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4章.Tractus
旅は気紛れ
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ミカエルは眉根を寄せて口を開く。
「なんか、食ったらヤるとき必要なんだろ。ナカ綺麗にするやつ」
「……いま考えること?」
「俺、おまえにシてほしいし」
視線が下がったところにため息が降ってきた。
「あとで買えばいい」
「……わるかったな。メシの時にこんな話して」
「構わない。君が不安なのは理解できる」
不安――そのとき初めて、ミカエルは不安になっていることに気が付いた。この身体に起こったこと。今まさに起こっているかもしれないこと。どれもが未知で、ルシエルですらわからないという。
「いまスゲェおまえに頭撫でてもらいてえ」
「あっちの木陰で撫でてあげようか?」
ミカエルは頷いてルシエルの腕を取った。出店の向こうにある大きな木の下へ向かう。ベンチに座っておしゃべりしている人たち。反対側へ回り込むと、人通りが少なくなっていた。
ミカエルはさっそく帽子を取ってルシエルを見上げる。彼の手が伸び、頭に乗った。
「君は思い出さないようにしているのかもしれないけれど、これは俺の特権だ」
「……覚えてるっつの」
ミカエルは彼の肩口に額を寄せて目蓋を下ろす。
ルシエルの手は微睡のように心地良い。この優しい手しか、知らなければよかったのに――。
「ミカ」
顔を上げると、手のひら大のまあるい果実を差し出された。
「……いつの間に」
「君に腕を引かれてここへ来る間に」
ミカエルは半目で受け取り、桃色果実にそのまま齧りつく。ジューシーで甘くて美味しい。
「ん」
差し出せば、ルシエルも一口齧りついた。
「おまえ、腹減ってねえの?」
「もともと小食だから」
「だからひょろいのか」
「言っておくけど。聖学校を出てから、登山やら何やらしてるおかげで、少しは筋肉がついている」
「へー」
ミカエルは適当に相槌を打って果実を食べきった。
「あのぅ、もしかしてミカエル様ですか」
どこかで手を洗いたいと思っていたところ、おもむろに声をかけられハッとする。
「ちょっとお話、聞いていただいてもよろしいですか」
どうやら追っ手ではないようだ。そちらを向くと、おっとりとした神父が立っていた。
「ああ、あちらで手を洗えます」
反対側にあったベンチの近くに、石の隙間から水がでているところがあった。
「あのですね、近くの村に魔女がおりまして」
「まじょ?」
「はい。ああ、魔物の一味みたいなものです。ああ、どうぞお座りください」
手を拭いているとベンチを示され、三人で腰掛ける。
「魔女がいると、付近の者が言うのです。魔女は捕まえなくてはなりません。しかし…」
その女性は魔女と言われている一方で、賢者のように崇められているらしい。それを知った神父は、困ってしまったという。
「魔女として捕まれば、だいたい火刑に処されます。火炙りです」
「火炙り」
ミカエルは目を丸くする。人間を火で炙る――考えただけでおそろしい。
「はい。ですが、これは言っていいのか…」
「なんですか」
「はい、言ってしまうと、魔女でなくても、魔女にされてしまうといいますか…」
「ああ…」
教会ならやりかねない。ミカエルは苦い顔をした。
「私の判断では、納得されるか…。人々は、とりあえず捕まえて真偽を問えばいいと言うのです。しかし、捕まったら最後…」
どちらにせよ、魔女ということになってしまう。
「ですからミカエル様、その女性が魔女かどうか、判断していただきたいのです。ミカエル様のお言葉であれば、人々も納得しましょう」
この神父はどうやら人が良いらしい。
「俺が魔女だっつったら、捕まえるんですか」
「捕まえます。違うとおっしゃられれば、捕まえません」
ミカエルは一言も引き受けると言っていないが、神父は流れるように魔女らしき女性のいる村について伝え、ホッとしたような顔をした。
「いやぁ、ミカエル様が来てくださってよかったです。それでは、私はあちらの教会におりますので。神のご加護があらんことを」
ほてほてと歩いて去っていく後ろ姿を見送って、ミカエルは立ち上がる。
「行ってみるか」
