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4章.Tractus
糸口
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西日が強く射すころ、ヤグニエが部屋に戻った。小包を抱えている。表情のわからない目でミカエルを見て、トゥグリルに視線を移した。
「どうだ?」
「良い出来です。これなら、客人を満足させることができるでしょう」
「ご苦労」
トゥグリルはミカエルを激励するように肩をポンと叩いて、ヤグニエにお辞儀し部屋を出て行った。楽器を奏でていた男たちもお辞儀して部屋を去る。
ヤグニエがミカエルに歩み寄った。
「飾りを借りてきた」
小包の中身は装飾類だった。お馴染みのアームリング。長めのネックレスを幾つか首にかけられたり、頭にも細い金の装飾をつけられる。
「そなたを行かせたくない」
「……俺だって行きたくねえよ」
ヤグニエの口から漏れた意外な言葉に、ミカエルは目を瞬いた。
「有象無象に見せるには、そなたはもったいない。……ミカエル。ここで今、俺のために踊ってくれ」
ヤグニエはベッドに腰掛け、観賞する気満々である。
俺のためという言葉が引っかかったが、ミカエルは片眉を上げて覚えたばかりのダンスを踊った。頭の中で、異国の音楽が鳴り響いている。それに集中すると、じっと見詰めてくるヤグニエの目も気にならなかった。
踊り終えたミカエルをヤグニエが呼ぶ。ベッドへ歩み寄れば、腰を抱かれた。
「そなたは美しい。誰にも見せたくない…」
ミカエルは後ろ頭を掻く。なんだか今日のヤグニエは変だ。
「このまま俺の別荘へ連れ去ってしまおうか」
おもむろに落とされた言葉に目を丸くした。
ここより逃げやすそうだし、男たちの相手をしなくて済むなら、ミカエルもそのほうが良い。
「べっそーは遠いのか?」
「ああ。関係ない。瞬間移動すれば一瞬だ」
「俺もそこ行ってみてえ」
ヤグニエがふっと笑って顔を上げたときである。
「殿下、そろそろ」
部屋の外から声がかかり、ヤグニエが舌打ちした。ミカエルも内心で舌打ちする。
「父上の寄越した見張りがいるんだ。まったく…。ここから逃げたら、俺諸共殺す気だろう」
「ヤグニエは皇子だろ?」
「皇子はたくさんいるんだよ。俺は継承順位も低いしな。……残念だが、父上の部隊から逃げきれる自信はない」
この国の王族も色々大変そうだ。
そんなわけで結局、ミカエルは拘束具と目隠しをされ、マントを着せられることになった。
廊下で拘束や目隠しを取られ、中へ入るよう促される。
部屋はそんなに大きくなかった。踊り子が踊るためであろう、真ん中の空いたスペースに向かった。楽器を演奏する男たちが脇にいる。囲むように壁際に置かれたソファに男たちが座っていた。十人もいないようだ。
やはり中年が多いと視線を巡らせていたミカエルは、後ろの端に優雅に座る男を見つけて固まった。
――アズラエル…!
