God & Devil-Ⅱ.森でのどかに暮らしたいミカエルの巻き込まれ事変-

日灯

文字の大きさ
上 下
76 / 174
4章.Tractus

まずはイファノエ

しおりを挟む
 手紙を書き終えたゾフィエルは再びエイダーに意識を送った。彼はこちらに向かって戻る途中である。

「書簡をたくした部下と入れ違いにならぬよう、イファノエに入る都市の門まで行こう」

 目立たないための配慮だろう。丸薬を飲んで色味の変化したルシエルが、頷いて立ち上がる。
 彼の手を取り、ゾフィエルは瞬間移動した。それから、思い出したように言う。

「私は日に三度ほどしか瞬間移動できない」
「……知っている場所で必要になったら俺がしよう」
「すまないな」

 三度もできる人間はごくわずかだ。ゾフィエルの力も強い部類である。しかし、無限に力を使えるルシエルからしてみれば、一度できるも三度できるも大した違いはないのだった。
 ゾフィエルはどっしりとした門を遠目に捉える。厳めしい顔付きの門番は立っているだけで威圧感があり、通行人の多くは身を縮こませていた。
 ゾフィエルは書簡が届いたら入門することにして、エイダーに自分のもとへ来てくれるよう意識を送る。彼はアダルベルの邸宅を知っているため、伝書鳥になってもらおうと考えた。アダルベルもエイダーのことを知っている。きっと、手紙を受け取ってくれることだろう。

 ――あと四日。

 ただ待つ時間は長く感じる。

「任務はいいわけ? 隊長さん」

 顔を上げると、ルシエルがじっとゾフィエルを見ていた。

「……ああ。机に書き置きを残してきた。この状況が発覚すれば、解決を任されるのは私だ。すでに動いていることに問題はあるまい」
「戦が終結したばかりだろう」
「そうだな。やるべき事はたくさんある。だが…」

 今のゾフィエルにとって、ミカエルのことは最優先事項だった。

「きっと、陛下もそれを望まれる」

 近頃、ヨハエルは戦の話ばかりするようになった。体調の良くない日が増えている。だからだろうか。先を急ぐように戦のことを考えるのは。
 ゾフィエルは当初、補佐を行うようになったラジエルにそそのかされているのだと思った。けれど、ブランデレン公国との戦の際、自ら戦場に赴くと言ったラジエルは、父親を案じる息子の顔をしていた。

 ――そういえば、先王はいまの陛下くらいの年齢で崩御した。

 戦でやられたのではない。殺害されたのでもないだろう。それでは――。
 そのとき、門番がビシリと敬礼したのが目の端に映った。そちらを向いたゾフィエルは目を丸くする。

「フェルナンデル殿下」

 ゾフィエルの声が聞こえたかのように、フェルナンデルはこちらを向いて軽く手を上げた。
 大らかに微笑んでいる印象の強いフェルナンデルが、険しい表情をしている。ゾフィエルはフェルナンデルの元へ走り寄った。

「そなたはブランリス王国親衛隊隊長のゾフィエルだな」
「はい、殿下」
「……ここにいるということは、知っているのか」
「ミカエルのことでしょうか。私は、彼のバディです」

 フェルナンデルはゾフィエルの顔をじっと見て、門から少し離れた場所に誘った。歩いてやってきたルシエルにチラと目をやり、持っていた書簡をゾフィエルに渡す。

「ミカエルがアクレプン帝国に連れ去られた」

 ――やはり。
 書簡を読みながら、ゾフィエルは呟く。

「連れ去ったのは、ヤグニエ皇子…」
「ああ。彼とは話したことがある。一見軽そうな雰囲気だが、軽はずみで行動するような方ではない。彼の一存ではないだろう」

 ゾフィエルは息を吐き、フェルナンデルを捉えた。

「これから、救出に向かいます」
「イファノエの通行許可は私が出す。何か、手伝えることはあるか」
「そうですね…、ツィビーネから海路で向かう予定なので、ツィビーネまで送っていただけるとありがたいです」
「瞬間移動か。よかろう」

 フェルナンデルは気軽に頷いた。

「このような事をお頼みして、申し訳ございません」
「良い。彼は私の友人なのだ。必ず連れ戻してくれ」
「はい、殿下」

 "ミカエル" は聖正教圏で重要な存在だ。
 そのような事より彼を友人と言ったフェルナンデルに、ゾフィエルは力強く頷いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!

梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。 あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。 突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。 何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……? 人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。 僕って最低最悪な王子じゃん!? このままだと、破滅的未来しか残ってないし! 心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!? これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!? 前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー! 騎士×王子の王道カップリングでお送りします。 第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。 本当にありがとうございます!! ※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

モブらしいので目立たないよう逃げ続けます

餅粉
BL
ある日目覚めると見慣れた天井に違和感を覚えた。そしてどうやら僕ばモブという存存在らしい。多分僕には前世の記憶らしきものがあると思う。 まぁ、モブはモブらしく目立たないようにしよう。 モブというものはあまりわからないがでも目立っていい存在ではないということだけはわかる。そう、目立たぬよう……目立たぬよう………。 「アルウィン、君が好きだ」 「え、お断りします」 「……王子命令だ、私と付き合えアルウィン」 目立たぬように過ごすつもりが何故か第二王子に執着されています。 ざまぁ要素あるかも………しれませんね

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話

鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。 この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。 俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。 我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。 そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

処理中です...