魔女でもないのに火炙りになったら悲劇だ。
ルシエルも肩をすくめて立ち上がった。
「なんか、食ったらヤるとき必要なんだろ。ナカ綺麗にするやつ」
「……いま考えること?」
「俺、おまえにシてほしいし」
視線が下がったところにため息が降ってきた。
「あとで買えばいい」
「……わるかったな。メシの時にこんな話して」
「構わない。君が不安なのは理解できる」
不安――そのとき初めて、ミカエルは不安になっていることに気が付いた。この身体に起こったこと。今まさに起こっているかもしれないこと。どれもが未知で、ルシエルですらわからないという。
「いまスゲェおまえに頭撫でてもらいてえ」
「あっちの木陰で撫でてあげようか?」
ミカエルは頷いてルシエルの腕を取った。出店の向こうにある大きな木の下へ向かう。ベンチに座っておしゃべりしている人たち。反対側へ回り込むと、人通りが少なくなっていた。
ミカエルはさっそく帽子を取ってルシエルを見上げる。彼の手が伸び、頭に乗った。
「君は思い出さないようにしているのかもしれないけれど、これは俺の特権だ」
「……覚えてるっつの」
ミカエルは彼の肩口に額を寄せて目蓋を下ろす。
ルシエルの手は微睡のように心地良い。この優しい手しか、知らなければよかったのに――。
「ミカ」
顔を上げると、手のひら大のまあるい果実を差し出された。
「……いつの間に」
「君に腕を引かれてここへ来る間に」
ミカエルは半目で受け取り、桃色果実にそのまま齧りつく。ジューシーで甘くて美味しい。
「ん」
差し出せば、ルシエルも一口齧りついた。
「おまえ、腹減ってねえの?」
「もともと小食だから」
「だからひょろいのか」
「言っておくけど。聖学校を出てから、登山やら何やらしてるおかげで、少しは筋肉がついている」
「へー」
ミカエルは適当に相槌を打って果実を食べきった。
「あのぅ、もしかしてミカエル様ですか」
どこかで手を洗いたいと思っていたところ、おもむろに声をかけられハッとする。
「ちょっとお話、聞いていただいてもよろしいですか」
どうやら追っ手ではないようだ。そちらを向くと、おっとりとした神父が立っていた。
「ああ、あちらで手を洗えます」
反対側にあったベンチの近くに、石の隙間から水がでているところがあった。
「あのですね、近くの村に魔女がおりまして」
「まじょ?」
「はい。ああ、魔物の一味みたいなものです。ああ、どうぞお座りください」
手を拭いているとベンチを示され、三人で腰掛ける。
「魔女がいると、付近の者が言うのです。魔女は捕まえなくてはなりません。しかし…」
その女性は魔女と言われている一方で、賢者のように崇められているらしい。それを知った神父は、困ってしまったという。
「魔女として捕まれば、だいたい火刑に処されます。火炙りです」
「火炙り」
ミカエルは目を丸くする。人間を火で炙る――考えただけでおそろしい。
「はい。ですが、これは言っていいのか…」
「なんですか」
「はい、言ってしまうと、魔女でなくても、魔女にされてしまうといいますか…」
「ああ…」
教会ならやりかねない。ミカエルは苦い顔をした。
「私の判断では、納得されるか…。人々は、とりあえず捕まえて真偽を問えばいいと言うのです。しかし、捕まったら最後…」
どちらにせよ、魔女ということになってしまう。
「ですからミカエル様、その女性が魔女かどうか、判断していただきたいのです。ミカエル様のお言葉であれば、人々も納得しましょう」
この神父はどうやら人が良いらしい。
「俺が魔女だっつったら、捕まえるんですか」
「捕まえます。違うとおっしゃられれば、捕まえません」
ミカエルは一言も引き受けると言っていないが、神父は流れるように魔女らしき女性のいる村について伝え、ホッとしたような顔をした。
「いやぁ、ミカエル様が来てくださってよかったです。それでは、私はあちらの教会におりますので。神のご加護があらんことを」
ほてほてと歩いて去っていく後ろ姿を見送って、ミカエルは立ち上がる。
「行ってみるか」
魔女でもないのに火炙りになったら悲劇だ。
ルシエルも肩をすくめて立ち上がった。
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