あちらも驚いたようで、ポカンと口を開けている。けれどすぐに、艶やかな唇が弧を描いた。面白がっているような反応だ。
音楽が始まり、ミカエルは一端考えることを放棄して踊り始めた。某眼帯のせいで途切れそうになる集中をなんとか保つ。
「ほぉ、美しい」
「しなやかですなぁ」
「乳首まで装飾してますぞ」
「色っぽい腰つきじゃ」
耳に届く男たちの声がミカエルの心を乱した。
「あの腿まで見えるラインが堪りませんなぁ」
「無防備に誘われているようだ」
自由に身体を動かすのが楽しくて踊っていたのに、淫らなことでもしているような気になってくる。
「踊るうちにどんどん色気が増すようじゃ」
「あの恥じらうような表情も堪りませんぞ…!」
「うーん…、やはりレグリアで見た "ミカエル" に似てるんですなぁ」
「ミカエルですと!? ……言われて、みれば…」
「どことなく漂う気品はそのためか」
男たちのミカエルを見る目が変化していく。
「なんだか神聖な踊りに見えてきましたな」
「……しかしこれから、我々に奉仕してくださるのじゃろう?」
妙な熱気が部屋に広がる。男たちはゴクリと唾を飲み、隠しきれない欲情に目を爛々と輝かせ、少年から青年へ向かう瑞々しい身体を舐めるように見た。
「どうだ?」
「良い出来です。これなら、客人を満足させることができるでしょう」
「ご苦労」
トゥグリルはミカエルを激励するように肩をポンと叩いて、ヤグニエにお辞儀し部屋を出て行った。楽器を奏でていた男たちもお辞儀して部屋を去る。
ヤグニエがミカエルに歩み寄った。
「飾りを借りてきた」
小包の中身は装飾類だった。お馴染みのアームリング。長めのネックレスを幾つか首にかけられたり、頭にも細い金の装飾をつけられる。
「そなたを行かせたくない」
「……俺だって行きたくねえよ」
ヤグニエの口から漏れた意外な言葉に、ミカエルは目を瞬いた。
「有象無象に見せるには、そなたはもったいない。……ミカエル。ここで今、俺のために踊ってくれ」
ヤグニエはベッドに腰掛け、観賞する気満々である。
俺のためという言葉が引っかかったが、ミカエルは片眉を上げて覚えたばかりのダンスを踊った。頭の中で、異国の音楽が鳴り響いている。それに集中すると、じっと見詰めてくるヤグニエの目も気にならなかった。
踊り終えたミカエルをヤグニエが呼ぶ。ベッドへ歩み寄れば、腰を抱かれた。
「そなたは美しい。誰にも見せたくない…」
ミカエルは後ろ頭を掻く。なんだか今日のヤグニエは変だ。
「このまま俺の別荘へ連れ去ってしまおうか」
おもむろに落とされた言葉に目を丸くした。
ここより逃げやすそうだし、男たちの相手をしなくて済むなら、ミカエルもそのほうが良い。
「べっそーは遠いのか?」
「ああ。関係ない。瞬間移動すれば一瞬だ」
「俺もそこ行ってみてえ」
ヤグニエがふっと笑って顔を上げたときである。
「殿下、そろそろ」
部屋の外から声がかかり、ヤグニエが舌打ちした。ミカエルも内心で舌打ちする。
「父上の寄越した見張りがいるんだ。まったく…。ここから逃げたら、俺諸共殺す気だろう」
「ヤグニエは皇子だろ?」
「皇子はたくさんいるんだよ。俺は継承順位も低いしな。……残念だが、父上の部隊から逃げきれる自信はない」
この国の王族も色々大変そうだ。
そんなわけで結局、ミカエルは拘束具と目隠しをされ、マントを着せられることになった。
廊下で拘束や目隠しを取られ、中へ入るよう促される。
部屋はそんなに大きくなかった。踊り子が踊るためであろう、真ん中の空いたスペースに向かった。楽器を演奏する男たちが脇にいる。囲むように壁際に置かれたソファに男たちが座っていた。十人もいないようだ。
やはり中年が多いと視線を巡らせていたミカエルは、後ろの端に優雅に座る男を見つけて固まった。
――アズラエル…!
あちらも驚いたようで、ポカンと口を開けている。けれどすぐに、艶やかな唇が弧を描いた。面白がっているような反応だ。
音楽が始まり、ミカエルは一端考えることを放棄して踊り始めた。某眼帯のせいで途切れそうになる集中をなんとか保つ。
「ほぉ、美しい」
「しなやかですなぁ」
「乳首まで装飾してますぞ」
「色っぽい腰つきじゃ」
耳に届く男たちの声がミカエルの心を乱した。
「あの腿まで見えるラインが堪りませんなぁ」
「無防備に誘われているようだ」
自由に身体を動かすのが楽しくて踊っていたのに、淫らなことでもしているような気になってくる。
「踊るうちにどんどん色気が増すようじゃ」
「あの恥じらうような表情も堪りませんぞ…!」
「うーん…、やはりレグリアで見た "ミカエル" に似てるんですなぁ」
「ミカエルですと!? ……言われて、みれば…」
「どことなく漂う気品はそのためか」
男たちのミカエルを見る目が変化していく。
「なんだか神聖な踊りに見えてきましたな」
「……しかしこれから、我々に奉仕してくださるのじゃろう?」
妙な熱気が部屋に広がる。男たちはゴクリと唾を飲み、隠しきれない欲情に目を爛々と輝かせ、少年から青年へ向かう瑞々しい身体を舐めるように見た。
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