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4章.Tractus
救出作戦
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ゾフィエルは息を吐き、首を振る。
「連れ去られた理由は、任命式のパーティーにてムニーラ殿下の肌に触れた件しか考えられん」
ルシエルは小さく頷いた。
「待遇が良いとは思えない」
「ああ。バディの感覚的に、生きていることは確かだが…。彼に出席を勧めるのではなかった」
ゾフィエルはクッと唇を引き結ぶ。バラキエルが家を出てミカエルが消沈していたので、気分転換になればと思ったのだ。
「不測の事態だ」
懐かしく焦がれる声が淡々と言う。
ゾフィエルは息を吐いて頭を切り替え、懐からネックレスのようなものを取りだした。それは丸薬の開発に際して、アズラエルから渡されたものだった。
『何かあれば、お呼びください』
もしかしたら、以前、塔にいる彼を勝手に見つけて訪ねたからかもしれない。いきなり来られるより、呼ばれた方が良いのだろう。
ゾフィエルは紐につけられたチャーム――小さな透明の鉱物に触れながらアズラエルを思う。
少しして、アズラエルが現れた。現在地とそこにいる人物を確認し、ゾフィエルの方へ顔を向ける。
「お呼びですかな」
「ええ。協力していただきたいことがありまして」
「ほぉ。協力ですか」
ゾフィエルはミカエルの身に起こっているかもしれないことを話した。アズラエルは商人だ。アクレプン帝国にも入国しやすい。
「たしかに私は、アクレプンでも商売をしております。宮殿を訪ねることもある」
「では、」
「彼の国でも、まだ商売をしていたいのですがね。お得意様の頼みとあれば」
「っありがとうございます」
ゾフィエルはアズラエルの手を取り、心をこめて握った。アズラエルはされるに任せ、薄い唇を開く。
「ちょうど四日後、彼の国の皇帝が住まう宮殿に伺う予定があります」
「四日後、ですか」
「彼の地まで、ツィビーネから海路で三日。宮殿は、そこから陸路で半日といったところです」
そろそろブランリスを発つ予定だったとアズラエルは言う。
「まだいてくださってよかった」
「幸運でしたな。貴方らは、積荷に隠れて入国することが可能かと。問題は、どこにミカエル殿が囚われているかです」
「移動先は宮殿のはずです。そこにいれば良いのですが…」
アズラエルによると、宮殿はとても大きく、主たる宮殿の他に、皇子たちが住まう場所があるという。
「そちらはハーレムといいまして、男子禁制です」
「……そこにいるのは全員女性なのですか」
「宦官と女性です。そちらへ潜入するのであれば、女性のほうがいい」
ゾフィエルはルシエルに目をやる。美麗な顔をしているが、性別を偽れるだろうか。まず、ゾフィエルもルシエルも背が高い。
そこでアズラエルがおもむろに言った。
「ツィビーネで耳にしたことがあります。一定時間、性別を換えられる術を行える者がいると」
「、はい?」
ゾフィエルは耳を疑った。女装ではなく、女になる? そんな事ができてしまうのか。おそろしい。
「それを使えば、貴方らでも潜入できる」
ゾフィエルは硬い表情でルシエルの方を向く。ルシエルは息を吐き、前髪を掻き上げた。
「本当に、そこにいるのであれば」
「……そうだな。背に腹は代えられん」
ゾフィエルは動揺も見せないルシエルに感心し、己を恥じた。
「ミカエル殿はまだ生きている。それは間違いありませんな」
「……はい」
「国宝である聖剣も一緒に?」
「……はい、たぶん」
ブランリスには、二重に痛手であるということだ。
「彼の国は容赦がありません。殺すなら、とうに殺しているでしょう。まだ生きているのなら、殺すつもりはないのかもしれません」
無事に解放されれば良いのだが。捕らえられ、今頃どのような目に遭っているのか。ゾフィエルは目を瞑り、考えるのを止めた。
「出発までに、性別を換える術を持つ者を探さなくては」
「それから、ゾフィエル殿もお色を変えた方が良いでしょう。彼の国に多いのは茶髪です」
「……例の丸薬をお願いします」
まさか自分も飲むことになるとは思っていなかった。妙な気分である。
「今日中に、イファノエから現状を伝える書簡が届くかと」
「私はとりあえず、ゾフィエル殿用の丸薬と、貴方らが潜入する際のお召し物を手配しておきましょう」
「お願い致します」
アズラエルは頷いて消えた。
彼とはツィビーネ共和国で落ち合う。ブランリス王国からツィビーネ共和国への一番の近道は、イファノエ帝国を経由することだ。今回は事情が事情なので、すんなり通してくれるだろう。
「ツィビーネにいる知人……ブルーノ卿というのだが、彼に協力を願おう」
「彼には会ったことがある」
「そうか。ああ、メアリエル殿下の結婚式で?」
ルシエルは小さく頷く。
「面識があってよかった」
彼に手紙を書くため、ゾフィエルは家の中に入れてもらった。
リビングのテーブルで、さっそく書きだそうとしたところ、ソファに腰掛けたルシエルが口を開いた。
「俺の名はルシフェルということになっている」
「それは、ミカエルが?」
「他人に紹介しにくいと」
