!
梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。
あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。
突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。
何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……?
人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。
僕って最低最悪な王子じゃん!?
このままだと、破滅的未来しか残ってないし!
心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!?
これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!?
前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー!
騎士×王子の王道カップリングでお送りします。
第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。
本当にありがとうございます!!
※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる