God & Devil-Ⅱ.森でのどかに暮らしたいミカエルの巻き込まれ事変-

日灯

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4章.Tractus

魔女がいるらしい村

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 神父から聞いた村に入ったのは夕刻だった。静かな山間の村だ。勢いのある川が流れており、水車が回っている。
 ぽつりぽつりと並ぶ民家の間に、一軒の店を見つけた。

「とりあえず、晩飯にするか」

 その言葉は、ミカエルの口からすんなり発せられた。食事処で情報を得るのは、旅の常とう手段だ。

「そうしよう」

 ルシエルはかすかに目許を緩め、ミカエルに続いて開け放たれたドアから店に入った。
 温かな雰囲気。仕事終わりの人々で賑わっている。彼らは食べに来たというより、飲みに来たのだろう。ジョッキ片手に陽気に語らっている。
 奥の席に落ち着いたミカエルは、店内を見渡して見知った二人組に目を留めた。

「船で一緒だったやつらだ」
「……本当だ」

 彼らはミカエルたちに気づいてないようだ。顔を寄せ合い、何やら真剣に話し合っている。

「いらっしゃいね。何にする?」

 ウェイターに声を掛けられ、ミカエルは顔を上げた。

「おすすめを二つ。酒じゃなくて、料理な」
「飲み物は?」

 ルシエルがメニュー表を指し、酒とジュースを注文してくれた。
 この村に、魔女かもしれない女性がいる。しかし、人々の雰囲気に違和感はない。聞こえてくるのは、畑や家族の話など、なにげない日常の話題ばかりだ。
 少しして、若い女性が料理を運んできた。ミカエルはそれとなく聞いてみる。

「噂で聞いたんだけど、この村に魔女がいるって」

 女性は片眉を上げ、口を開いた。

「……ああ、村はずれに住んでるマヤばぁのことね。魔女じゃないわよ」
「そうなのか」
「ええ。薬草なんかに詳しくて、よく何かを煎じてるわ。それがあやしげに見えただけじゃない?」
「……そうか」

 女性がおもむろに腰を屈める。帽子の下でまっすぐに目が合い、ミカエルは身体を引いた。

「やだ、美形じゃない! 俺様って感じ。あたし好きよ。彼女いる?」
「っいねえよ」

 ぐいと顔を寄せられ、さらに身を引く。

「ね、あたしと付き合ってみない?」
「みねえ」
「ふぅん、好きな子がいるんだ」
「……そういうんじゃねえよ」

 好奇心に輝く瞳は、簡単には引き下がりそうにない。どうしようかと思ったとき、後ろから肩に腕が回された。

「食事しに来たんだが?」

 女性が声のほうへ目をやり、ことさら瞳を輝かせた。きっとまた、「やだ、美形!」とでも思ったのだろう。けれども、冷たい眼差しを前に、彼女がその言葉を口にすることはなかった。

「ご、ごゆっくり!」

 彼女は頬を染め、意味深にミカエルとルシエルを交互に見やり、そそくさ去った。
 ミカエルは首を傾げつつ、振り返る。そこにあったのは、いつもの無表情に近い美貌だ。

「どうも」
「冷める前にいただこう」
「おう」

 煮込み料理はしっかりした味付けで、食欲をそそられる。きちんとした料理はひさしぶりだが、すべて食べきることができた。

「もう、腹いっぱいだ」

 ミカエルはほぅっと息を吐く。
 こんなに満腹になったのはいつぶりだろう。

「ジュースが残ってる」
「ムリ。おまえ、飲む?」

 ルシエルは酒の入ったグラスをひょいと上げ、無言で辞退した。

 食事を終えた二人は、例のウェイターに "マヤばぁ" の家の場所を聞き、行ってみることにした。彼女は、ミカエルたちをうっとり眺めて話してくれた。

「日が沈むまえに行けそうだな」
「そしたら、どこか泊まる場所を探さそう」
「……ああ、家に帰れねえんだっけ」

 いつもの旅の調子でいたミカエルは、息を吐く。

「じゃあ、今夜はダメか?」
「……そういう宿があればいいけど」
「コルセで行ったみてえな所か。こんな田舎じゃ、なさそうだな」

 淡い紫に染まりゆく空をぼんやり見上げていると、ルシエルが口を開いた。

「今のところ、そういった変化はないんだろう?」
「おう」
「何か、満たしていない条件があるのか、時間がかかるものなのか」
「……俺が孕みてえって言えば、孕めるって。あいつは言ってた」

 すっと視線が寄越される。

「言ったわけ」
「……言った」

 いつも、抱かれるときに言わされていた。それを伝えると、ルシエルは遠い目をして「へぇ」と言った。
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