「……私も外ではそう呼んだほうがいいな」
ルシエルが頷いたのを見て、手紙を書きだした。
「連れ去られた理由は、任命式のパーティーにてムニーラ殿下の肌に触れた件しか考えられん」
ルシエルは小さく頷いた。
「待遇が良いとは思えない」
「ああ。バディの感覚的に、生きていることは確かだが…。彼に出席を勧めるのではなかった」
ゾフィエルはクッと唇を引き結ぶ。バラキエルが家を出てミカエルが消沈していたので、気分転換になればと思ったのだ。
「不測の事態だ」
懐かしく焦がれる声が淡々と言う。
ゾフィエルは息を吐いて頭を切り替え、懐からネックレスのようなものを取りだした。それは丸薬の開発に際して、アズラエルから渡されたものだった。
『何かあれば、お呼びください』
もしかしたら、以前、塔にいる彼を勝手に見つけて訪ねたからかもしれない。いきなり来られるより、呼ばれた方が良いのだろう。
ゾフィエルは紐につけられたチャーム――小さな透明の鉱物に触れながらアズラエルを思う。
少しして、アズラエルが現れた。現在地とそこにいる人物を確認し、ゾフィエルの方へ顔を向ける。
「お呼びですかな」
「ええ。協力していただきたいことがありまして」
「ほぉ。協力ですか」
ゾフィエルはミカエルの身に起こっているかもしれないことを話した。アズラエルは商人だ。アクレプン帝国にも入国しやすい。
「たしかに私は、アクレプンでも商売をしております。宮殿を訪ねることもある」
「では、」
「彼の国でも、まだ商売をしていたいのですがね。お得意様の頼みとあれば」
「っありがとうございます」
ゾフィエルはアズラエルの手を取り、心をこめて握った。アズラエルはされるに任せ、薄い唇を開く。
「ちょうど四日後、彼の国の皇帝が住まう宮殿に伺う予定があります」
「四日後、ですか」
「彼の地まで、ツィビーネから海路で三日。宮殿は、そこから陸路で半日といったところです」
そろそろブランリスを発つ予定だったとアズラエルは言う。
「まだいてくださってよかった」
「幸運でしたな。貴方らは、積荷に隠れて入国することが可能かと。問題は、どこにミカエル殿が囚われているかです」
「移動先は宮殿のはずです。そこにいれば良いのですが…」
アズラエルによると、宮殿はとても大きく、主たる宮殿の他に、皇子たちが住まう場所があるという。
「そちらはハーレムといいまして、男子禁制です」
「……そこにいるのは全員女性なのですか」
「宦官と女性です。そちらへ潜入するのであれば、女性のほうがいい」
ゾフィエルはルシエルに目をやる。美麗な顔をしているが、性別を偽れるだろうか。まず、ゾフィエルもルシエルも背が高い。
そこでアズラエルがおもむろに言った。
「ツィビーネで耳にしたことがあります。一定時間、性別を換えられる術を行える者がいると」
「、はい?」
ゾフィエルは耳を疑った。女装ではなく、女になる? そんな事ができてしまうのか。おそろしい。
「それを使えば、貴方らでも潜入できる」
ゾフィエルは硬い表情でルシエルの方を向く。ルシエルは息を吐き、前髪を掻き上げた。
「本当に、そこにいるのであれば」
「……そうだな。背に腹は代えられん」
ゾフィエルは動揺も見せないルシエルに感心し、己を恥じた。
「ミカエル殿はまだ生きている。それは間違いありませんな」
「……はい」
「国宝である聖剣も一緒に?」
「……はい、たぶん」
ブランリスには、二重に痛手であるということだ。
「彼の国は容赦がありません。殺すなら、とうに殺しているでしょう。まだ生きているのなら、殺すつもりはないのかもしれません」
無事に解放されれば良いのだが。捕らえられ、今頃どのような目に遭っているのか。ゾフィエルは目を瞑り、考えるのを止めた。
「出発までに、性別を換える術を持つ者を探さなくては」
「それから、ゾフィエル殿もお色を変えた方が良いでしょう。彼の国に多いのは茶髪です」
「……例の丸薬をお願いします」
まさか自分も飲むことになるとは思っていなかった。妙な気分である。
「今日中に、イファノエから現状を伝える書簡が届くかと」
「私はとりあえず、ゾフィエル殿用の丸薬と、貴方らが潜入する際のお召し物を手配しておきましょう」
「お願い致します」
アズラエルは頷いて消えた。
彼とはツィビーネ共和国で落ち合う。ブランリス王国からツィビーネ共和国への一番の近道は、イファノエ帝国を経由することだ。今回は事情が事情なので、すんなり通してくれるだろう。
「ツィビーネにいる知人……ブルーノ卿というのだが、彼に協力を願おう」
「彼には会ったことがある」
「そうか。ああ、メアリエル殿下の結婚式で?」
ルシエルは小さく頷く。
「面識があってよかった」
彼に手紙を書くため、ゾフィエルは家の中に入れてもらった。
リビングのテーブルで、さっそく書きだそうとしたところ、ソファに腰掛けたルシエルが口を開いた。
「俺の名はルシフェルということになっている」
「それは、ミカエルが?」
「他人に紹介しにくいと」
「……私も外ではそう呼んだほうがいいな」
ルシエルが頷いたのを見て、手紙を書きだした。
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